第11話 モーホとイーゲ
「あの……。リーチュン、あれってもしかして……。」
シロマが何かに気付いた。
「ん? あれはイーゲだわ! え? ま、まさか、あっちで倒れているのは……。」
シロマが指を差したのは、さっき俺が見たフラフラしている長耳の女。
どうやら、あの女が探していた者らしい。
という事は、倒れている者も……。
「体格と装備からモーホさんに間違いありませんね。残念ですが、間に合いませんでした。ですが、イーゲさんは生きています。直ぐに幻惑を解除してあげましょう。」
シロマが冷静にそう告げるも、リーチュンは固まっている。
顔面が無くなったモーホを見て、言葉を失ったのだ。
そしてシロマは、さっき俺に使った魔法【アンチコンフェ】を唱えると、イーゲの頭上に突然ハンマーが現れ、イーゲの頭を叩く。
すると、イーゲの虚ろな瞳に光が戻っていった。
「イーゲさん。 大丈夫ですか?」
「お前は……シロマ? 俺はなぜここに? モーホは? モーホはどこだ?」
どうやら正気に戻ったらしい。
俺はコイツを女だと思っていたのだが、どうやら言葉遣いから男のようである。
金髪の長髪に長いまつげ、そして白い肌……。
うん、どう見ても綺麗な女性にしか見えない。
正気に返ったイーゲはまだ混乱していた。
突然、一心不乱に周囲を見渡し始め、モーホを探し始める。
そんなイーゲにシロマが申し訳なさそうに説明した。
「ごめんなさい、モーホさんは間に合いませんでした。そこに倒れているのがモーホさんです……。私達もニッカクラビットに追いつかれて全滅しそうになったのですが、そこにいるサクセスさんに助けられ、なんとか生き延びることができました。そして、サクセスさんの助力を得て、ここまでたどり着いたのですが……。」
シロマは悪くない。
最善を尽くしたはずだ。
だが、部外者の俺が口を挟むのはよくないと思い、口に出すのはやめた。
シロマの説明を聞いて、全てを理解したイーゲは、モーホに目を向けて悲しそうな表情をしつつも冷静に会話を続ける。
「そうか。モーホは死んだか……。残念だ。しかしお前たちが無事でよかった。そこの汚なそうなお前。感謝してやる、有難く思え。だが勘違いするな、俺は弱そうな奴と女が大っ嫌いだ。見るからに弱そうなお前は俺に一切近づくなよ、わかったか?」
ふぁっつ!?
ずっと黙っていたはずの俺が、急にイーゲに酷い事を言われた。
助けたのにそれはない。
「悪かったな弱そうで。安心しろ、俺もお前に近づく気は無い。」
「良い心掛けだ、褒美に俺を見る事は許そう。誇り高きエルフを間近で見れることに感謝するんだな。」
俺の言葉に、なぜか偉そうに上から目線で話しかけるイーゲ。
とても好きになれそうもないない。
見た目はともかく、俺はこういう奴が一番嫌いだ。
すると、俺とイーゲのやり取りをボーっと見ていたリーチュンが正気を取り戻し、なぜか急激に怒り心頭といった様子でイーゲに突っかかった。
「ちょっと! そんな言い方ないでしょ。アンタねぇ、サクセスがいなかったら私達全員死んでいたのよ! それ以上酷い事を言ったらぶっ飛ばすわよ。」
「その通りです。サクセスさんがいなければ今私達は、生きていませんでした。サクセスさんにはもっと感謝するべきです。」
シロマもそれに続く。
二人が俺を庇ってくれた。
こんなのぞき魔の俺を……。
「ハッ! 嘘だろ? あんな弱そうな奴がいなくてもお前らは逃げれたはずだ。どうせ、うまいこと道案内だけしただけに違いない。見てみろ、あのぼろい装備。なんだあの帽子は? 今時、冒険者になりたての奴だってもっとましな装備しているぞ。」
ドガッ!
その言葉を聞いたリーチュンは、遂にキレてしまい、イーゲの顔面をグーで殴り飛ばす。
「言ったわよね、これ以上サクセスを馬鹿にしたらぶっ飛ばすって! アンタなんか助けなきゃよかったわ! 大体ね、見た目だけで判断するなんて最低よ。これでもサクセスは勇者なんかよりも断然強いんだから。私達なんて逆立ちしても敵わないわ。」
ぶっ飛ばされたイーゲは、尻餅をつきながら殴られた頬を摩ると、鋭い目つきでリーチュンを睨みつけた。
「ふっざけんなよ、このアマ! 誰に手を上げたかわかっているのか? 俺は崇高なエルフの魔法使いだぞ! それも俺の……俺の美しい顔を殴りやがったな! だから女は嫌いなんだ! 燃やしてやる!」
イーゲは咄嗟に持っていた杖をリーチュンに向ける。
「燃え尽きろ! バーン!!」
怒り狂ったイーゲが火魔法を唱えると、イーゲの杖から放たれた火の球がリーチュンを襲った。
だが、その火の玉がリーチュンに当たることはない。
ブオン!
