第39話 マネアの焦燥

「シャナクさん……シャナクさん、どこにいるんですか……」



 現在マネアは、町中を血眼になってシャナクを探し回っている。



 しかし、どこに行っても見つからない。



 マネアは探しに出る前、シャナクを直ぐに見つける自信があった。なぜならば、彼女には占いがあったからである。


 だが今回、理由はわからないが、水晶にシャナクの行先は浮かんでこない。


 

 本来見えるはずの物が、暗いモヤが掛かっていて見えなかったのだ。いつまでも見つからない現状に焦燥感だけが募る。


 そんな中、酒場の前を通ると


 中年の魔法使いっぽい男性がフラフラと町の外に出て行った。


という話を耳にする。



 それを聞いたマネアは、鬼気迫る勢いで、その話をしていた男達に駆け寄った。



「今の話、詳しく聞かせて下さい!」 



 マネアがそう言って詰め寄ると、男達はその勢いに押され、後退りながら答える。



「い、いや、俺らも聞いた話だから詳しくはわからねっぺよ。でも、それを追って兵士が出て行ったって聞いたべ。」


「んだんだ。さっき聞いたっちゃよ。」



 田舎訛りの男達は、直接は知らないらしい。だがそれでもマネアはしつこく聞いた。



「その出て行った人はどんな人だと聞いてますか?」


「よ、よぐわがんねぇが、中年の魔術師っぽいって聞いたべさ。知り合いだべか?」



 そこまで聞いてマネアは確信した。


 今の話にあった者こそ、シャナクであると。



「はい。もしまた何か聞いたら、酒場にメモを残しておいてください。謝礼はします。」



 それだけ告げると、急ぎマネアは外に繋がる門に向かうのだが、その途中で空に現れたキマイラから誰かが落ちてくるのを目撃した。



「あれは……確かあの時の兵士さん……?」



 その兵士は地上に着くと、そのまま蹲りながら何かを叫んでいる。


 シャナクを優先したいマネアであるが、その状況を見て黙っていることもできず、その兵士にそっと近づいていった。



「あの……大丈夫ですか?」



 その声を聞いた兵士は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をガバッとあげる。



「あ、あなたは……ミーニャさん!!」



 男はマネアをミーニャと勘違した。


 もうお分かりだとは思うが、その男こそ、デスバトラーから逃げ延びたブライアンである。



「いえ、私はミーニャではありません。姉のマネアです。それよりもその怪我……今回復しますね。【ハイヒール】」


 

 ブライアンの体を癒しの光が包み込むと、全身に負った火傷の傷が治っていった。



「か、かたじけない……。吾輩は……。」


「大丈夫です。まずは落ち着いてください。そして何があったかゆっくり話して下さい。」



 まだうまく話せないブライアンを、マネアは優しく宥めて言った。



「かたじけないでござる。情けないところをお見せしてしまった。吾輩の名はブライアン。ライブハットの王国戦士長でござる。」



 それを聞いたマネアは、直感すると尋ねた。



「もしかしてあなたは、先ほど町の外に出て行った男性を探しにいった兵士さんですか?」



 しかし、ブライアンは直ぐには答えない。いや、答えるのが辛かったのである。



 …………。



 しばし二人の間に沈黙が流れた。



 マネアは直ぐにでも詳しく聞きたいと思うが、それをグッと堪えてじっと待つ。


 無理矢理話を聞いても、理路整然とした答えは期待できない。それならば、心の整理がつくまで待つ事にする。



 ブライアンは早くこの状況を伝えなければと思うのと裏腹に、それを言葉にする事で、あの悲劇が現実であると認めるのを、今はまだ心が拒否していた。


 その位、仲間の全滅は彼にとってショックが大きい事であり、歴戦の戦士であるブライアンをもってしても、直ぐに心の整理はつかない。


 だがそれでも、ブライアンは意を決すると、ゆっくりとだが話し始める。



「その……通りでござる。吾輩達は12名で外に出て行った男性を連れ戻すため、町を出て捜索に当たったでござるよ。……しかし」



 大事なところで言葉を止めたブライアン。


 それに我慢出来なかったマネアは、つい気持ちが先走ってしまった。



「そ、それで! その人は見つかったのですか!?」



 マネアの興奮するその声とは逆に、ブライアンは顔を俯かせながら首を横に振った。



「……残念ながら、見つかってないでござる。実は、その途中で凶悪なモンスターに襲われて……某以外、全滅したでござるよ……。」



 ブライアンは悔しそうに拳を強く握り締めると、それを聞いたマネアは肩を落とす。

 


「そう……ですか。それで、そのモンスターはこちらに向かっているのですか?」


「否。理由はわからないでござるが、奴の目的は吾輩達を殺す事でござった。吾輩が逃げ、他が全員死んだ今、既に先程の場所にはいないでござろう。」


「それだけの脅威なのに……確認もせずにいないと断言するのですか? それに、それなら尚のこと外に出て行った者が危険ではありませんか!」



 シャナクの事が頭に浮かんだマネアは、つい声を荒げてしまう。


 すると、ブライアンは涙を流しながら、血の滲んだ拳で地面を殴りつけた。



「そんな事は吾輩が一番わかっているでござる! それでも……それでも今の吾輩では……奴を倒す事はできないでござるよ! 仲間も全員死んだ。無様にも生き残ったのは吾輩だけ! 貴方に何がわかるでござるか!!」



