第34話 亀裂
宿屋から出たビビアン達は、現在マーダ神殿に向かって歩いている。マーダ神殿は石造りの大きな宮殿であり、町の中央に見える、長い階段を登った先に建てられていた。
「この階段長いわね……。みんな嫌にならないのかしら?」
ビビアンは道幅の広い階段を行き交う人達を見て呟く。
それはマーダ神殿に巡礼に来ている者達だった。
「ここは聖地ですからね。この階段を登ることも修行と考えている人も多いのですよ。信心深い人は、毎朝この階段を登って女神様にお祈りを捧げ、御礼や懺悔をするのです。」
マネアはマーダ神殿に詳しい。
なぜならば、以前このマーダ神殿でしか覚えることの出来ない固有スキルを得るために、一年間ここで生活をしていたからだ。
マーダ神殿で修行を行い、毎日女神に祈ることで得られるスキル
【女神の祝福】
このスキルの効果は、回復魔法の効果を高める事と、その効力の範囲をパーティ全体にする事ができるスキルだった。
当然範囲回復になれば必要な精神力も多く、回復効果も下がる。
しかし、一度の呪文でパーティ全員を回復できる言は、多くの僧侶が喉から手が出る程欲しいスキルだった。
その為、僧侶の職業を持つ者の殆どが、このマーダ神殿で一年間修行するのである。
そんな話をしている内に、階段の終わりが見えてきた。
「やっと着いたわね、もう二度と来ないわ。」
あまりに長い階段に嫌気がさしたビビアン。後ろを見ると、ミーニャとシャナクが息を切らしている。
やはり階段を登り続けるのは、慣れてない者にとってはかなり厳しいものであった。
「はぁはぁ……ビビアンの言う通りよ。私も、もうこの階段を登りたくないわ……」
普段から動く事が多いミーニャも、かなりしんどそうである。
「だらしないですね、ミーニャ。普段からちゃんと運動をしていないからですよ。」
逆に屋内系っぽいマネアは全然平気だった。
「なんで姉さんはそんなに余裕そうなのよ……納得いかないわ。」
「私はこれでも見えないところで鍛えていますので。それに一年間毎日この階段を二往復していましたから。」
そんな話をしながらも、ビビアンが最後の階段を登り切ると、そこにはつるっぱげの修行僧のような神官達が十人ほど横に並んで立っていた。
「ようこそお越し下さいました、勇者様。この度は町を救っていただき誠にありがとうございます。」
神官達は、全員が階段を登り切ると同時にその場で跪き、中央のお爺さんが代表で挨拶をする。
「いきなりビックリするわね! 何よ、なんでアタシ達が来るってわかったのよ?」
「勇者様が現れる事は、女神様からのお告げにより聞き及んでいました。驚かせてしまった事を謝罪します。それでは勇者様、女神様がお待ちですのでご案内します。」
つるぱげ爺さんはそう言うと、ビビアン達の前を歩いて神殿の中に案内し始めた。
そして数分もしない内に神殿の扉までたどり着くと、扉の両側に立っている神官がその大きな扉を開く。
その瞬間、ビビアンは息を呑んだ。
目の前に映るは、見たことがない程の神秘的な光景。
吹き抜けとなった二階に張り巡らされたステンドグラス。
中央に建っている美しい女神像。
まるで生きていたまま石にされたかの如く、その造形は精細であり、それは外の光を取り込んだステンドグラスから射し込まれる七色の光を浴び、その神々しさを増している。
「綺麗……。」
「そうでしょう。これでもこの女神像が建てられて軽く千年は過ぎているそうです。そして、ステンドグラスの窓から差し込む光を浴びた姿には、誰もが目を奪われてしまうのです。」
ビビアンが呟くと、隣にいたつるっぱげ爺さんが説明した。
「ここに毎日来たくなる連中の気持ちも、少しはわかるわね。それで、私に会いたい女神様っていうのは……」
「はい。目の前にあるこの美しい女神像でございます。近くに寄って目を閉じ、心の声で女神様に語りかけてみてください。」
言われた通り目を閉じるビビアン。
(勇者ビビアンよ、誰かいるなら返事して。)
ビビアンは心の声で語りかける。
すると、ビビアンの頭の中に女性の声が届いた。
「お待ちしていました光の勇者ビビアン。私は女神と呼ばれているものです。」
本当に声が返ってくると思わなかったビビアンは、驚いて肩をビクッと上げる。
「あなたが女神なのね。それで私に何の用があるわけ?」
ビビアンは女神様に対しても横柄な態度に変わりはなかった。
「まず貴方に謝らなければなりません。貴方の魂に光を宿したのは他でもない私です。貴方には過酷な運命を背負わせてしまいました。」
「どういうことよ?」
「私は数千年前、天空の勇者と共に大魔王と戦い、そして激闘の末に封印する事に成功しました。その時に私は神気を使い果たしてしまい、この様な姿になったのです。」
突然聞かされる、伝説の真実と勇者の秘密。
そして女神はさらに続ける。
「その後、大魔王の封印が解けるのを感じた私は、生まれたばかりの貴方に勇者の光を送り込んだのです。」
その声はとても申し訳なさそうに聞こえた。
