第30話

 休日はいつも彼女の突飛な発想によって支えられていた。美術館や博物館巡りもあるけれど、例えば知りもしない路地裏の弾き語りを一日中聴いてみるとか、夕方の公園で子供たちのサッカーに混じってみるとか、金のかからない、でもほんの少しやってみたかったことを秋さんは提案していた。

 

 その日は十日目のバイトを終えた、週に一度の飲酒デーだった。僕らはザビエル公園でまだ慣れない酒とつまみを広げた。酒は美味しくはなかったけれど、酩酊したときのでろでろになった感じが気に入っていた。


「今日は何を買ってきたの」


「今夜はね、ウィスキー。ニッカの一番安いやつ」


「ウィスキー? 前にむせたやつよね」


「あれはあんなにストレートでグビグビ飲むからだよ。今回はコーラで割る。それが良いらしいんだ」


 酒の購入係はいつも僕になっている。このあたりのコンビニは夜の仕事の人や不良やキャッチーが多くて危なっかしい。僕は引っ越しで屈強な人に慣れたけど、それでもこの細腕じゃあ秋子さんを守れる気がしない。だから秋さんにはザビエル公園の多目的トイレに籠ってもらって、その間に僕が天文館のコンビニで酒を調達する。

 おかげで僕は酒の買い方というのを知った。一本一本缶を買うより強い酒と割るものを買ってしまうほうが格安だ。レジに行くときはさも当然そうにできれば気怠げにしたらむこうも怪訝な顔をしない。つまみはお菓子のほうが腹に溜まるし充実した感じがある。


 「ふぅん」と秋さんは期待はずれのような表情をした。いまに見てろよと僕は思いながら、空のペットボトルに化学実験みたくウィスキーとコーラを流し込む。多分、三対七。


「ほら」


「私から? 君から飲みなよ」


「僕は美味いのをわかってるからさ」


「……ほんとだ。結構いける」


「だろう」


 それからコンビニで一番安いポテトチップスを食べながらペットボトルを交代した。コークハイは甘くて喉をキュッと締める苦さがある。酔いも充分にまわる。浜田さんの言う通りだった。


「明日はどうする?」と秋さんが訊いた。酒を飲むのは明日が休みと決まっている。一度翌日がバイトなのに酒を飲んでひどく辛かったから。


「どうしようか。少し路上ライブが気になるかも」


「ああ、タカユキさんね。まだいるのかしら」


「まだ一週間しか経ってないよ。これで辞めたら夢じゃない。歌も上手くなっているかも」


「そうかなあ、見込みがない気がするけど。がなった感じの歌い方だし……ねえ、それより学校に忍び込んでみない?」


「学校?」


「そう。それも夜じゃなくて昼に」


「授業中じゃないの」


「それが調べてみたら振替休日のところがあってね、きっと部活動生が多いよ」


「それなら面白そうだ」


 休日の僕らには禁止や常識がない。すべてが軽やかで羽のように飛んでいく。

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