困った時はデブでもいいから活用しよう!
ミツキちゃん、歩けなさそう、だよな? ど、どうしたものか……。
「ミツキちゃん、家はどこ? 遠いなら、家の人を呼んだ方がいいかな?」
「あと二つ先の交差点だから、そんなに遠くないの。だ、大丈夫、何とか歩ける……っつ!」
無理して立とうとしたミツキちゃんが、蹌踉めいて俺にぶつかる。その華奢な体を支えながら、俺は恐る恐る尋ねた。
「良かったら、俺の肩を貸そうか? さっきパンチでダメージ受けて、あんまり力が出ないかもしれないけど」
冗談で茶化したのは、ミツキちゃんの罪悪感と羞恥心を紛らわせるためだ。
きっとミツキちゃんは、俺に迷惑をかけるなんて申し訳ないと遠慮するだろうし、何よりこんなデブとくっついて歩くなんて恥ずかしいに決まってる。
だけど、今はそれどころじゃない。頼れるものなら、猫の手だろうとデブの肩だろうと利用すべきだ。
「ひどーい! そこまで力入れてないもん! アサヒくんって、デリカシーないのね!」
「はいはい、デリカシーなくてごめんね。お詫びに家まで歩くのをお手伝いさせていただきますから、どうか許して?」
「……そ、そういうことなら、仕方ない、よね。じゃ、お願いします」
そう言うと、ミツキちゃんは俺の肩に手を置いた。俺も彼女の背中に手を回して、慎重に立たせる。それから二人で、ゆっくりと歩いた。
女の子とこんなに密着するなんて初めてでドキドキしたけれど、それを悟られないように俺はどうでもいい雑談をし続けた。
ミツキちゃんは足が痛いせいか、言葉少なだった。
もしかしなくても、俺なんかに抱きかかえられている状況がすごく嫌なんだろうな……近所の人に見られたら、間違いなく誤解されるだろうし。
そう思ったから、俺は彼女に笑顔を取り戻すべく、耳寄り情報を与えることにした。
「そういえば、
「えっ、そうなの?」
北大路の名前は効果てきめんで、ミツキちゃんは俯きがちだった顔を上げて、明るい声と共に白い息を零した。
柔らかな吐息が、音符みたいに踊って弾ける。けれどそれは、俺に届く前に消えた。
やっぱりこうなるよな、と乾いた笑いが漏れたけれど、痛くも苦しくもなかった。それが何だか悲しかった。
「うん、商店街の隅っこにある『お惣菜アヤカ』ってあいつの母さんの店なんだ。良かったら行ってみてよ」
「そのお店なら知ってるわ。ウチのおばあちゃんがよくお惣菜を買ってくるの。へえ、北大路くんのお母さんがやってるお店なのね」
「この近くのコンビニにもよく行くみたいだよ。新しくできた方じゃなくて、ずっと昔からあるっていう古いやつ。見かけたら挨拶してやって。あいつ、自分からはなかなか声かけられないタイプだから」
「そうなんだ。そっちのコンビニはあんまり行かないから、全然知らなかった。今度ちらっと見てみようかな」
そう言って微笑むミツキちゃんは、今日一番綺麗に見えた。
彼女と北大路が付き合ったら、すごくお似合いの美男美女のカップルになるだろうな。二人が並んで微笑み合ってる姿を想像するだけで、溜息が出る。
絵になりすぎて、完璧すぎて、俺みたいなデブが入る隙間なんかどこにもなくて。
ミツキちゃんを玄関まで送り届けると、家族が出てくる前に俺は退散した。こんなデブと会っていたなんて知られたら、彼女に申し訳ないと思ったので。
帰る途中、久々に『お惣菜アヤカ』に顔だけでも出してみようかと迷って――結局、やめた。
夕飯は抜きにするって決めたんだ。アヤカさんやおじいちゃんズに会いたい気持ちはあったけど、店に並ぶお惣菜のことを想像すると誘惑に勝てる気がしなかった。
アヤカに行くのは、もっと痩せて、もっともっと自分に自信が持てるようになったらにしよう。
それにお店に行ったら、アヤカさんに北大路の話をされそうで怖かった。仲良くしてるの? なんて聞かれても、何て答えていいのかわからない。今の俺は、北大路の友達ですらないんだから。
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