しかし、それを聞いても特に何も感じないビビアン。
正直、伝説やら真実やらを今更聞かされても、興味も無ければ、どうでもいいことであった。
「そう、わかったわ。でもそんな事はどうでもいいわ。それより何を伝えたい訳? 難しい話ならもうしなくていいわよ。」
今のビビアンにとって、ぶっちゃけ魔王とかどうでもよくて、サクセスに会うついでとしか考えていなかった。
勇者でありながらも、全く興味を示さないビビアンに、少しばかり女神は悲しくなる。
「……そんな事。少し寂しいですがわかりました。ところで貴方には幼馴染がいますね? よく聞いて下さい。どんな事があってもその者を信じるのです。今の貴方には邪悪な影が見えていますが、それに惑わされてはなりません。」
「アタシがサクセスを信じてないって言うの!? 」
女神の言葉にキレそうになるビビアン。
それを聞いた女神は、少しめんどくさく感じたのか、特に反応せずに言葉を続けた。
「その者と一緒に、今度こそ大魔王を倒してくれる事をここから祈っています。」
「はぁ? 何よそれ!? アタシに勝手に押しつけて色々言ってるんじゃないわよ! 」
自分の質問を無視して一方的に言われた事や、サクセスの事を信じろと言われた事で、完全にビビアンの怒りゲージはマックスまで上がっていた。
当然女神もそれを感じてはいるが、それに対して何も言わない。
ただ、
「幸運を祈ります。」
とだけ、悲しそうな声で告げると、ビビアンの頭にはもう何も入って来なくなった。
何よ! 頼むだけ頼んでおいて!
ほんっと、女神様とか言われていい気になってんじゃないわよ!
ビビアンは女神からの話があまりに身勝手に感じ、その怒りが止まることを知らない。
そして目を開けると、怒声を上げる。
「終わったわ。もうここに要はないわ!」
その様子を見て、何があったのかと心配する仲間たちであるが、今は何も聞かない。
聞いたところで、あそこまで興奮しているとまともに話が出来るとは思わなかったのだ。
故に、何事も無かったかのようにマネアは話す。
「ビビアン様の祈りも終わったようですので、私達のお祈りも終わりましたら、早速町に出かけましょう。」
マネアがそういうと、全員目を閉じて祈り始めた。
そして全てのお祈りが終わると早速ビビアン達はマーダ神殿から出ていこうとする……が、
ーーつるっぱげ爺さんがビビアンを引き止めた。
「お待ち下さい勇者様。現在この町の西側でモンスター達が集まってきていると情報が入っております。誠に勝手ながら助けてはいただけないでしょうか?」
「はぁ? なによそれ? アタシ達がこの町を見捨てるとでも思ってる訳? 馬鹿にしないでよ!!」
「ひぃぃぃ!」
女神と同じような事を言われて腹が立ったビビアンは、つるっぱげ爺さんを怒鳴り飛ばす。
その覇気に爺さん含める修行僧達は恐れ慄いた。
「ビビアン様、抑えてください。」
神聖な場所であるが故、なんとかビビアンを抑えようとするマネア。
しかし、シャナクは違った。
ビビアンに続くように、一方的に助けを乞う神官達を叱る。
「いえ、その者らの言っている事は、勇者様に失礼である! 助けて貰うことを当たり前と思わないでもらいたい。」
その言葉を聞いて頭を下げるハゲ神官。
「も、申し訳ございません。そのようなつもりは微塵もございません。ただ、我々も全力で戦いますが、勇者様がいてくれるだけで士気が高まる為、一応確認しただけにございます。」
「それなら最初からそう言えば良かろう! いきなり助けてくださらないか等と無礼千万である。」
ビビアンが切れる前に、怒るシャナク。
こうする事でビビアンによる被害が減る事をシャナクはこの旅で学んでいた。
だが、今回は本当にシャナクも腹を立てていたのである。なんでもかんでも勇者に押し付けようとしているのが透けて見えたからだ。
ーーしかし、ビビアンは……
「黙りなさいシャナク! アンタは関係ないでしょ! なんでアンタが怒ってるのよ! もう行くわ!」
そういうと、ビビアンは一人でそのまま階段に向かって歩いていってしまった。
「ちょっとビビアン!」
ミーニャとマネアは急いでビビアンを追う。
そして取り残されたシャナクは、ビビアンを追わなかった。
行き場のない怒りが、シャナクの足を引き止める。
腑に落ちない……何故毎回私が怒られなければならないんだ!
どうしていつも勇者様はそうなんだ!
いつも! いつも! いつもぉぉ!
ビビアンを庇うことで逆に怒られたシャナク。
こんな事は今までにしょっちゅうあった事だ。
しかし今回は、本気でビビアンの為に腹を立てていた。
それにも関わらず、酷い言われようであった為、今までにはない程に沸々怒りが湧き上がってくる。
そしてどういう訳かなのか、今回に限って怒りが一向に収まる気配がない。
それは二人の間に初めて入った小さな亀裂。
ーーそして
その時のシャナク目は怪しく紫色に光っているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます