第40話 愛しさと切なさと…不甲斐なさ
「ビビアン様! ミーニャ! 急を要します! 急いで来てください!」
血相を変えて宿屋に入っていくマネア。
幸運にもビビアンとミーニャは一階のフロントに来ていた為、直ぐに見つかった。
ビビアン達は、マネアがいつ戻るかわからなかったため、夕食の時間を遅らせるように頼みに来ていたところ、マネアと鉢合わせになったのである。
「どうしたの!? 何があったの!?」
ビビアンはマネアの鬼気迫る様子を見て驚いた。
するとマネアの後ろから、勢いよくブライアンも入ってくる。
「シャナクさんが……シャナクさんが危険なんです! 今すぐに町の外に向かいます! 急いでください!」
マネアは必死だった。
その様子を見て、緊急事態であると察した二人だが、その前に後ろにいるブライアンについて尋ねる。
「姉さん。それは、そこの人が関係しているのかしら?」
「そうです。この方が教えて下さいました。」
マネアはそう簡単に説明すると、ブライアンは話した。
「申し訳ございません、吾輩の力が及ばずお仲間に危険が近づいてるでごさる。道案内をするが故、どうか吾輩も連れて行って欲しいでござるよ!」
ブライアンは必死な形相で頭を下げて頼む。
しかしビビアン達には、それだけでは何があったかよくわからない。それでもマネアが必要だと判断して連れて来たのであれば、拒否する理由も無かった。
「ビビアンどうする?」
一応確認するミーニャ。
「マネアが必要だと言うなら何も言う事はないわ。詳しくは走りながら聞くわよ。アンタ、ついてこれる?」
ビビアンがそう尋ねるとブライアンは首を縦に振る。
「吾輩、足には自信があるでござる。もし遅れるようなら置いて行って構わないでござるよ。」
「それでは案内できませんので、ブライアンさんは私の馬に乗ってください、行きましょう。」
間髪入れずマネアがそう言うと、四人はホテルの横にある厩舎に向かった後、馬に跨って町の門を目指す。
ビビアンは町を出るまでの間に、マネアから今回のいきさつについて聞いた。
そしてマネアと同じように顔を青くする。
「まずいわね。あいつ弱いから……でも、もし死んでいても、急げば復活の魔法で生き返らせられるわ。」
ビビアンはそう言いながら跨る馬に鞭を入れて加速すると、その横を併走するように、マネアを乗せたブライアンの馬が駆けていった。
そして今の言葉を聞いたブライアンは、少しだけ期待を込めてビビアンに尋ねる。
「勇者様! その復活の呪文とは、死んでからどのくらいまで効果があるでござるか?」
その質問は、ブライアンの仲間を復活させられるかどうかの確認であった。
「そんなのわからないわ。でも姿形が残っているならば、多分可能よ。」
その言葉を聞いたブライアンは、顔を俯かせる。
仲間達は……全員、炭になってしまった。
つまり、復活は絶望的という事。
だが、直ぐにブライアンは気持ちを切り替えた。
例え助けられなくとも、その仇だけは打つ
そう誓って……。
「そうでござるか……。分かり申した。はっ!? あそこでござる! あの黒くなっている場所こそ、吾輩達が戦った場所ござる!」
ブライアンは、話の途中で戦闘場所を見つけると、その場所を指し示しながら声を大にして叫んだ。
それを聞いたビビアンは、そこに馬を止めて辺りを見回すも、既にそこには誰の気配もない。
ーー残っているのは、黒焦げになった装備だけ。
「……誰もいないわね。 武器しかないわ……。」
「酷い……。」
ビビアンがそう呟くと、マネアはその悲惨な戦いの跡を見て、ショックで口を手で覆う。
しかし直ぐに意識を切り替えて、その装備の中にシャナクのものがないかを探し始めた。
既に辺りは暗くなっており、松明を地面に当てながら必死に遺品を漁るマネア。
それに続いてビビアンとミーニャも探すも、シャナクの物と思われる物は見つからなかった。
見つかったのは、ブライアンの仲間の物のみであり、それを分別する為にも、ブライアンは一つづつ仲間の名前を言いながら拾っていく。
ブライアンは、全ての遺品を回収し終えると、一人離れて涙を流していた。
そんな中、ミーニャはこれからの事をマネアに確認する。
「姉さん、もうここを探しても意味ないわよ。それよりも、魔物が出てきた森はどうするつもり? そこまで探す?」
既に日が落ちてから大分時間が経っている。
この状態で森の中を探すのは困難であるが、鬼気迫る表情のマネアを前に、一応聞いてみたのだった。
するとマネアが立ち上がり、静かに答える。
「ここには……シャナクさんはいなかったようです。つまりまだその魔物に襲われていない可能性があります。魔物がいないのであれば、夜も遅いので皆さんは一度お戻り下さい。」
その精気の失われた声を聞き、ビビアンとミーニャは心配した。そして同時に今の言葉に引っかかったビビアンは確認する。
「……マネアも、一緒に戻るのよね?」
………………。
マネアは答えない。
その様子を見て、ミーニャが再び聞いた。
「姉さん? ねぇ、一緒に帰るわよね?」
下を向いたマネアが今どんな表情をしているのか、暗くてよく見えない。
しかし、その体が小刻みに震えているのはわかった。
ーーそして、遂にマネアは顔を上げて
「……私は帰りません。見つけるまで……帰りません!」
そう叫んだのだった。
マネアの瞳からは大粒の涙が溢れ出ている。
それを見ただけでも、マネアが今どれほど心を痛めているか二人にも伝わった。