 胸から溢れる怒りを言葉に乗せてぶつけるブライアン。その様子を見て、マネアは冷静になった。



「申し訳ございません。貴方の気持ちも考えず、心無い言葉を言ってしまいました。どうかお許し下さい。」



 マネアは深く頭を下げてそう謝罪するも、

「ですが」と続く。



「外に出て行ってしまったのは、恐らく私達の仲間に違いありません。辛いとは思いますが、他に何か情報があれば教えて下さいませんか?」



 それを聞いて、ブライアンは「……出て行った者が仲間?」と小さく呟いた。


 そして徐にその顔を上げると、マネアに詰め寄る。



「貴方の……貴方達の仲間がっ!! 外にさえでなければ、こんな事にならなかったでござるよ! さすれば彼奴と出会う事も……違う! 違うでござる! あれは吾輩の失態! 今更おちおち逃げのびた吾輩が何を言うか!」



 ブライアンは突然マネアを怒鳴りつけたかと思うと、今度はその怒りの矛先を自分に向ける。


 それを見てわかるように、今のブライアンの精神は限界にきており、未だ混乱から醒めてはいない。


 これ以上は無駄と知ったマネアは、小さく溜息をつくと話を切り上げる事にした。



「わかりました。辛い事を思い出させてしまい申し訳ありません。今は休んで下さい。私が……私が一人で探しに行きます。」



 マネアはそう告げると、ブライアンに背を向けて歩き出した。



「待たれよ! いや、待つでござる!」


「時間がありません。申し訳ございませんが……」



 引き止めようとするブライアンに取り合おうとしないマネア。



ーーだが、



「まだ話していない事があるでござる!」



 その続く言葉でマネアの足は止まる。



 未だ冷静とは言えないブライアンであったが、これだけはわかった。



 今この女性を、あの悪魔がいるかもしれない場所に一人で行かせてはならないと。



 自分は、まだ全てを話していない。



 それを伝えない限り、目の前の女性は間違いなく外に出て行ってしまうだろう。


 それだけは、何としても止めなければならなかった。



 そしてその思いが通じたのか、マネアはゆっくりと振り返る。



「わかりました。聞かせて下さい、その話を。」



 その言葉を聞いて少し安心したブライアンは、さっきまでとは違い、冷静に話し始めた。



 その内容は、



 突然、西の森から飛んできたその魔物は、人の二倍程の大きさで、頭に角を二本生やし、背中には大きな漆黒の翼がある男だった。


 そいつはデスバトラーと名乗ると、自身を魔王ゲルマニウムの手下と言い、その理知的に話す姿は魔物というより、人間に近いものにも感じられたが……それ以上に残忍であった。



 雄叫びを上げて馬を気絶させると、ブライアン達を逃さないようにし、その口から放った黒き炎で仲間全員を一瞬で溶かしてしまう。


 その黒き炎は、通常の炎と威力が桁違いであり、耐火装備でも完全に防げないものであった。


 しかし、それだけの力を持ちながらも、自分では勇者に勝てないと口にし、更にブライアンの事も知っていた事から、人間世界に精通しているのが窺える。



 以上がブライアンが話した内容だった。



 その全てを聞き終えたマネアは、その顔を真っ青に染め上げる。



「それがもし本当なら……こうしてはおれません! ビビアン様を呼ばなければ!」



 一人ではどうすることもできないと悟ったマネアは、方針を変える。


 今の話を聞く限り、シャナクは未曾有の危機に陥っている可能性が高く、それを助けるには勇者の力が必要だった。



ーーしかし、


 

「待つでござる!」



 ブライアンは、急ぎ立ち去ろうとするマネアの腕を掴むと、再度引き止める。



「なんですか! 離してください!」


「まだ言い忘れていた事があるでござるよ。デスバトラーには、もう一つ恐ろしい技があったでござる。」


「では、手短に教えて下さい。急ぎますから。」


  

 ブライアンは掴んだその腕を離すと、続きを話し始めた。



「奴は、こちらの魔法を無効化する技を持っているでござる。」


「えっ!?」



 一瞬固まるマネア。


 もしそれが本当であれば、賢者のシャナクになす術はない。



「どうしてもっと早くそれを!! ……いえ、同じ事ですね。わかりました。話してくれてありがとうございます。」



 マネアはその話に激しく動揺するも、それを抑え込み、再び走り出そうとする。



ーーその時だった。



 ブライアンは、その場で土下座をしながら叫ぶ。



「お願いでござる! 吾輩も……吾輩も連れて行って欲しいでごさるよ! 少なくとも、吾輩ならば道案内もできようぞ!」



 その必死な叫びを聞くも、マネアの足は止まらない。



 しかし、振り返り様に一言だけ言い放つ。



「ついてきてください。」



 それだけ言うと、マネアは走り続けた。



 神様どうかお願いします。

 彼を守ってください。



と、シャナクの無事を祈りながら……。



 

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