第41話 呆れと失望
翌朝、目を腫らしたマネアは、再びビビアン達と一緒にシャナクの捜索に出た。
今回は兵士百人を動員し、付近に危険がないかの確認も併せて行っている。
兵士達は、主にマーダ神殿周辺に異常がないか、そしてモンスターの群が近づいていないかを確認し、ビビアン達のパーティは、森の中の調査及び捜索に当たった。
そして森の中を探し始めて、既に八時間が経過している。
森の中に入ってみると、そこは不自然な位モンスターがいない状況であり、虫や動物達しか見つけることが出来ない。
もしもシャナクがここに来ていたならば、野営の跡や戦闘の痕跡などが残されていてもおかしくはなかったが、結局何の痕跡も見つけることが出来ずにいた。
「いないわね……。」
ビビアンが小さく呟くも、それに返す者はいない。
全員疲れ果てていたのもあるが、シャナクの生存を信じ、必死で探しているマネアを前にして、例え事実であってもそんな事は口にできなかったのだ。
だがその雰囲気を感じ取ったのか、ビビアンの呟きに反応したのはマネア本人であった。
「ビビアン様、そろそろ日が暮れます。一度戻って、捜索はまた明日の早朝から再開しましょう。他の兵士達の情報も確認せねばなりませんから。」
そう答えるマネアは、実は昨晩から一睡もしていない。
シャナクの事が心配という気持ちと、今の自分に何ができるかを必死で考えていたのだ。
その結果が、今回の大規模な捜索に繋がっている。
激しい胸の苦しみに耐えながらも、今出来る最善の行動を模索して、進み続ける。
それが、今のマネアだった。
そんなマネアの言葉を受け、ビビアンは一度町に戻ることを決める。
街に戻ると、ビビアンはマネアだけ連れて、マーダ神殿に向かった。
今回の捜索について報告を受けるためである。
そして今、ビビアン達は神官長(以前、女神像に案内をした高齢のハゲ)の報告を受けていた。
「そう、わかったわ……」
報告を受けたビビアンの声に元気はない。
何故ならば、望んでいる情報が一つも無かったからだ。
そんなビビアン達を前に、神官長は「それと」と話を続ける。
「最後に一つ報告がございます。現在各国の協力を得て、この町に兵士や冒険者達が集まりつつあります。」
勿体ぶったような話した割には、特に変わった報告ではない。
それを聞いて少しだけビビアンが苛立つ。
「なによ? それならもう聞いたわよ。」
「はい、それでですね、今回到着した冒険者達から聞いた話だと、以前の三倍位のモンスターが既にこちらに向かっているそうなのです。敵がこちらに来るのは、早くて三日。遅くともその翌日には襲って来るかと思われます。」
その報告も以前から聞いている。
変わったのは具体的な敵数のみ。
流石にこれには、ビビアンの苛立ちもかなり高まってしまった。
「だから、わかってるって言ってるでしょ? 今更なんなのよ!」
遂にキレてしまうビビアン。
それを冷ややかな目で見つめるマネア。
「ビビアン様……少し落ち着いてくださいませんか?」
ビビアンの怒りの声に、マネアは腹の底から凍えるような冷たい声で注意した。
それはまるで、
その短気が今回の事を招いたのですよ
と責めているようにも感じる。
事実、マネアは怒っていた。
今回の事があったのに、まだ短気を繰り返しているその姿に。
だがそれ以上は言わない。
今はそんな事を言っている場合ではないとわかっているからだ。
「では、続けて下さい。」
マネアがそう言うと、神官長はホッとした面持ちで話を再開する。
「ありがとうございます。では単刀直入に申し上げます。人も増えて来たことから、モンスターの襲撃に合わせて、此方も部隊編成や作戦を立てなければなりません。」
そう説明をする神官長に、ビビアンはまたしても「それが何?」と言いそうになる。
だが口を開こうとした瞬間、マネアから無言の圧力を感じ、開いた口をそっと閉じた。
故に、神官長はそのまま話を続ける。
「その指揮を勇者様のパーティで行って欲しいのです。我の強い冒険者や兵士達も、勇者様の言葉なら耳を貸すでしょう。今こそ勇者様の下に、我々人間が一致団結するべきなのです!」
そう熱く語る神官長。
だがそれをみるビビアン達の目は冷ややかだ。
実際、神官長が口にした話は至って正論であり、それに対して文句も無ければ、協力するのも吝か(やぶさか)ではない。
だが今二人が欲しいのは、シャナクの情報だけであり、それ以外の事については、今はまだ余り聞く余裕も無かったのである。
「わかったわ。その位なら構わないわ。それでどうすればいいわけ?」
それでも話を聞いたからには、ビビアンはしっかりと確認をする。