当然ビビアンとミーニャもシャナクが心配であるが、マネアのそれは二人の比ではない。
失って初めて大切な者に気づいた。
それが今のマネアの心境である。
それを感じたビビアンは、マネアを決して一人にさせはしない。いや、させる訳にはいかなかった。
「じゃあ私も帰らないわ。マネアだけに無理をさせるつもりなんて無いわ。」
そう言い放つビビアン。
しかし、マネアはそれを許さない。
「いけません! ビビアン様は戻って下さい。私なら平気です!」
そんな事を言われても平気なはずが無い。
誰が見ても今のマネアは普通ではないし、そもそも危険な森に一人で行かせる訳などいかなかった。
「姉さんどうしたのよ! 姉さんらしくないわよ! いいから一緒に戻りましょう。この暗闇では見つかりっこないわ! それくらいわかるはずでしょ?」
普段とまるで違うマネア。
姉妹であるが故に、ミーニャは今まで色んなマネアを見てきたが、こんな姉は初めてだった。
すると、マネアは両手で顔を覆うと泣きながら答える。
「私が……私がいけないんです。あの時ちゃんと、シャナクさんのところに行かなかったから……私までビビアン様を追う必要なんてなかったんです!」
マネアは発狂したように叫んだ。
それに対してビビアンも怒鳴る。
「いい加減にして! 悪いのは全部アタシよ! マネアは悪くないわ! そんなに言うなら、アタシが一人で行くわ。」
お互い一歩も譲らない。
二人の想いは同じなるも、考えの違いは平行線。
今あるマネアの心は、シャナクを救う事だけ。
だが占い師……いや、世界の意志を賜った預言者として、勇者であるビビアンを自分の我儘に付き合わせる事は許されない。
このまま自分が意地を張れば、ビビアンにもパーティにも迷惑をかけてしまうのは自明の理。
しかし今、何の手掛かりもないまま帰る事を心が拒否する。
そんな二つの思いが激しくぶつかるマネアは、最早自分が自分でなくなるのすら感じていた。
だがそれと同時に、一つだけ確かな事に気づく。
ーーそれは、
自分がシャナクを愛している。
という嘘偽りの無い気持ちだった。
※ ※ ※
最初は良い人としてしか見ていなかった。
しかし一緒に旅をする事で、シャナクの素晴らしさが幾度となくその目に留まる。
何を言われても怒る事なく周りを助けるシャナク。
いつでも自分達を心配して、何でも率先して動いてくれるシャナク。
辛い時、常に優しく気遣ってくれるシャナク。
紳士的なその姿にも、時折見せる少年が照れているようなその素顔。
その全てが、マネアの胸を優しく温めてくれた。
そして気がつくと、いつもシャナクを目で追ってしまう自分。
まだ出会ってそれ程経ってはいないが、それでも少しづつ異性として意識し始めていた事を、とっくに自分でも気づいていた。
しかし、恋愛経験のない自分にはそれが何かわからなかった。いや、理解するのを拒否していたという方が正しい。
自分には世界を救うための使命がある。
恋にうつつを抜かしている場合ではない。
そう自分を戒めて、その気持ちに気づかない振りをし続けていた。
だが、シャナクがいなくなってわかった。
この激しい気持ちを見て見ぬ振りなど出来ないと。
そして、知った。
いや、受け入れた。
シャナクを想うこの気持ち
ーーこれが愛だという事を!
しばらくビビアンと睨み合っていたマネアは、遂に折れてその口を開く。
「わかりました……ビビアン様の言う通りです。魔王とその軍勢がいつ攻めてくるかもわからない中、今ここで消耗するわけにはいきません。戻りましょう。」
自分の想いを押し殺し、気丈に振る舞おうとするマネア。
しかし自分では気づいていないが、その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
「姉さん……。」
ミーニャですら、今のマネアにかける言葉は見つからなかった。
それほどまでに、今のマネアの顔は……あまりに辛すぎる。
当然、その原因を作ったビビアンは、そんなマネアを見る事に耐えられなくなり、その目をマネアから背けた。
だが同時に、その責任を強く感じている。
自分のせいで仲間を傷つけ、そして危険な状況に陥らせてしまった。
その結果、他の大切な仲間も傷ついている。
これらは全て自分が招いた事。
その業は深い。
それをビビアンは改めて理解した。
本当なら自分もマネアと同様に、見つかるまでシャナクを探していたい。
自分の責任は自分がとるべき。
みんなを巻き込んではいけない。
そう考えるも、既に取り返しのつかないところまできてしまっている事も自覚していた。
仮に自分がそう伝えても、間違いなくマネアとミーニャもついてくるだろう。
そうなれば、自分は平気だとしても、体力のない二人は倒れてしまうに違いない。
それだけは避けなければならなかった。
そしてそれは、きっとマネアが出した結論と同じ。
マネアは自分よりも苦しんでいるにも関わらず、気持ちを押し殺し、自分に告げたのだ。
マネアの決意を踏み躙ってはいけない
だからそれは言わない。
だから口を閉じる。
行き場のない気持ちは、握る拳に全部込めた。
そして握る拳から流れる血を見ながら、ビビアンは誓う。
必ずシャナクを救うと。
そして一言だけ二人に伝えた。
「行くわよ。」
その声に全員が黙って頷くのであった。
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