友達なら隠し事しちゃいけない……はずなのに!


「アサヒくんのオススメのお店、美味しかったね!」



 隣を歩くミツキちゃんが明るく笑う。


 制服姿も可愛かったけれど、初めて見る私服の彼女はさらに可愛い。キャメルのピーコートにピンクの花柄のワンピースは、まるでミツキちゃんのために作られたみたいに似合う。しかも今日は、いつもストレートで下ろしていた髪を軽く巻いてゆるく編んでいるし、ほんのりメイクもしているから大人っぽい。


 待ち合わせの場所に現れた時は、別人かと思ってドキドキしちゃったよ。


 お昼前に約束していた俺達は、ランチを食べて映画を観て、喫茶店でお茶をした。楽しかった時間はあっという間に過ぎ、今はミツキちゃんを家まで送る途中だ。


 時刻は午後七時前。太陽はとっくに姿を消して、辺りはすっかり暗くなっていた。


 でもミツキちゃんの家がある住宅街の付近は、表通りよりも明るいくらいだ。街灯が多いっていうのもあるんだけど、あちこちの家でクリスマスイルミネーションの飾り付けがされているからだ。


 ここ、今の時期はこんなロマンチックな雰囲気になるんだ……と俺は密かに感心していた。秋頃にはよく通った道だけど、その時はどうってことない普通の通りだったので。


 付近の民家からは、夕餉の良い香りが漂ってくる。お腹が鳴りそうになったけれど、俺は必死にお喋りで誤魔化した。ミツキちゃんから晩御飯も一緒に食べようと誘われたのに、それをお断りしていたからだ。

 バイトをしていない俺には、夕飯まで自己負担するとなるといろいろとキツイ。それに今日からは、夕飯も抜こうと考えてたので。



「ミツキちゃんオススメの映画こそ、面白かったよ。恋愛映画はあんまり観なかったけど、今度いろいろ借りてみようかな」


「アサヒくんはどういう映画を観るの? 私、男子の友達ってほとんどいないから知りたいな」



 ミツキちゃんが俺の顔を見上げるようにして覗き込み、いたずらっぽく笑う。うーむ、確かにこれだけ可愛いと男子は気後れしちゃって、気軽に話しかけられないだろうな。



高野たかのとは映画館には行かないかな。あいつ、じっとしてらんないから。借りてきて一緒に観ててもすぐ寝ちゃうし、体質的に映画鑑賞には向いてないんだと思う」


「体質的にって、何それ。面白いね」



 楽しそうにミツキちゃんが笑うものだから、俺は調子に乗って他の友達とのエピソードについても喋った。



坂井さかい上尾かみおとは、何回かアクション映画を観に行ったことあるよ。坂井は何にでも影響受けやすいから、観終わったら必ず物真似を披露してくんの。クソほど似てなくて逆に笑えるんだ。上尾は感動してすぐ泣くんだよな……泣くとこあったか? って映画でもめっちゃ泣いてて引いたわー」



 ミツキちゃんはこんなしょーもないアホな話にも笑いながら付き合ってくれた。ちょっと笑いすぎたみたいで涙目になっている。


 メイクが落ちるのを気にしてか、ハンカチで目の端を軽く押さえながら、彼女は笑顔のまま尋ねてきた。



「ね、北大路きたおおじくんはどんな映画を観るの?」



 まさか彼女の口からその名前が出てくるとは思わず、俺は固まった。


 いや、こないだの文化祭では一緒にいたし、おかしいことではないんだろうけれども、とにかく俺にとっては不意打ちだった。



「えっ……うーん、どうなんだろ? あいつ、転校してきたばっかだからさ。一緒に映画館に行ったことないし、どういうのが好きなのかもわからないなー」



 つい、俺はそんなことを言って誤魔化してしまった。


 映画を観に行ってないというのは、嘘じゃない。でも部屋では、いつもいろんな映画やDVDを観ていた。


 何でこんなところで嘘をついたのか、自分でもわからない。


 教えてあげればいいじゃないか。北大路はホラーばっかり観るって。だけど殺人鬼が出てくるような人怖系の話は嫌いで、オバケとかエイリアンとか悪魔とか、そういう謎めいた存在に人が翻弄される作品が好きだって。小説は主にミステリ、漫画はあんまり読まないって。


 ミツキちゃんだって、北大路のことを知りたいに決まってる。一度会っただけといってもあれだけの美形なんだ、女の子なら忘れられないはずだ。


 あいつの名前を出したミツキちゃん、すごく期待に満ちた目をしてた。友達だったら、隠すことじゃない。


 友達なんだから、教えたっていいじゃないか。俺とミツキちゃんは友達。そう、友達……なのに。



「……アサヒくん、どうしたの? 急に元気なくなったみたい、だけど?」


「あ、ううん。寒いからかな。俺、実は寒さに弱いんだ。デブのくせにって、笑われるけどね」



 心配そうな視線を向けるミツキちゃんの目から、俺はまた嘘をついて逃げた。



「確かに寒いね……近々、雪が降るかもってニュースで言ってたわ。そっか、アサヒくん、寒さに弱いのね。急に痩せたのも、寒さのせいなのかな?」



 ミツキちゃん、俺が痩せたことに気付いてくれてたんだ……。全然突っ込んでこないから、全く気付いてないのかと思っていたよ。



「あー、先週はちょっと体調崩しちゃって。テストのために、張り切って勉強したからかな。慣れないことするもんじゃないよね、うん」



 嘘の上塗りで言い訳する俺に、ミツキちゃんはぐっと顔を近付けてきた。



「今は大丈夫なの? お昼もあんまり食べてなかったし、体調が悪いのに約束だからって無理したんじゃない? もしそうだったら私、怒るからね?」



 垂れ目を一生懸命に釣り上げてみせるミツキちゃんがあまりにもいじらしくて、俺はつい笑ってしまった。


 何だか友達ってより、お姉ちゃんかお母さんみたいだ。姉ちゃんと母さんも、俺がいきなりダイエットなんて始めたから心配してるんだよな。



「そんなことないから安心して、もう平気だよ。でもミツキちゃんとの約束のためなら、多少調子悪くても無理しちゃうかもなぁ」



 ちょっと気が緩んで、軽口を叩いたのがいけなかった。



「んもー! そういうこと言うと……!」



 真面目なミツキちゃんには受け流せなかったらしく、俺の肩に軽く拳をぶつける。しかしお肉にぽよんと跳ね返され、その反動で足を滑らせて転んでしまった。



「ミツキちゃん、大丈夫!?」



 慌てて俺は彼女を抱き起こした。



「ご、ごめんね。いきなりアサヒくんに暴力なんて振るったから、罰が当たっちゃった、のかも……」



 すぐに立ち上がろうとしたミツキちゃんだったけれど、顔をきゅっと歪めると、その場にまた蹲る。どうやら足を傷めてしまったらしい。

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