以前なら考えられないその姿。
それはやはり、シャナクやマネア達の努力の賜物だった。
しかし……その後に続いた神官長の言葉に、二人の怒りは頂点に達してしまう事になる。
「はい、まずは今行ってる捜索と探索を打ち切ってもらって……」
神官長がそこまで話した瞬間
ーーマネアが目の前の机を思いっきり叩いた。
「ふざけないで下さい! 貴方は何を言っているんですか!?」
見た目からは想像出来ない程、荒々しく怒鳴りつけるマネア。
その姿は、いつも注意しているビビアンの姿と変わりがない。
だがしかし、そんなマネアを見てもビビアンは何も言わない。
むしろ、マネアに止められてなければ自分がそうしていたとさえ思う。
それでも神官長も、こればかりは引くわけにはいかなかった為、言い訳がましく説明を続けた。
「で、ですが……これからの事を考えると兵士達は休ませなければなりませぬし、それに部隊編成や作戦会議など、やる事が多いのです。大変申し訳ないとは思うのですが……。」
その言葉に、遂にビビアンが口を開く。
だがそこから放たれた声は、いつものように激昂した感じではなく、むしろ落ち着いていると勘違いする程、冷たく小さな声だった。
「……そう。それがあなた達の考えね……。こっちには全てを押し付けて、アタシたちの小さな願いは聞く気もないのね。」
実際ビビアンは、神官長の言葉に、はらわたが煮えくりかえるほど怒っている。
だがそれ以上に、その言葉から読み取れる他人任せの卑しい感情に呆れ返ってしまったのだった。
「そ、そのような事はありませぬ。ただ、現状を考えれば……。」
それでも神官長は弁明を続ける。
どうやら目の前にいる、二人の怒りが伝わっていないらしい。
その愚かな姿に、ビビアンは小さく息を吐く。
ーーそして告げた。
「いいわ。好きにしなさい。アンタ達には最初から期待をしていないわ。これはアタシの……いえ、アタシ達の問題。」
「そ、それでは!」っとビビアンが理解してくれたと勘違いして、歓喜の声を上げる神官長。
だがビビアンの目は依然冷たく、そしてその言葉を無視して話を続ける。
「そうね、モンスターが攻めてきたら私達も戦うわ。だけどそれはアンタ達と一緒にではない。アンタ達は、アンタ達で勝手にするといいわ。」
その言葉に呆気にとられる神官長。
理解が追いつかない。
さっきの話では、了承してくれたはずだった。
それなのに、今度は一緒に戦わないと言っている。
そんな困惑が抜けない神官長を前に、ビビアンは最後の言葉を告げた。
「戦場でアタシの……勇者の名前を使いたいなら勝手にすれば? 興味ないから、そういうの。行くわよ、マネア。時間の無駄だったわね。」
そう切り捨てると、席を立ったビビアンは、マネアを連れて神殿を後にする。
そしてそれを必死で追いかける神官長。
「お、お待ち下さい! 後少し、後少しだけでいいのでお話を!」
神官長は必死に食い下がろうとするが、ビビアン達が振り返る事はなかった。
人を助ける事に、見返りを求めるわけではない。
しかし見返りばかり求める連中の話を、ビビアン達はこれ以上聞く気にはなれなかったのである。
「それで、マネア。明日からどうするわけ?」
帰る途中、ビビアンはマネアに尋ねた。
「そうですね、とりあえず明日までは捜索を続けたいと思います。」
「明日まで? それでマネアは納得するの?」
その言葉に、マネアは鋭い目付きでビビアンを睨みつけると、声を荒げて捲し立てる。
「納得なんてするわけ無いじゃないですか! 納得するのはシャナクさんの無事を確認した時だけです。ですが、魔王軍が攻めてくるのも事実。それなので、明後日からは、ここに集まってきた人達から情報を収集する事に専念します。ここに来る間に何か知っている事があるかもしれませんから……。」
話していきながら、次第に落ち着きを取り戻していくマネア。
今のマネアの精神状態は、サクセスを探し始めた当初のビビアンにそっくりだった。
故にビビアンには、その気持ちが痛いほどわかる。
「そう……わかったわ。マネアがそう言うならきっとそれが一番なのよね? それならアタシはマネアに従うわ。」
そう答えるビビアンの目には、少しだけ悲しみを感じた。
そのまま二人は何も話さず、ただ宿に向かって歩いていく。
そしてようやく宿に到着した二人は、ミーニャ達に神官長の話や今後の予定を簡単に説明すると、二人は黙ってそれにうなづいた。
こうしてシャナクを見つける事ができないまま、二日が経過するのであった。
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