第33話 朝チュッ!

 朝食を終えたビビアン達は、早速一階のラウンジに行くと、そこには既にシャナクが立って待っていた。



「待たせたわね、シャナク。」



 声をかけられたシャナクは頭を下げる。



「おはようございます勇者様。昨晩はごゆっくりとできましたでしょうか?」


「ええ、最高よ。シャナクはどうだった?」


「はい、おかげさまで私も満喫させていただきました。少々夜に厄介な連中が来られましたがね。」



 シャナクがそう言うと、ビビアンは不思議そうに首を傾げた。



「厄介な連中? 何よ? 敵でもきたの? 呼べば直ぐにアタシが倒してあげたのに。」


「いえいえ、相手はモンスターではありませんので、勇者様のお手を煩わすわけには参りません。それより、本日はどちらへ向かいますか?」



 シャナクが返答を濁しながらも訊ねると、マネアが答える。



「おはようございます、シャナクさん。昨日は色々とありがとうございました。本日はさっそくマーダ神殿に向かおうと思っております。」



 朝から眩しい笑顔を向けながら挨拶するマネア。

 

 その顔が素敵すぎて、シャナクは目を合わせることができない。



「おお、マーダ神殿ですな。わかりました。それでは早速参りましょう。」



 いつからシャイボーイ属性がついたのかわからないが、シャナクは何故か照れている。


 その理由は簡単だ。


 最近特に優しくしてくれるマネアを意識してしまっていたからである。


 昨晩は散々妄想しては、右手を素早く動かしていたくせに、いざ面と向かうと、うぶなおっさんに成り代わってしまうシャナク。


 そんなシャナクに、今度はミーニャが声をかける。



「ヤッホー! シャナク。もしかして昨日私宛に何人か来た?」



 シャナクのさっきの言葉にミーニャは思い当たることがあったようだ。


 そして、少しだけシャナクはミーニャを睨むと、直ぐに真顔に戻って答える。



「はい、沢山おいでになられましたよ……ですが誠心誠意話したら泣いて帰ってくれました。ですので、明日以降は減るはずです。」


「へぇ~。いい男がいたか確認したかったわね。」



 そう言いながら、今回の出来事を嬉しそうにして笑みを漏らすミーニャ。


 だが一方シャナクは、



 男の純情を踏み躙って笑うとは……



 っと内心でイラっとしたが、決してそれを口にはしない。


 だが代わりに、少しだけ嫌味を込めて言葉を続けた。



「まぁそれでも10人位はまた来ると思いますがね。勇者様に迷惑かける事は少々控えてもらいたいものです。」


 それを聞いて、少しだけ申し訳無さそうな顔を浮かべるミーニャ。


 だがそれを本心とシャナクは思わない。


 シャナクの中で、ミーニャは完全に悪女認定していた。


 それも昨日の一悶着を考えれば、シャナクがそう思うのも無理はない。


 昨晩シャナクは、ミーニャ目当てに押し寄せるオタク共を散々一人でさばいていたのだ。


 そして彼らの言い分を聞いて、同じ男として可哀想とも思う。


 しかしそれでも勇者様の安らぎを損ねる様な事にならない様に、必死でシャナクは戦っていた。



 ……そう、心を鬼にして。



 シャナクは全ての状況を把握した上で、オタク達にこう言ったのだ。



「ミーニャさんは、現在選ばれし者と一夜を共にしている。」



 それを聞いた男達は、血の涙を流し、罵詈雑言を吐き捨て、そして男泣きをしていた。


 そんな輩で溢れかえったロビーは、カオスであり、当然ホテルの支配人にも迷惑料を払っている。


 中には気が触れてしまい、発狂して強行手段をとろうとする奴らもいたが、それを全てシャナクは魔法で眠らせて事なきを得た。


 魔物の大群と戦って尚、シャナクの戦いは終わらなかった……朝になるまで。



 つまり先ほどビビアンに満喫したといったのは、完全に社交辞令である。


 

 若干の変態属性が付与されたシャナクであるが、やはり従者としては立派と言えた。



 そしてその疲れた表情から、シャナクが自分のせいで大変な思いをしていたのを察したミーニャは、ゆっくりとシャナクに近づいていく。



 するとシャナクの前に来たミーニャは、突然そのホッペにチュッとキスをした。



「ごめんなさいね、シャナク。これはお礼よ。また迷惑かけるかもだけど、よろしくねん。」



 ミーニャは軽い感じでそう言った。



 「またよろしく」だなんて、軽く言われたら普通なら誰でも怒る。



 しかしシャナクは違った……。


 いつの間にかさっきまでの怒りは消えている。


 それどころか、凄いだらしない顔をしていた。



 朝チュッ!

 これが伝説の朝チュッか!



 シャナクはキスされたホッペを何度も手で擦りながら茫然としている。



 そしてその姿を冷ややかな目で見ていたのは……



ーーマネアだった。



「よかったですねシャナクさん! ビビアン様、直ぐにマーダ神殿に向かいましょう!」



 マネアはそれだけ言うと急ぎ足でビビアンと一緒に外に出ていく。


 そしてミーニャは外にでる瞬間、シャナクの方に振り返ると、両手を合わせて「ごめんね。」のポーズをとって片眼をつぶった。



 やっちまったなシャナク!

 お前の恋は今終わりを告げたぞ!



 そんなテロップが流れた気がする。



 我に返ったシャナクは、急いで追いかけ始めた。



「マネアどのぉ~誤解ですぞおぉぉ!」



と叫びながら……。



 だが、マネアは全く気にも留めずにそそくさと歩いて行く。



「なんかシャナクが朝からうるさいわね。変な物でも食べたのかしら?」


「さぁ? どうなんでしょう。多分そうなんでしょうね。」



 ビビアンの言葉にそっけなく返すマネア。


 シャナクの恋が実るのは、まだ当分先になりそうであった。

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