第9話 神秘の泉

 その後も俺達は、順調に森の中を進んで行った。 

 シロマから聞いたところ、この森は平均レベル10位のパーティなら普通に踏破できるらしい。 

 シロマ達は、運悪く聖水を切らしたせいで、夜間にモンスターに囲まれてピンチになったようだ。 

 しかし、それさえなければモンスターに囲まれる事もないので普通に進めるとのこと。 


 ここで出てくる魔物は主に


 ニッカクウサギ

 ゴンドラフライ

 惑わしチョウチョ

 オオアルマジロ


の4種類。


 現在、2種類までは遭遇したが、他の2種類には遭遇していない。 

 多分俺の能力が高いため、魔物も多くは近寄ってこないのだろう。 


 しかし、油断は禁物。 

 何が命取りになるかわからない。 

 これは遊びでも演習でもない、本当の冒険なのだから。 


 森の中を捜索し始めて2日が経過した。 

 その間に遭遇したモンスターは、20匹程度。 

 それも苦戦することなく倒したことで、俺のレベルは9となり、他の二人も17レベルになった。

 相変わらずシロマ達の仲間は見つからないが、俺は初体験の連続で楽しい。 



「お、ここは綺麗な泉があるな。ここで水浴びとかできるかな?」 


「いいね! アタイもそろそろ体を洗いたいと思ってたところだわ。シロマ、どう思う?」 


「聖水を撒けば平気かと……でも……それは……その……。」 


 シロマは、なんだか恥ずかしそうに俺の事を見てきた。 


 当然、水浴びと言えば裸。 

 ここには女二人に飢えた狼が一人。 

 シロマが何を言いたいかはわかる。 



「大丈夫だ、シロマ。ほら、こうやって手で顔を覆っておくから、俺の事は気にしなくていい。」  


 俺は両手を開いて顔を覆う事で、大丈夫だよアピールする。 

 しかし、シロマはそれをジト目で見つめていた。 



「あの……それ、指の隙間から見えてますよね?」 



 なぜバレた! 

 そんな……。 

 完璧な作戦だと思ったのに……。 



「あ、えっと。いや、すいません。」 


「アタイは別に気にしないよ、冒険者ならそんな事気にしてもしょうがないでしょ。」 



 先輩! マジっすか!? 

 お、お、俺も気にしないっすよ!



「私は恥ずかしいし無理です! それならリーチュンだけ水浴びしてください!」 



 なんと俺のせいで二人が揉め始めてしまった……。 

 どうする俺? 

 どっちを援護する? 

 決まっているリーチュンだ! 

 見せてもいいというならば見せてもらおうじゃないか! 

 その性能(ナイスバディ)とやらを! 



「じゃあ、あれだ。二人が水浴びしている間、俺は少し離れた場所で見張りをするのはどうだ? 聖水があるとはいえ何が起こるかわからないからな。」 


「サクセスはアタイ達と一緒に入らないの?」 


 

 俺が妥協案を述べると、リーチュンがやばい事を口にした。 


 え? マジで? 

 俺も一緒に入っていいんすか?


 俺はその男前な発言に脳内が大暴走する。 

 きっと初めて使う薬草は、鼻血の止血に違いない……。 



「いや……俺は……うん。遠慮しておく。何かあった時一人はすぐ対応しないと危ないし。」 



 馬鹿! 俺の馬鹿! 臆病者! 

 だがこれでいいんだ。 

 

 ここでこの流れにのってシロマに警戒され、水浴び自体がキャンセルになったら困る。 


 俺からすれば、遠くから隠れて、こそこそ覗ければ大満足だ! 


 視力には自信があるからな! 

 ぐへへへ。 



「はぁ……わかりました。じゃあサクセスさんは見張りをお願いします。サクセスさんの事を信頼しますので、どうか覗いたりはしないでくださいね。」 



 ギクッ!! 



「お、おう。当然だ。だけどなんかあったら大声を出すんだぞ。その声を聞いたらそんな事関係なく俺は助けにいくからな!」 



 一応ここで正論の釘だけは打っておこう。 後でなんらかの言い訳に役立つはずだ。 


 ナイス俺! 



「はい、わかりました。それではお願いします。」 



 ヨッシャーー! チャンス到来! 



 俺は、泉の周辺に聖水を撒くとゆっくりと泉から離れて行く。 


 まだ時ではない。 

 油断し始めたらゆっくりじっくりと距離を詰めていこう。 

 今こそ、父から伝授された覗きの極意、ほふく前進を試す時だ! 


 草葉に隠れながら、そぅっとそぅっと近づくんだ。 


 【急いては事を仕損じる】 


 こんな時ほど落ち着け俺! 



【20分後】  



 ピチャピチャ……! 

 パチャパチャ! 



 ピクッ!! 

 俺の耳が反応する。 


 遂に水浴びが始まったのだ。 


 だめだ! 焦るな! 

 ゆっくりとだ! 


