第26話 ユメとゲンジツ

 戦場からモンスターの大群がいなくなった今、マネアはビビアンを探して歩き始めると、すぐに見つけることができた。



「ビビアン様……お怪我はございませんか……?」



 早速ビビアンを心配して声をかけたマネアであるが、むしろマネアの方が心配になる程憔悴した顔をしている。


 数時間の間、マネアは回復魔法を唱え続け、傷ついた者達を救い続けていた。


 魔法というのは、使う度に精神力が削られるもの。


 普通の僧侶に比べればマネアの精神容量は大きいが、それでも今回ばかりは完全にそのキャパシティを超えていた。


 正直、今のマネアはいつ倒れてもおかしくない状況である。



「ちょっとマネア! 大丈夫なの? アタシは全然問題ないわ、それよりマネアこそ酷い顔じゃない!」


「私はまだ……大丈……夫です。」



 そう言いながらも、ビビアンを見つけた事で緊張の糸が切れたマネアは、その場で倒れ込んでしまうのだが、それをシャナクが素早く受け止めた。



「大丈夫ですかマネア殿? ここにエルフの聖水があるから飲んでくだされ。」



 シャナクはそう言ってマネアを支えると、バッグの中からエルフの聖水を取り出す。


 エルフの聖水とは、精神力を回復させる魔法のアイテムであり、従者として旅立つ前にシャナクが用意していた貴重な物だった。

 

 そしてシャナクがエルフの聖水をマネアの口に当ててゆっくり流し込んでいくと、マネアは意識を失いかけながらもそれを少しづつ飲み込んでいく。


 するとまだ完全ではないが、少しづつマネアの顔色が戻っていった……


 

ーーシャナクの腕の中で。



 意識が大分回復したマネアは、ふと今の自分の状況に気づいて、慌ててシャナクから離れた。



「はっ! 申し訳ございません。シャナクさん、ありがとうございます。大分楽になりました。」



 そして顔を赤らめながら下を向いて、シャナクに感謝を伝える。



「いえ、当然の事をしたまでです。マネア殿、まだ無理をしてはいけません。私がおぶって差し上げましょう。」



 極めて紳士な態度を演じるシャナク。


 その姿と言動は、正にジェントルマンと言って良い。



 だが違う。



 この男の内心は、そんな清廉潔白なものではない。


 実際、頭の中では……



 えぇ香りしてまんなぁ。

 ちょっとおじちゃんにおぶらせてくれへんか?

 その柔らかい肌を触らせてやぁ、げへげへ。



 くらいのゲスい勢いで、鼻の下を伸ばしていた。


 それをおくびにも出さないシャナクは、やはり賢者といえよう。


 そして欲望を悟られんとしながらも、そうなるように誘導する為、シャナクはキリッとした表情を作ると、毅然とした態度でその場に腰を下ろした。



 まるでおぶられて当たり前、という雰囲気を完璧に演出するシャナク。



 ……だが、



「い、いえ。流石にそこまでしてもらうわけには……。」



 これ以上迷惑をかけるのは申し訳ないと思ったマネアは、それを拒んだ。



 しかし、ここで思わぬ助け舟が現れる。



「いいのよ、マネア。あなた大分疲れているみたいだし、少しは休みなさいよ。この馬を貸してあげるわ。」



 シャナクを馬扱いするビビアン。


 しかし、当然シャナクは怒らない。


 何故なら、怒れば倍返しされるのは目にみえているし、それ以上に、むしろそう言われた方が自分の欲望が叶いやすいと計算していたからだ。



 なので、何も言わず静観していたのだが……。



「ビビアン様、それは失礼です。シャナクさんは人間であり、決して馬などと呼んでいいはずもありません! もう少し相手の尊厳を大切にして下さい。」



 ビビアンの言葉に怒りを表すマネア。


 人の心を何よりも大切にするマネアだからこそ、ビビアンの発言は許容できなかった。



「わ、わかったわ。冗談よ、シャナク。ごめんなさいね。」



 その気迫に押されたビビアンは、素直に謝る。


 しかしここで困ったのはシャナクだった。



 まさかあそこでマネアが怒るとも思わなかったし、ましてやビビアンが引いて謝るなど予想すらできない。



 まずいですぞ……。



 本来喜ぶべきところであるはずが、内心で窮地に陥る変態シャナク。



 だがシャナクは諦めない。


 そう、何故ならシャナクは賢者だからだ!



