第24話

 僕らはネットカフェを朝早くチェックアウトして、喫茶店で朝食を摂った。僕は頭が痛く何も食べる気にはならなかったからコーヒーだけを頼んだ。一方彼女は逞しくもりもりとサンドイッチやオムレツなんかを頬張っていた。


「秋子さん」


 ご満悦な彼女に呼びかけると急に気恥ずかしくなる。あんなに酔っ払って不調子な様子を見せているのに彼女の名前はしっかり覚えているなんて。それでも彼女は嬉しそうに「なに?」なんて返すものだからこっちは変になりそうだ。


「あ、いや、これからどうするか決めないとと思ってね。今後何処に向かうかとか、金銭の問題とか」


「ああ、そうね、それは重要。一応計画はないことはないんだけど。でもその前に家出の目標を決めなくちゃね」 


 家出の目標、というと可笑しな響きだけれど秋子さんは生真面目に試験を解くような表情をしている。その顔がどこか健気で愛おしかった。


「家出の目標って?」


「うん、例えば帰るのかどうか。帰るとすればいつまで帰らないのか。それともずっと帰らないのか。あとここから移動するかどうか」


 空気に質量が加えられたように緊張が流れた。店内の軽快な音楽が消え去り、革のソファーがやけに硬く感じる。

 僕はこれからどう生きるか、そう問われた気がした。勿論、そんなこと僕にはまだ決められない。決めないといけないことかもしれないけれど、僕はその重みに耐えられないかもしれない。たかが家出で多分一ヶ月ぐらいで終わるのが関の山なんだろうけど、それでもひょっとしたら延々とこの新しい世界で生きるかもしれないのだ。

 逃走という反抗もずっと続けば頑丈な決意と自立の牙城になる。そうやって生きてきた人もおそらく少なからず存在して、僕が出来ないという道理はない。けれど。

 けれど僕はこの逃走と反抗の目的がはっきりしない。家出をしたことに後悔はないし、あの時の僕が馬鹿だったとは思わない。しかし僕はこの家出をもって父や和明にどうなってもらおうともつかないし、彼らを無視した世界の先にどれほど素晴らしい絵を描けるのだろう。結局僕は注射を嫌がった患者のようにも思えた。


 あまりにも永い沈黙が落ちた。秋さんも口をへの字にして僕を頼み込むように見つめている。それは自分を捨てないでと懇願しているようにも見えた。彼女のことはまだあまり知らないけれど、彼女の出逢った嫌な人たちと僕が同じであってくれるなというような願いを含んだ懇願。

 

「それは今決めなくちゃいけないのかな」


 情けない声が出た。本当に情けない、逃げることすら満足にできない弱虫の声音。心が苦しく、どろどろの沼地に入り込んだ感じがする。

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