第34話 夢と希望と絶望と……。

 あの後俺は、なんとか絶体絶命の危機を掻い潜り、自室まで逃げ延びた。

 そして現在、隣の部屋から物凄い女性の怒鳴り声が聞こえてくる。

 主にリーチュンだが。


 俺のせいとは言え、ご近所迷惑だから声は抑えて欲しい……が言えるはずもないわな。

 しかし夜が更けていくにつれて、次第に隣の部屋からの騒音は小さくなっていく。

 どんなガールズトークに花を咲かせていたかはわからないが、多分碌な話ではないだろう。


 怖くて聞きたくも無い!


 だがとりあえず、今日のところは収まったようだ。

 よかったよかった。

 しかし、俺の夜はまだ終わってはいない。

 むしろ、これからが本番だ。

 さっきの一悶着があってから、今の俺は大分落ち着いている。

 むしろ、自信がついたと言っても過言ではない。


 色々あったがイーゼには感謝だな。

 一皮むけたぜ、むけてないけど!


 そして時は来た。

 言われていた時間の30分前。

 準備は全て整っている、後は出陣するだけだ。 



「時間か……行くか……。」



 俺は音を立てないようにうまく窓から外に出る。

 予想通り外の街は、ほとんど明かりがなく、昼間とはまるで別の町だった。


 しかし俺にはこれがある!

 そう、今日一日で目的の場所までたどり着くための地図だ。

 初めての町とは言え、ここまで書けば間違うことはないだろう。



 ゾクゾクっ……。 



「うぅ、なんか急に緊張が……つうか一人は心細い……凄い怖いぞ。」



 一人で夜道を歩いているとだんだん不安になってくる俺。

 本当に大丈夫だろうか……。

 いや! ここまで来たらなるようになれだ!

 俺はそう腹を括ると、幾分か気持ちが楽になった気がする。

 大丈夫、店の前に行けば師匠がいる。


 ワイフマンだけが俺の頼りだった。

 俺はしばらく歩いて目的の場所に着くと、いつからいたのかワイフマンは既にその場所に立っていた。

 それを見て俺の中の不安はスッと消える。



「よう、兄弟! 心の準備はできたか? ちゃんと多めに金は持ってきただろうな?」 


「はい師匠! 服も下着も新調して、準備は万端です!」 


「そいつは何よりだ! 話は既に付けてある。中に入ったら言われた通りにするんだぞ。」 


「はい! それでは行ってきます!」


 今の俺の顔は、きっと勇者に負けない位勇ましい顔になっているだろう。


 父さん、母さん! 今日僕は大人への階段を登ります!


 そして俺は、ゆっくりとその扉を開く。

 期待と希望を胸に……。


 扉を開けると、中には小さなカウンターがあり、その横には通路が見える。

 どうやらあれが有名な夢のトンネルらしい……今の俺にはキラキラと輝いて見えた。

 そしてカウンターにはワイフマンから聞いていた通り、筋骨隆々のゴツい男が立っている。


 ビビったら負けだ! 行くぞ!


 俺は心の中で気合を入れると、その男に合言葉を伝えた。 



「可愛くて若い子をお願いします。」



 俺がそう告げると、その男は俺の事をじ~っと見定め、そして口を開く。 



「いらっしゃいませお客様。それではこの通路を渡って二つ目の扉に入って待っていて下さい。後から希望の子が来ますので。」



 その男は、顔に似合わず丁寧な口調で説明をする。

 俺は言われた通り、ゆっくりと通路を歩いて行った。


 ドキドキして心臓が破裂しそうだ。


 そうしてなんとか言われた扉まで行くと、扉に鍵は掛かっておらず簡単に開いたので中に入る。

 中は真っ暗であったが、通路からの光で中の様子が見えた。

 そこにはベッドとティッシュだけ置いてある。

 正にパフる為だけにある部屋といった感じだ。

 それをみて、俺の緊張はマックスになる。



 バックン! バックン! バックン!



 さっきから自分の心臓が脈打つ音が聞こえている。

 遂にここまで来たんだ。

 焦るな俺、プロに任せれば大丈夫だ!


