痛くて苦しくて、悲しくて寂しくて切なくて!


 北大路きたおおじからは翌日も出題予想のメッセージが送られてきたけれど、俺は全て未読のままスルーした。テストは誰かに頼らず、自力で頑張らなきゃ意味がない……ってのは建前で、ほとんど勉強してなかったから。今の俺は、それどころじゃないんだ。


 おかげでテストは、前回に比べると北大路のヤマカンを抜きにしても散々だった。でも、そんなの全然気にならなかった。俺にとっては、この一週間で三キロ痩せたことの方が重要だったので!


 元がデブだからってのもあるけど、俺の体重は思ったより簡単に落ちた。


 食事は控えめにして、登下校時には必ず走る。帰りはわざと遠回りして、ランニングする。家では試験勉強をするフリをして、ネットで調べた筋トレをした。俺が実行したのは、たったこれだけ。

 ご飯の量を減らしたからお腹は空いたけど、そういう時は高野たかのが送ってきた北大路と俺のあーん画像を見てモチベを上げた。いやもう、あの写真だと顔の造形とサイズの違いが嫌ってほどよくわかるんだよ……本当に同じ人間なのに、どうしてこうも違うのかって驚くぜ……。


 とにかく、試験は終わった!

 明日の土曜は、ミツキちゃんとお昼から待ち合わせ。俺の変化に気付いてくれると嬉しいなあ。



「……みなみくん」



 昇降口で靴を履き替え、帰りのランニングのために屈伸運動をしていたら、背後から声をかけられた。



「よ、よう……一人? 珍しいな」



 平静を装って返したつもりだったけれど、無理矢理作った笑顔は強張っていたかもしれない。それを察したのか、北大路が返してきた笑みも固かった。



「うん……ちょっと、南くんと話したくて」


「あ、もしかして誰か待たせてるのか? だったら、また今度にしよーぜ。俺、もう帰るし!」



 気まずさに耐え兼ねて、俺は逃げるように北大路に背を向けた。



「待ってよ、南くん!」



 しかし腕を掴まれて、即引き戻される。



「南くん、この一週間ですごくやつれたよね? 何かあった? ラインの返信もくれないし、俺、心配で……」



 至近距離から、北大路が真剣な表情で俺に訴える。


 しばらくこんなに近くで接することはなかったけれど、俺は言葉を失ってしまった。


 でもそれは、北大路の綺麗な顔に見とれたからじゃない。胸の奥から、またあのおかしな感情が湧き上がって止まらなくなって――。



「う、うるせーな! 北大路には関係ないだろっ!」



 堪らず、俺は北大路の腕を振り解いた。


 北大路が悲しげな眼差しを向ける。打ち拉がれたような表情でも、北大路は綺麗でカッコ良くて。だけどその目に映る自分は三キロ痩せたといってもきっと醜いデブのままで。やっとついたと思った自信も、さらさらと崩れていくように感じられて――。


 俺は北大路から目を背け、その場からダッシュで飛び出した。胸が痛くて苦しくて、張り裂けそうだった。


 わかってる、北大路は悪くない。ただ友達として俺を心配して声をかけただけだ。


 だけど俺だって、何か悪いことをしたわけじゃない。本当のことを言っただけだ。だって、北大路には関係ない。俺が痩せようとやつれようと、そんなの俺の勝手じゃないか。北大路には関係ないじゃないか。


 俺がいなくたって皆と仲良くできるようになったし、俺じゃない人と仲良くなりたいって積極的に自分から声をかけて……。



 そこで、俺はやっと気付いた。



 足を止めると、周囲はいつの間にか日が暮れ始めて、薄暗くなっていた。無我夢中で走っている間に、高野と通っていた小学校の近くに来ていたようで、見覚えのある懐かしい景色が薄闇に広がっている。近くに人気のない公園があったのを思い出し、俺はフラフラとそこへ向かった。


 昔はいろんな遊具があって、どこまでも広く感じた公園。けれど今は二対のブランコしか残されてなくて、狭くてちっぽけな場所に感じる。そっと低すぎるブランコに腰を下ろすと、その動きに合わせたようにぽろりと涙が溢れた。



 ――俺、北大路に嫉妬してたんじゃなかったんだ。北大路の周りの奴らに嫉妬してたんだ。北大路を独り占めしたくて、でもできないからって、八つ当たりで北大路を傷付けてしまった。


 改めて、自分のバカさ加減を思い知ると泣けて泣けて仕方なかった。消えてしまいたいとすら思った。



 俺、北大路が好きなんだ。

 友達としてじゃなくて、あいつの一番になりたかったんだ……。



 この想いに気付いてしまったら、もう友達でなんかいられない。


 俺がこんな気持ち悪い感情を持っていると、北大路が知ったらどうなるか。軽蔑される恐怖もある。でもそれ以上に、この想いであいつを苦しめたくないという気持ちがまさった。


 北大路は繊細で優しい奴だから、俺の想いを知ったらきっとすごく悩むと思う。父親の時と同じように、応えられない自分を責めてしまうかもしれない。そんなことだけは、させたくない。


 好きだから……北大路が誰よりも好きだからこそ、あいつを傷付けたくない。


 本音を言うと、北大路には嫌われたくない。だけど、この気持ちは絶対に知られちゃいけない。


 北大路のために、この気持ちは徹底的に隠そう。隠したまま距離を置いて、触れ合わなくなれば、きっといつか消える。


 そう信じて――俺はスマホを取り出し、ラインを開いた。北大路からメッセージが来ていたけれど、あいつの紡いだ文字を見たいっていう気持ちを殺して、俺はブロックボタンを押した。



 これで二度と、北大路の言葉に心を惑わされることはない。



 だけどやっぱり悲しくて寂しくて切なくて、誰もいないのをいいことに俺は子どもみたいに声を上げて泣いた。


 大人になったら、今日のこともいい思い出だったって笑えるのかな? 今みたいに、昔は良かった、あの頃に戻りたいって思えるようになるかな?


 そんな日が早く来ればいい。北大路ことを忘れて、北大路にも忘れられて、会うこともなくなって、それぞれ別の場所で別の人と幸せになって、あの時の自分はバカだったなーって笑い飛ばして――――そんな遠い未来を想像して、必死に自分を慰めようとしても、やっぱり涙は止まらなかった。

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