 俺は体を伏せると、草葉に見を隠しながら目的の場所に向かって進んで行く。 

 敵(シロマ)には、まだ俺の場所は気づかれていない。 


 今がチャンスだ! 


 俺は、ほふく前進で警戒しながら近づいて行くと、聞こえる音が大きくなってくる。 



「さいっこーー! ほら、シロマもおいでよ! 超気持ちいいよ!」 



 リーチュンの興奮する声がはっきりと聞こえた。 

 そして俺は、その声を聞いて油断した。 

 性欲と好奇心が警戒心を上回る。 

 ゆっくりのつもりが結構な速度に変わっていく。 



 カサカサカサカサッ! 



 その姿はさながらゴキブリのようであった。 


 見えた! 見えたぞ楽園! 

 おっほーー! 


 目の前に映るのは、水の妖精さん。 

 ピンクの髪が水しぶきでキラキラと光って見える。


 神々しい、正に女神だ。 

 そしてあの髪色と同じピンクのポッチはまさか……で、でこぽーーん! 



 大きく育ったなぁ……。

 立派に育っておじちゃんは嬉しいよ……。 



 俺の瞳に流れる一滴の涙。 

 やったよ! 父さん! 

 遂に俺はやり遂げたよ! 



(やったな! サクセス!)


 俺の脳内では、親父が満面の笑みでサムズアップしている映像が見える。



 しかしその時、俺は気付いていなかった……。 

 そこに忍び寄る魔の手に。 

 なぜシロマがそこにいない事を不思議に思わなかったのか……。 


 理由は明確。 

 欲望に負けたからだ……。 


 俺が水の妖精の鑑賞を続けていると、突然上空から凍えてしまいそうな程冷たい声が聞こえてくる。



「あの……サクセスさん。何……してるんですか?」 


 俺は、地面に這いずったまま、上を見上げる。 

 そこには、にこやかな笑顔をしながらも、明らかにヤバイ雰囲気を纏ったシロマが立っていた。 


 しまった、罠だったか!! 


 どう考えても俺は、言い訳ができるような体勢ではない。 


 だがしかし罠でもいい! 

 我が行為に一片の悔いはなし! 


とはいえ、ここで言葉を間違えればきっと今後の全てが変わってしまうだろう。 

 だからこそ、冷静に対処が必要だ。 


 そう、冷静に……。 



「あ、あれだっぺ。あれだっぺよ!」 



 無理だったぁぁ! 



 心とは裏腹に、俺は方言が出る程焦っている。 

 そして必死にリーチュンの先の方を指差す俺。 


 もう、なるようになれ! 



「え? あれって? え、嘘! なんで!? リーチュン!! 早く上がって服を着て!」 



 すると、俺の指差す方を見たシロマは大声で叫ぶ。 



「え? なぁに? よく聞こえない!!」  



 その声を聞いたリーチュンは、裸のまま近づいて来る。 


 控えめにいって最高だ。 


 王都に売られているという噂のビデオがあるなら録画したい。 


 そしてタイトルは


 【水辺にきらめく天使】


に決定だ。 



「サクセスさん! いつ気づいたんですか! あれは惑わしチョウチョです! 危なかったです! そういえばあれは水辺に生息する魔物でした。うっかりしていました。」 



 そう言われてよく見てみると、確かに向こう岸に、キラキラしたものがふわふわしているのが見える。 

 どうやらあれがモンスターらしい。 


 なんという幸運。 

 お蔭で最大のピンチを脱出できるぞ。 

 今だけはモンスターに感謝するべさ! 



「早く着替えてリーチュン! 敵襲です!」 


「え? 嘘? ほんとだ!! なんで? 聖水は!?」 


「元々聖水を撒いた範囲の中にいたのです! いいから早くしてください!」 



 シロマは焦っている。 

 そんなに危険なモンスターなのか? 


 しかし、その惑わしチョウチョは近づいて来ない。 

 むしろ、何かを囲んで飛んでいるように見える。 



「ん? チョウチョの中に誰かいるぞ!」 



 俺は何かに気付いた。 

 チョウチョが囲んでいる中に、身長が小さく、ごつい体の人が倒れている。 

 そして更にもう一人。 

 その周りをふらふら歩いている金髪長耳の人間。


 どうやら、あの魔物は現在倒れている方を捕食中のようだ。



「シロマ! リーチュン! 人が襲われている。俺は助けにいくからリーチュンの体勢が整ったら一緒に来てくれ!」 


「わかりました、油断しないでください。あのチョウチョの鱗粉は、幻惑効果と付近の視界を遮る効果もあります。」 


 どうやら、最初に気付かなかったのは鱗粉の効果のようだ。 

 捕食タイムに入る事で鱗粉が薄れたのだろう。 

 それで今は見えているってわけだ。 

 確かに危険だ、シロマが焦る訳だ。 


 俺はその警告を心に留めながらも、惑わしチョウチョに向かって全力で走る。 

 

 しかし、胸の中の思いは倒す事よりも……感謝だった。 



 ありがとう! 惑わしチョウチョ!

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