 そう言い聞かせて、俺は扉をそっと締めた。

 扉を閉めると、中は真っ暗になったが、ベッドまでは真っすぐ進むだけで到達できる。

 高鳴る鼓動を抑えながら、なんとかベッドまでたどり着くと、そこに腰を掛けた。



 カツっ! カツっ! カツっ! 



 すると、早速ドアの向こう側から足音が聞こえてきる。

 その音は段々と大きくなっていくと、この部屋の前でパタリと止まった。


――そして


 今、運命の扉が開かれる。



 ガチャっ!! 



「おまたせしましたぁ、リリィでーす!」



 扉が開いた時、俺は目を閉じていた。

 緊張しすぎて、目が開けられないのだ。



 ギィィ……。



 扉が閉まった。

 すると、また部屋は暗闇に包まれる。



 ドキドキドキ……。



 聞こえてきた声は、思ったよりも低かったな。

 だが、きっと酒焼けした声なだけだろ。

 リリィちゃんか……。

 そうか、それが俺の初めての人の名前か……。

 俺は一生この時の事を忘れないよ。


 そして、覚悟を決めた俺は目を開いた。

 しかし、まだ暗闇に慣れていないせいか、よく見えない。

 頑張って目を凝らしてみると、俺の方に近づいてくる人のフォルムがうっすら見えてきた。


 フリフリのスカート!?

 いいじゃないか!


 俺の期待と興奮は跳ね上がる。

 思ったよりも相手の体は大きそうに見えたが、まぁそういうのもありだろう。

 きっと、スタイルのいい、ダイナマイトボディの女性に違いない。


 やばい、超興奮する。


 遂にその人は、俺の前に立つとランプに灯りを灯す。 



「お、ま、た、せ……。うっふん。」



 !? 



 嘘だろ……。

 そんな馬鹿な……。

 こんなことって……。

 こんなこと許されるものなのか!?



 そこにいたのは、ツインテールにフリフリのスカートを着た、さっきのゴツい男だった。

 そいつはニヤリと笑みを浮かべている。 



「おい、にぃちゃん。このままおっ始めるか? それとも有り金全部置いて帰るか? 今すぐ決めろや!」



 俺は、現実を受け入れられず、ただ呆然としている。

 今何を言われたのかすら、よくわからない。


 どうしてこうなった?

 なんで俺はここにいる?

 ここはどこだ? わからない!



「おい、にぃちゃん! 聞いてんのかコラ? 何とか言えや! 固まってないでさっさと有り金を全部出すんだよ!」



 まるで廃人のようになった俺は、ユラっとした動きで、その瞳を目の前の化け物(リリィちゃん)に目を向ける。

 さっきまでもぬけの殻のようになった俺の瞳に色が戻り始めた。

 そう、紅蓮の炎の色が。


 沸々と湧き上がるこの激情。

 全てを燃やし尽くすが如く、俺の中で渦巻き始める。


 すると、怒りの沸点が頂点に達した事で、逆に冷静になった。

 それにより今言われた言葉を理解する。


 こいつは!


 俺に!


 金を!


 出せ!


 っと言ったのだ。


 その時、俺の中で全てがカチっとはまる。

 そうか、最初から俺は騙されていたのか。

 ここに【ぱふぱふ屋】なんて店は最初から存在しない。

 全ては虚実の夢……いや、虚偽の世界に招かれた……あいつに!

 そう、あいつだ!


 すると、部屋の中にもう一人の男が入ってくる。

 その男こそ、全ての元凶ワイフマンだった。

 そいつは入る早々笑いながら口を開く。 



「ぎゃははは、マジウケる!! やばいわ、今の顔最高にウケるぜ! ぎゃははは!」


「最初から……騙すつもりだったのか……?」



 俺はゆっくりとそいつに問いただした。 



「ばぁ~か! 当たり前だろ。お前みたいな田舎者は一目見りゃわかるんだよ。いいカモだぜ。しっかし、本当にいい反応だなぁ、おい。これだから夢見る童貞は最高だぜ。なぁリリィちゃん! お前もそう思うだろ? ぐひゃひゃひゃひゃっ!」


「あぁ、マジで最高だぜこいつ。なんなら俺のけつの穴貸してやってもいい位にな! お?よく見るとコイツ可愛い顔してるじゃねぇか! おい、ワイフマン。身ぐるみ剥がしたらコイツ抱いてもいいか? いいよな? いいだろ!?」



 興奮し始めるリリィちゃん。

 そしてワイフマンは、それを聞いて邪悪な笑いを続けている。



「おいおい、リリィちゃんに抱かれたらもう、この先、生きて行けなくなるぜ。ぎゃははは! あ~、でもそれいいな! いいぜ、滅茶苦茶にしてやってくれよ!」



 目の前の二人はとても楽しそうに笑っていた。

 一体何が楽しいのだろうか?

