職場でイチャつくのは禁止です!


 きっかけは、アヤカさんからの何気ない一言。



みなみくん、試験も終わったし、暇ならウチでバイトしてみない? 賄いも弾むわよ?』



 冗談だと思って『いいっすねーやりたいですー』なんて軽く乗ったら、アヤカさんは本気だった。おかげでその日から働くことになってしまった。


 とはいえ、俺は家じゃ冷蔵庫を開けるくらいしかやったことがない。だから料理なんて全然わからなかったんだけど、やってみるとすごく楽しかった。アヤカさんは初心者の俺にもわかるように優しく丁寧に教えてくれたし、どんどんできることが増えていくのが嬉しくて夢中になってしまう。



「俺には鬼みたいに厳しかったんだけど……母さんも、南くんには甘いよね」



 アヤカさんに指導を受けながら餃子を包んでいたら、フライヤーで揚げ物を作っていた北大路きたおおじがぼそりと呟く。



「トワ、喋ってないで手を動かしなさい! わあ南くん、上手ね。その調子よー」



 アヤカさんは北大路を般若の形相で怒鳴りつけたけれど、すぐに聖母のような微笑みに戻って俺を鼓舞してくれた。う、うん……息子には鬼対応なんすね。


 アヤカさんが表に出たのを見計らって、北大路が俺の肩を叩く。促されて開いた口に放り込まれたのは、揚げたての唐揚げ。


 ちょっと冷ましておいてくれたみたいで、アチッ! と悲鳴を上げる事態は免れた。前にそれをやって、アヤカさんにバレて怒られちゃったからな。


 それにしても……ふわぁ、美味しい! 北大路が作る唐揚げは、やっぱり最高だ!


 つまみ食いなんていけないとはわかってるけど、その背徳感も至福のスパイスなんだよなぁ〜。


 ……なんて笑顔で唐揚げを噛み締めていたら、北大路が身を寄せてきた。やばい、と思って後退ろうにも時既に遅し。



「すごく幸せな顔してるから、俺にも幸せのおすそ分け」



 素早く俺にキスした北大路が、ぺろりと舌なめずりして笑う。



「おま……バカじゃねーの!? ふざけてねーで、とっとと仕事しろや!」



 俺は急いで唐揚げを飲み込み、北大路の体を腕で押し退けて怒鳴った。



「はーい、そこー。またつまみ食いしたわねー? 今度という今度は許さないわよ、トワ!」



 さらに、戻ってきたアヤカさんが怒声に上乗せする。


 やば、バレた! で、でもキスしてるとこ見られなくて良かった!



「えー、何で俺が怒られなきゃならないの? 俺、食べてないよ」



 トングをくるくるさせながら、北大路が平然と答える。うわ、俺に罪をなすりつけやがったぞ! 最低だ、こいつ!


 アヤカさんは悪びれもしない息子にずかずか歩み寄り、小声で捲し立てた。



「あんたも食べたでしょうが。しっかりとおすそ分けをいただいてたじゃないの。それと、ここでイチャつくのは禁止って言ったわよね? イチャつくのは家で、って何回言ったらわかるの? あんたはいいだろうけど、もし南くんに変な噂が立つようなことがあったら母さん、あんたを許さないわよ? その時はあんたを殺して自分も死んで、南くんの潔白を証明するんだからね?」



 やだー、見られてたぁぁぁ!


 って、アヤカさん、こっわ! 潔白を証明するにしても、親子心中だけはやめて!!



「南くん、アホでドスケベな息子でごめんね? イヤだと思ったら、すぐに別れていいからね? 本当に油断も隙もないわね、呆れたドスケベだわ。一体誰に似たのかしら……」



 ブツブツ言いながら、アヤカさんはオーブンから鮭とキノコの包み焼きを取り出した。



 そう、アヤカさんは俺達の関係を知っている。


 いつからって? 付き合った当日からだよ!


 あの日、北大路を家まで送っていったら、もうアヤカさんが帰ってきてたんだ。すると北大路の奴、玄関まで出迎えてくれたアヤカさんに、満面の笑みで『南くんと恋人になったよ!』っていきなり言いやがって……俺もアヤカさんも、凍りついたよね。


 こういうのって、やっぱ二人で悩んだり話し合ったりタイミングを図ったりして打ち明けるもんじゃないのか?


 俺も男同士で付き合うなんて初めてだし、というか恋人ができたことすら初めてだし、よくわかんねーけどさ、あんな『テストで百点取ったよ!』みたいなノリで言うか? 言わねーだろ、普通。


 それに、アヤカさんもアヤカさんだよ。


 一人息子が男と、しかもこんなデブと付き合うっつってんのに、



『南くんは可愛いもの、好きになるのも仕方ないわね』



 ってさあ……そうじゃないだろ。世間からの偏見を恐れて反対するとか、我が子の性癖に苦悩したりとか将来を心配したりとか、何なら俺を『息子を誑かした豚野郎め!』って罵ったりとかさあ!


 そういうの一切なしに『不束かな息子ですが、よろしくお願いします』って俺に泣きながら頭下げるって、どうなの!?



 とまあツッコミどころは満載だったけど、アヤカさんが認めてくれて良かった。アヤカさんと北大路が、父親の時みたいに理解し合えないまま決別することになったら、あまりにも悲しすぎる。


 だからといって、アヤカさんが手放しで喜んでくれてると思うほど、俺は能天気じゃない。


 アヤカさんだって、息子の初めての恋人は可愛い女の子が良かったに決まってる。それでも何も言わずに受け止めたのは、北大路のことを何よりも大切に思っているからだ。父親の二の舞にならないよう、アヤカさんは自分の本音を押し殺して、北大路の気持ちを尊重したんだろう。


 俺の隣では、アヤカさんが一緒に餃子を焼きながら北大路にできた揚げ物を綺麗に並べろ、すぐに店に出して来い、とっとと洗い物をしろ、等とひっきりなしに指示を出している。こんなに口うるさく言うのは、常に息子を気にかけているせいだ。


 今は無理でも、いつかアヤカさんに心から祝福してもらいたい。愛息子の初めての恋人が俺で良かったと思ってほしい。


 そのために、俺も頑張らなきゃ! 北大路だけじゃなくて、アヤカさんも幸せにするんだ!

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