「いえ、私は馬で結構です。馬でも何でも勇者様の力になれるならば、このシャナク何にでもなりますぞ。」



 必死に食い下がるシャナク。

 

 しかし、その物言いはとても立派なものであり、むしろ信心深いマネアの心に響く。



ーーそして……



「わかりました。それではシャナクさん、少し重いかもしれませんが、よろしくお願いします。」



 シャナクの真摯的な態度に安心したマネアは、その心意気を踏みにじる事など出来ず、シャナクの背中にその身を委ねる。



 おっほーー!!


 キタキター!



 シャナクの背中に当たる柔らかい感触。


 そして両手で合法的に触れる柔らかいお尻の感触。



※ シャナクは ちからが わきあがった!!



「で、ではマーダ神殿まで向かいますぞ!」



※ シャナクは ブキミに 微笑んでいる。



「おーい! 待ってぇ、ビビアーン!」



 すると、そこに突然聞こえるミーニャの声。


 その声に気づいたビビアンは振り返る。


 

「あ、師匠! 無事だったのね。」


「ちょっとぉ、酷いじゃない置いてくなんて。まぁいいわ、それよりこれ見てよ、魔石が大量よ!」



 男達から貢がれた魔石を、まるで自分の手柄のように見せて自慢するミーニャ。


 だがそんな事実を知らないビビアンは、純粋にそれを凄いと思った。


 まさかミーニャがそこまで戦えるとは思いもしなかったのである……直接戦ってはいないが。



「凄いじゃない! 流石師匠ね。そういえばこの辺りにもモンスターが沢山いたけど、今はいないわね。」



 ビビアンは周囲を見渡して言うと、今更ながらその事に気づく。


 そして同時に、魔石を見せられたことで大事な事を思い出した。



「あぁぁ! 魔石拾うの忘れてたわ!」



 大声で叫ぶビビアン。


 魔石を拾うことは、ここに来る前に散々ミーニャに言われていた。


 それがすっかり頭から抜けていた事にショックを受ける……が、



「安心してくだされ勇者様、私が全て回収しておきましたぞ。」



 シャナクがまさかの事を口にした。


 何とあの戦闘の中、シャナクは魔石を拾っていたのである。


 だがビビアンはすぐにそれがおかしいと気づいた。


 何故ならば、少なくともゴレムス達の魔石を拾っている姿は見ていないからだ。



「アンタいつの間にそんな事してたわけ? 拾って無かったじゃない。気休めは言わないで。」



 ビビアンはシャナクが気を遣っていると思うが、シャナクはバッグの中から魔石を取り出して見せた。


 その緑色の大きな魔石は、間違いなくヘルゴレムスが落とした魔石である。



「実は先程の戦闘で50レベルを超えまして、その時覚えた魔法を使いました。【マセキトール】と【マジックバッグ】という名の魔法です。」



 その言葉を聞き、目をキラキラさせるビビアン。



「へぇ~なんか凄そうね。どんな魔法なの?」



「マセキトールはその名前の通り、近くのパーティが倒したモンスターから出た魔石を一瞬で集めてくれる魔法です。」


「ふんふん、それでもう一つは?」


「マジックバックは魔法の空間に物をしまえる魔法でございます。それなので、先程の戦闘で得た魔石は全てこのマジックバッグに入ってますぞ。」



 シャナクの説明が終わると、ビビアンはその魔法の有用性に気付き、ワクワクしていた。



「便利な魔法じゃない! 私も覚えられるかしら?」



 そう聞かれたシャナクは、首を横に振る。



「残念ながらこれは賢者の固有魔法なので難しいと思われます。しかし、私は常に勇者様と共に戦いますので、そのような雑務は私にお任せくださればよろしいかと。」



 立派な事を口にしているシャナクであるが、実のところこれは、ビビアンに対して、



