第58話 モンスターとちびうさ

「よ! にいちゃん。やっぱり来てくれたか。景気はどうだ? ……おっと今のは聞かなかった事にしてくれ。」



 どこからともなく現れたボッサンは、俺の肩を叩きながら声を掛けると、シロマを見てその前言を撤回する。


 シロマは、未だに某パンチドランカーのように、生気を失った顔で項垂れている。



「燃えました……燃え尽きました……。」



 違う意味でやり切った感が凄い。



「まぁそこは見た通りだな。んで、そろそろ教えてくれるのか?」


「まぁ待て、そう焦りなさんな。まぁ隣を見れば焦る理由もわかるけどよ。ていうか一体どんだけ負けたんだよ……。」


「いや大した額でもないさ、それよりも間もなく闘技場にモンスターが出てくるぞ。出てきたら10分しか時間がないから、教える気があるなら早めにしてもらえるとありがたい。」


 俺としては、別にこいつの情報が嘘であろうとなかろうと、今更どうでもよくなっていた。


 なぜなら、もう十分に稼いだからだ。

 100コインなど、シロマの400コインの損失に比べれば……。



「あぁ、わかってるぜ。まぁちょっと待ってろよ、必ず来るからよ。」



 必ず来る?

 何がだ?



 ボッサンはそういうと、闘技場の周囲を見渡した後、一階に繋がる階段を見続けていた。


 周りを見ていたのは、多分今回の協力者の位置の確認だろう。

 俺には誰が協力者かはわからないけど、なんとなくそんな感じがした。


 それはわかる。

 だけど、ずっと階段を見ている意味がわからん。

 こいつは何を待ってるんだ?



 しばらくすると、闘技場にモンスターが現れ始める。

 俺は、じっくり四体のヘルアーマーを見ているが、違いが全くわからない。

 どれが勝つかなんてわかるはずもないわ。


 だが、ボッサンは闘技場に見向きもしない。

 未だに階段を眺め続けている。


 しかし、さっきまでと違い、大分焦り始めているようで、片足を地面にダンダンと踏みつけていた。



 本当にこいつは、何を待ってるんだ?

 運営か?

 それとも仲間か?


 俺には当然わからないが、試合の受付終了時間が残り五分となった時、それは起こった。



「来た!!」



 俺は、ボッサンのその喜びを含んだ小さな声を聞き逃さなかい。

 どうやらお目当ての人が来たようだ。



 タンタンタンタン……。



 階段から、急いで駆け降りてくる音が聞こえ始める。

 なんとなくだけど、一歩一歩の音が小さい事から、子供の足音にも聞こえた。


 一体誰が来るって言うんだ。


 俺もボッサンと同じように、階段の出口を注視し始める。

 すると……。



「パパ~! パパ~!」



 パパ? 

 なんか聞いたことある声だな。

 そして次に聞こえた声は、よく知っている声だった。



「ちょ、ちょっとまちなさーい! パパがいるの? ねぇ? ちょっと待って!」



 リーチュンだ。

 ということは、子供の方は、ちびうさちゃん?

 


 ふと、隣のボッサンを見ると、余裕の笑みを浮かべている。


 んん?

 まさか、ボッサンが待ってたのはちびうさ?



 ちびうさは、階段を駆け下りて地下まで来ると、そのまま闘技場に近づいて行った。



「パパ! ねぇパパったら! ねぇパパ! 返事をして!」



 ちびうさは、左から三番目のヘルアーマーに必死に声をかけている。

 そしてそれを必死に抑えているリーチュン。



「ちょっとどうしたの? 危ないから戻って!」


「いや! 離して! ねぇパパ! あたちの事嫌いなの? ねぇ! ねぇってば!」



 ちびうさは、涙を浮かべながら叫んでいた。

 その時、ボッサンは、俺の後ろを通り過ぎながら、俺に聞こえるように呟く。


「Cだ」


 それだけいうと、ボッサンはチケット売り場に行き、そのままぐるっと闘技場を急ぎ足で回って歩き出した。

 多分、俺と同じようにCに賭けろと言ってまわってるのだろう。

 俺も時間がないため、未だに死んだような目でブツブツ言っているシロマを置いて、ヘルアーマーCに100コインを賭けて来た。



 そして少しして、試合が始まる。

 同じ能力のモンスター四体の戦い。

 普通ならば完全に運ゲーだ。


 ふと、ちびうさが気になって見てみると、イーゼとリーチュンとゲロゲロに取り押さえられながらも、まだ叫んでいる。



「パパをいじめるなーー!!」



 どうやらちびうさは、俺が賭けたヘルアーマーCをパパと呼んでいるようだ。


 ボッサンが待っていたのは、間違いなく、このちびうさだ。

 ボッサンの反応と動きがそれを物語っている。


 となると、つまりは、ちびうさがパパと呼ぶヘルアーマーは絶対勝つって事か?

 いまいちよくわからないな。

 だが、あれだけ安心しきっているボッサンを見れば、これが初めてではないのがわかる。


 つまり、ちびうさも、ここに来るのは初めてではないという事だな、


 どの位の頻度でヘルアーマー四体の試合があるかはわからないが、きっとちびうさは、このパパと呼んでいるヘルアーマーの試合に必ず来ていたのだろう。



 しかし、なんだってちびうさは、魔物をパパと呼んでいるんだ?

