第29話

 毎日夜の九時に母からのメールが届いた。鹿児島に出た日以降電話を着信拒否にしたからメールしか確認していない。最初の三日間は文面からもわかるようなヒステリックなものだった。今どこにいるのか、いつ帰ってくるのか、どうして出ていったのか、そういう類のことを非難混じりに訊いてくる。僕はその殆どにまともに答えなかった。答えたところで何ひとつあの家族が改善することはないし、改善したところで僕にはどうだっていい。

 次第に母は家の近況ばかり送るようになった。


『今日、三郎叔父が来てくださって、和明と優斗にということでキウイを八つくれました。愛媛県産とのことで、美味しかったです。愛媛はキウイも多いのですね。優斗の分も三つ残しています。もし帰ってきたら食べてみてください。』


『今日は和明の進路相談でした。お父さんが会社を休んで三人で行きました。鶴高からちょうど入れ替わりで良太君のお母さんと会いました。あのご家族も良太君が一高で、弟君が鶴高なんですね。和明は知っていたらしいけどそんなことちっとも教えてくれません。

優斗の話はしませんでした。』


『今日は和明が家の晩御飯をつくってくれました。海老のクリームパスタです。味は良かったのですが、材料にこだわったせいで材料費がかさんでしまいました。それでもたまにしてくれる分には良いかもしれません。』


 母のメールには家庭の匂いがした。朝一番にカーテンを開いたときの、微睡むような日差しの匂いが。家にいた頃はあんなに殺伐とした印象しかなかったのに不思議だった。もしかしたら僕がいなくなったことで急拵えの家庭を再建しているのかもしれない。父と和明は知らないが、少なくとも母の心のうちで。


『キウイ、良いですね。好きな果物です。いつ帰ってくるのかはわかりませんが、その時は是非食べたいです。』


『そうなんですか。リョウタはあまり家族のことを話さないので僕も初めて知りました。ただ勉強がめっぽう得意とは聞いたことがある気がします。』


『和明が料理! 珍しいですね。和明は何でも器用だから少し慣れたら手際も材料の面も良くなると思います。』


 母の健気さにあてられたのか僕の返信も欺瞞含みのやや優しみのあるものになってしまう。でも母はそれきり返しはしない。急に閉口して、翌日になるとまた独り言のように喋りかける。それが一層、瘡蓋に触れるような臆病な指先を思わせた。しかし父はまだ連絡のひとつも寄越さない。

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