 自分は使えるからクビにはしないでね



っという意味も込められていた。



 だが当然そんな事に気づく者がいるはずもなく、背中におぶされているマネアもまた感嘆の声をあげる。



「凄いですわ、シャナクさん。あなたは本当に素晴らしい方ですね。」



 その言葉にチクリと胸を刺されたシャナク。


 純粋な言葉故に、腹黒なシャナクにとっては胸が痛い。



 そして今更ながら、ミーニャはシャナクの背中にマネアがいる事に気づく。



「あ、姉さんずるいわ。私も疲れてるんだから代わってよ!」



 その発言にシャナクの耳がピクリと反応する。



 お、お、おお。


 あの露出されたダイナマイトボディも味わえるならば、このシャナク、後3回は戦えますぞ!



 そう思うが、流石に口にできるはずも無く黙っていると、マネアが口を開いた。



「……ダメです。」


「えぇ、何でぇ? ずるいじゃん。あ、わかった! もしかして姉さん、シャナクの事を……」


「ち、違いますよ! ただ、今は少し歩けないだけで、そ、そんな事ありません! もう! ミーニャの馬鹿!」


 

 マネアは、ミーニャが余計な事を口にしそうになると察し、慌てて声を被せてそれ以上は言わせないようにする。



 だが、その言葉にミーニャはカチンときた。



「あ、今馬鹿って言ったわね! 馬鹿って言った方が馬鹿よ! 姉さんのバーカ、ネクラ、むっつりスケベぇ!」


「何ですって! 訂正しなさい! むっつりスケベはないでしょ! 大体ミーニャだって馬鹿って言ったからやっぱり馬鹿じゃないの!」


「また馬鹿って言った! もう絶対許さないんだから!」


「何よ! そっちこそ!」



 徐々にエキサイトしていく姉妹喧嘩。


 最初は自分を巡って女性が言い合う姿に、シャナクはどことなく優越感を感じていたのだが、流石にこれ以上は見ていられない。


 しかし、なんと言っていいか答えが見つからないシャナク。


 下手に口を出せば、自分に矛先が向く可能性がある。


 故に困っていたのだが、そこで遂にビビアンが間に入った。



「二人とも落ち着いて! そもそもシャナクを巡って争うなんて納得いかないわ!」



 シャナクにとって、それはあまりにもあんまりな言葉だった。


 そして、その言葉にミーニャがハッと我にかえる。



「言われてみればそうね。何で私、こんな冴えないおじさんにムキになってたのかしら……そう言えば顔がヤラシイわ。」



 グサッ!



 シャナクは心にダメージを受ける。



「え? シャナクさん? 嘘ですよね……」



 その言葉を聞いたマネアは、信じられないと言った顔をしながら、シャナクの背中から降りた。



 シャナクの背中と手から幸福が離れていく。



 何故かいきなり窮地に立たされてしまったシャナク。



 今までの流れは何だったんだ……。


 私は夢を見ていたのか……。



※ シャナクは げんじつに もどされた。



「ね、わかったでしょ。じゃあさっさと行くわよ。」



 そしてビビアンは、何事も無かったかのように歩いていく。


 その後ろを楽しそうに歩くは、先ほどまで自分を巡って争っていた二人の姉妹。



「よっし! マーダ神殿でいい男探すわよ!」


「私は女神様に久しぶりにお祈りができて嬉しいです。」



 いつの間にか、二人の仲が元に戻っていた。



 取り残されたシャナクは、一人その場に佇みながら、涙を堪えて小さく叫ぶ。



「女って奴は……女って奴は……わからない!」



 賢者の頭脳を持ってしても、女性の心は読めないシャナクであった。


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