 怒りというのは、高まり過ぎるとこんなに言葉が出なくなるものだと、俺は初めて知った。



 純情が踏み躙られた。

 夢を笑われた。

 希望も潰えた。

 そして脱童貞も……。


 何もかも……消えた!


 残っているのは、口では言い表せないほどの怒り。

 何故信じてしまったのか?

 自分が許せない。



 ダメだ……俺が、俺で無くなる……。



「童貞が……。」


「あぁん? なんだって? はっきり言えや! それとも丸腰のまま俺らと一戦するかオラ? 俺はこれでも泣く子も黙るガンダッダ一味の幹部様だぞ? お前の家族全員殺しちまうよぉ~? オラ、黙ってんじゃねぇぞ、この童貞が!」



 ワイフマンは大声で俺を恫喝した。

 しかし……そんなことはどうでもいい。

 俺から出た言葉は……。 



「童貞が……童貞がそんなにおもしろいかぁぁぁ! 俺の純情をよくも! よくも! よくも! よくもよくもよくも! 踏みにじったなぁぁぁ! ワイフマン!」



 怒りで髪が逆立つ俺。

 そして気が付けば、俺は拳のワイフマンの腹を貫いていた。



 ぐちゃ……。



 ワイフマン達はわかっていなかった。

 そこにいるのが丸腰でも人類最強クラスの男である事を。

 俺に武器などいらなかったのだ。 



「ぐはっ! い、いでぇぇぇよぉぉぉ!」



 ワイフマンが叫ぶ。

 そして、自分の腹と目の前にいる俺を見て、恐怖した。

 その顔は、正に鬼。

 俺は、直ぐに魔法を唱える。



 「ライトヒール!」



 ワイフマンの貫かれた腹の穴が一瞬で元に戻った。

 だが、これは助けたわけではない。

 たったこれだけでは、俺の怒りはおさまらないからだ。


 そう、死にたくなるまで、俺はこいつらを殺し続ける!



 そして隣に立っているリリィちゃんは、今起こった事を全く理解できなかった。

 その動きがあまりに早すぎた。 



「次はお前だ!」



 俺がそう口にすると、俺はリリィちゃんに一瞬で近づき、その息子を握り潰した。



 グシャッ!!



 嫌な音がその部屋に響く。 



「ぎゃーーー!!」



 リリィちゃんはその痛みに絶叫した。

 だが、こいつも同罪。

 これで終わらすつもりはない。

 しばらくその痛みを残すため、さっきと違って直ぐにライトヒールは使わない。

 さっきは、使わないと死ぬから使っただけだ。

 これだけなら、こいつは死なない。


 せいぜい、痛みに悶絶しておけや!


 次はもう一度ワイフマンだ!

 俺はワイフマンの両手を握りしめると、全ての指をその圧倒的な握力で潰す。



 ボキボキボキボキっ!! 



「いでぇぇよぉーー!」



 そして泣き叫ぶワイフマンの足を更に蹴り折る。



 バキッ! 