 それがわからない。


 人が魔物になるのは聞いたことがあるが、やはりこれもおかしい。

 大概は、ゾンビ系統だから、ヘルアーマーのような魔物ではない。


 うん、よくわかんね。

 早くシロマ、復活してくれよ。



 そして闘技場の試合は、予想と違って四体の実力に差は見えない。

 正直、パパとちびうさが言うくらいだから、何かあるんだろうと思っていた。


 ヘルアーマーCだけが異常に強いとか、そういう感じだと思ってたのである。

 そうでもなければ、子供の戯言を信じてボッサンが賭けるわけがない。


 だが現実、今にもヘルアーマーCは死にそうであった。

 それを見てもボッサンの顔から余裕が消えない。



 なんだ?

 なにがあるっていうんだ?



 ギラーンっ!!



 ん?

 なんか今、目が赤く光ったような……。



 一瞬だったので、気のせいかもしれないが、俺には、ヘルアーマーCの目が赤く光ったように見えた。

 だがどうやら、見間違いではないらしい。

 ヘルアーマーCの動きが突然変わった。


 いや、変わったというには、そこまで変化はないのだが、間違いなくさっきと違う。

 動きのパターンが微妙に増えてるんだ。


 よく見ないと気付かないレベルである。

 しかし、俺はずっとヘルアーマーCだけを注意して見ているから気付けた。

 その結果、辛勝ではあったが、やっぱり勝ったのはヘルアーマーCである。



 勝利したヘルアーマーCは、微動だにせずに、何かをじっと見ている。



 その視線の先には……

 ちびうさがいた。



 やはりなんかある。

 俺は直感した。


 俺の感は、間違っていない。

 ボッサンの情報は、ちびうさに繋がっている。

 これは詳しく聞かなければならないな。



 俺は換金を終えると、約束通りボッサンのところにコインを渡しに行った。

 ちなみにシロマは、俺に隠れていつのまにかヘルアーマーCにコインを20枚賭けていた。


 どうやら、隠し持っていたらしい。

 そして、初めて大当たりしたシロマは、ヘルアーマーCが勝った時、今までで一番はしゃいでいたのだった。



 シロマさん、それ約束破ってますよ?



 と言いたいところだが、黙っておこう。

 黙っていればバレることはない。

 こんなに喜んでるんだ。

 いいじゃないか! 少しくらい!


 というわけで、俺はウキウキしているシロマを連れて、ボッサンのところにいるわけだ。


 あと、リーチュン達であるが、ちびうさを止めるのに必死だったようで、まだ俺達に気付いていなかった。


 まぁここにいるとはいってないし、闘技場は広いから注意してみないと気付かないだろう。


 どうやら、試合が終わった後、意気消沈しているちびうさを連れて、上の酒場に向かったっぽい。

 そこでご飯でも食べさせながら、事情をきくつもりだろう。

 ならば、俺も確実に今までの疑問をこいつに聞くべきだな。



「ボッサン、約束の100コインだ。」


「お、サンキュ。な、嘘ついてなかっただろ?」



 俺がそう言って100コインをボッサンに渡すと、嬉しそうにそれを受け取った。

 ボッサンの手には、沢山のコインが入ってそうな袋が見える。

 どうやら、先にコインを交換して、俺達以外からもコインを集め終わっていたようだった。



 そこで俺は勝負をかける事にする。



「なぁボッサン、俺は、お前の事を今回の事で信用した。だからこそ、あえてお前ともっと話したい事があるんだ。聞かれたくない話だ、これに応じるなら、俺の話を聞くだけで200コインを渡す。どうだ?」


 俺がそう言うと、明らかに俺の事を疑った目で見始めた。


 だが……。



「わかった。いいぜ。だけど先に言うが聞くだけだ。何を話すつもりかわからねぇが、必ずそれに答えるとは約束できねぇぞ。それでもいいならいいぜ。話を聞こうじゃねぇか。今度は、さっきと立場が逆だな。はん。」



 そういうとボッサンは鼻で笑った。

 シロマは、まだ俺が何を言っているのか、わかっていないようだった。

 しかし何も言ってこないのは俺を信用しているからだろう。


 普通に考えて、話を聞いてもらうだけでコインを200枚も渡すなんて馬鹿げてる。

 普段ならば絶対止めてくるはずだ。



「それで構わない。上の酒場じゃ目立つ。どこかいいところはないか?」



 上にはリーチュン達もいるし、まだ話を聞かれたくはない。

 それに、人数が多くなれば、ボッサンは必ず警戒するだろうからな。

 べ、別にシロマとイチャイチャしているところを見られたくないって事じゃないんだからね!



「あぁ、それならVIPルームがいい。入るのに30コイン必要だけど、お前さんならそのくらい余裕だろ?]



暗に、俺に金を出せと言ってるように聞こえるが、別に構わない。

 こいつが言うように余裕だ。

 それに俺からいいところがないか聞いてるんだ、折半にしようなどと言うつもりは毛頭ないさ。



「わかった、そこにしよう。当然コインは俺が払う。案内してくれ。」



 そう言うと、ボッサンは一瞬ニヤっと笑って、俺をそこへ案内するのだった。

 

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