咄嗟にカバーに入った俺は、火の玉を剣で薙ぎ払って打ち消したからだ。
できるとは思っていなかったが、体が反射的に動いた。
だが、それよりも……俺はこいつを許さない。
「何!? なんだそれは!?」
その様子に驚くイーゲ。
俺は立ち上がったイーゲに向かってゆっくりと近づいていく。
するとイーゲは、顔に恐怖の表情を浮かべながら後退りし、石に躓いて再度尻餅をついた。
「やめろ! 来るな! 来ないでくれ!」
イーゲの目は、恐怖一色となって震えあがる。
「てめぇ……。俺はいい、俺は部外者だ。だから俺はいい。けどな! 助けてくれた仲間に魔法をぶっ放すなんて、頭おかしいんじゃねぇか!」
俺はイーゲの髪の毛を掴むと、軽く体ごと持ち上げる。
「ひぃ……助けてください。すいませんでした。もうしません!!」
「もうしませんじゃねぇんだよ! 俺じゃなくてあいつらに謝れ!!」
「すっすまなかった。どうかしてたんだ、さっきまで死にそうだったから……。 きっと俺は、まだ幻惑を見ていたんだ! そうだ! そうに違いない! だから俺を許せ! 俺が謝ってるんだ。許すだろ?」
俺は、その謝罪の気持ちが全く感じられない言い草に、更に頭に血が上った。
「許す訳ねぇだろが! テメェ、ふざけてんのか? マジでぶっ殺すぞ!」
「すいませんすいません! 本当にすいません!」
俺の一喝で最初の高飛車な態度は見る影もなくなるイーゲ。
それを聞いた俺は、漸く髪の毛を放して、そいつを地面に降ろした。
「次ふざけた事したらただじゃおかねぇからな!」
イーゲは、膝を抱えて震えながら、頭を縦に振る。
どうやら、少しは反省し……てないか。
これじゃ、怯えただけだわ。
「ありがとう、サクセス。もういいよ。だから言ったでしょ。サクセスは物凄い強いって。サクセスは80レベルくらいの強さがあるんだからね!」
「8……80!? 馬鹿な! 英雄の領域じゃないか……そんなまさか……。」
イーゲは、ゆっくりと顔を上げて俺の顔をまじまじと見つめると――突然爆弾発言をした。
「サクセス……さま。好きです。俺の嫁になってください!!」
イーゲの目はトロンとし始め、いつの間にか恐怖の表情から恍惚の表情へと変わる。
イーゲは強い奴が好きだった。
男でも女でも構わない。
強ければそれが自分の恋愛対象だったのである。
「馬鹿か! 俺は男だ! お前も男だろ? 俺は男になんか興味はねぇよ!」
「それならば今日から私は、女になります。あれも切ります。だから! だからお願いします! 私と付き合ってください! いえ、あなたの奴隷でもいいです! 私を傍に置いてください!」
イーゲは俺の足にしがみついて懇願し始めた。
確かにこいつは、見た目だけなら絶世の美女といっても過言ではない。
だがしかし男だ。
切るといっても男だ。
そもそも、切ってどうにかなる話じゃない。
「やめろ! くっつくな! 離れろ!」
「嫌です! いいって言うまで絶対離れません!」
どうしてこうなった!?
おかしいだろ!
なんでだ?
誰か教えてくれ。
「リーチュン! シロマ! 助けてくれ!」
その一連の奇妙な流れに付いて行けず、ぼーっと見ていた二人も現状に向き合う。
「あんた! サクセスからいい加減離れなさい! サクセスは私の物よ! 私が最初に唾をつけたんだからね! あんたになんか渡さないんだから!」
へ? いつ?
いつ唾つけられたの?
まじっすか?
「話が複雑になるからやめて下さい。リーチュンはもっと考えて言葉を発してください。それとイーゲさん、あなたはそんなことよりもまだサクセスさんに対する感謝が終わっていません。まずはそれからです。それにモーホさんだってあのままじゃ可哀そうです。」
シロマの言葉でイーゲは我に返ると、やっとしがみ付いていた俺の足から手を放し、貴族のような優雅な動きで謝意を述べた。
「は! そうでした。この度は私を助けて頂き、あなたに深い感謝と愛を送ります。この借りは私の体で返させていただきます。」
ん? なんか内容がおかしいような?
エルフ流のお礼ってこういうものなのか?
まぁいい、心から感謝してくれたなら許そう。
「わかった、お前の体はともかく感謝は確かに受け取った。じゃあまず、そこに倒れている者を弔うぞ。手伝ってくれ、イーゲ。」
「はは! サクセス様。私めがきっちりとエルフ式でモーホを弔わせていただきます。」
その後俺達は、モーホの前に集まると、その体を燃やして灰にする。
そして残った灰を集めて地面に埋め、そこに大きな石を置いて、丁重にモーホを弔うのであった。
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