「ぐわあぁぁあ。悪かった! 俺が悪かった! 許してくれ!」



 ワイフマンの声に、俺は何も返さない。

 変わりに、今度はリリィちゃんの両腕も折る。

 もう既に俺は言葉を発することなど忘れているのだ。

 いや、考える気にもならない。

 ただひたすら、そのまま無言でそのまま拷問を続ける。


 壊しては治して、壊しては治して。


 俺はあらゆる方法でこの世の地獄を与え続ける。

 だが、どんなに拷問をしても俺の気持ちは晴れることは無かった。

 俺の怒りがここまで激しいものだとは、自分自身が一番驚いている。


 しばらくそのまま、その部屋は血と絶叫で溢れかえっていった……。

 その二人に傷は無いが、既に心は壊れている。

 正に生きる屍だ。



 はぁはぁはぁはぁ……。



 俺は無我夢中で拷問を続けると、少しづつ平静を取り戻していった。

 そこでふと、ワイフマンの言葉を思い出す。 



「泣く子も黙るガンダッダ一味の幹部……。」



 そうか、こいつらがそうなのか。

 俺はワイフマンにゆっくりと近づいていく。

 俺が近くに来るだけで、ワイフマンの顔が恐怖で震えあがった。



 「おい、お前。ガンダッダ一味の幹部って言ってたな? 詳しく話せ。話さなければこのまま死ぬより辛い事を続ける。 なぁ? 死ねると思うなよ?」



 話す気力も力も既に尽きたワイフマン。

 しかし、どうやら俺の声は届いているようだった。

 なぜなら、ちゃんと俺を見ているからだ。 



「返事しろやコラ!!」



 俺が怒鳴ると、ワイフマンは怯えながら震え、小さく言葉を話した。



「な、なんでも……話します……。だから殺して……下さい……。」 


「いいぜ、喋ったら楽にしてやるよ。」



 すると、ワイフマンは少し安心したのか、ゆっくりと話し始めた。


 いにしえの塔に入るには、特定のアイテムがないとダメな事。

 それは今はないが、ある場所に隠してある事。


 だが俺はもうコイツを信じない。

 信じる訳がない。 



「そうか、よく話したな。じゃあ殺してやる。」



 その声を聞いて、安心した顔をするワイフマン。



 ズパッ!!



 しかし、俺が斬ったのは到底致命傷にはならない両手。

 そう、ワイフマンの両腕を手刀で一刀両断したのだ。



「ぎゃーー!」



 ワイフマンは再び叫ぶ。



「ライトヒール」



 そして俺は、回復させる。 


「バァ~カ、死なせてやるわけないだろ? さぁお楽しみの第二ラウンドの開始だ。どうせ本当の事なんざ話す気ないだろうしな、付き合ってやるよ。この地獄にな。」



 実はこれは当たっていた。

 確かにいにしえの塔に入るにはアイテムは必要だったが、さっき言った場所にはそれはない。 

 あの状況で、あいつは嘘をついたのだ。

 腐ってもガンダッダ一味の幹部なだけはある。


 だがしかし……いつまでもそれを続けられる者はいなかった。



「も、もう……やめ……てください……。」



 ワイフマンは泣きながら懇願した。

 それでも俺は許さない。

 この思いが晴れるまで決してコイツを許さない! 



「いいぜ。やめてやるよ、これ以上は死んじまうかもしれないしな。俺も大分スッキリしたしな。」



 俺の言葉に、少しだけワイフマンは救われる……わけがなかった。



「バァ~カ、嘘に決まってんだろ! 童貞の舐めてんじゃねぇぞ!」



 そのまま、拷問の第二ラウンドは続いた。

 すると、一時間程したところで、ワイフマンに異変が……。


 ワイフマンは必死に何かをしようとしている。

 それこそ命を燃やす覚悟でだ。

 ワイフマンはズボンのポケットからお札のようなものを出した。

 そして、血まみれの手でそれを俺に渡す。 



「こ……これ……」



 もうほとんど話すこともできないらしい。

 それに全ての望みを賭けているのがわかる。

 どうやらこれが結界を破るアイテムのようだ。 



「これが結界を破るアイテムか?」



 ワイフマンは、なんとか少しだけ首を縦に振った。 



「そうか、最初から出しておけや。まぁこれも嘘かも知れないからな。お前たちは俺の宿屋に連れて行く。そこで確認してからどうするか決める。もし違ったら……。これを後一カ月は続けてやる。わかったか?」



 返事がない、ただのしかばねのようだ。



 というのは嘘で生きている。


 ライトヒールをかけている以上、体は死なない。

 だが、傷こそないが、既に瀕死。

 少なくとも心は死んでいる。


 俺は、二人の口にベッドを切って出たワタを詰めると、近くの紐でギチギチに縛り上げた。

 かなりキツく縛ったが全く反応がない。

 縛る必要すら無かったかもしれない。


 とりあえず明日だ。

 明日みんなに話して今後の事を話し合おう。

 こうして俺は、結局大人になる事ができないまま、ぱふぱふ屋ことガンダッダの隠しアジトを後にして宿屋に戻るであった。

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