モヤモヤしてる暇があるなら行動すべし!


 それから俺とミツキちゃんは、二人でいろんな話をした。


 俺のイチゴティラミスとミツキちゃんがオーダーしたガトーショコラをはんぶんこして、連絡先を交換して、ミツキちゃんとアサヒくんと呼び合おうと言って、さらには翌日も待ち合わせの約束をして――。


 夢だと思った。夢に違いないと思った。夢じゃなきゃありえないと思った。だけど、夢じゃなかった。


 全てが現実である証に、朝起きても俺のラインには『ミツキ』の名前があった。トークには、帰ってから寝るまでの間に送り合ったメッセージやスタンプも残っている。


 はいはい、ちゃんと心得てますよ。こんなデブのくせに、ミツキちゃんみたいな可愛い子とどうこうなろうなんて考えちゃいけないって。


 ミツキちゃんは大人数でワイワイするのが苦手で、ずっと親友のリコさんと二人だけで出かけることが多かったらしい。けれどリコさんに彼氏ができてからは、無闇に遊びに誘うのも気が引けて、一人で行動するようになったんだそうな。

 だけど一人だと、やっぱり寂しかったんだって。そこにたまたま、俺という暇人を見付けた。それだけのこと……とわかってはいても、浮かれるのは仕方ない。


 だってさー、ミツキちゃん、すっげー可愛いんだもん!


 顔が可愛いのは最初からわかっていたけど、性格も可愛いんだ。控えめに見えて好きなこととなると無我夢中になって話すし、しっかり者っぽいのにうっかり屋さんで面白い。次の日も約束して会ったんだけど、左右違う色の靴下だったから、流行りのオシャレなのかな? と思って聞いてみたら間違って履いてきただけだった。

 何で誰も教えてくれなかったの! って顔を真っ赤にして怒るミツキちゃん、可愛かったなぁ。


 それに比べて……と鏡を見る。そこに映る自分の姿はとても彼女に釣り合うものじゃなくて、溜息が漏れた。


 ミツキちゃんとは、今日を含めて三日連続で遊んだ。でも、しばらくは会えない。俺の学校でも彼女の学校でも、明日から期末テストが始まるからだ。


 テストが終わったら、美味しいものを食べに行こうって約束をしているんだけど……本当にまた会ってくれるのかな? 会わない間に、やっぱりあのデブと一緒にいるくらいなら一人の方がいいやってならないか、心配だよ……。


 テスト前日だというのに勉強も手に付かず、広げた教科書の上でスマホゲームをしていたら、ラインの通知がきた。


 ポップアップに表示された名前に、俺の胸は大きく高鳴った。


 でも相手は、ミツキちゃんじゃなくて――。



『勉強どう?』

『またテストに出そうなところを予想してみたよ』

『撮影したから画像送るね』

『良かったらチェックしてみて』



 メッセージの送信主は――――北大路きたおおじ


 次々と送られるポップアップメッセージを目で追いながら、けれども俺はトーク画面を開くことができずにいた。今日の放課後のことが、思い出されたからだ。


 授業が終わると、高野たかのはカラオケに行くんだと言って、真っ直ぐ北大路の席に向かった。試験前はさすがに皆も気を遣ったみたいで、珍しく北大路の予定が空いていたらしい。しかも誘ったのは北大路の方からだったそうで、高野はマナちゃんとの約束があったけれど、三人でもいいなら、ということで了承したんだという。


 彼女を紹介するけど横取りしたら許さないからな! と釘を刺す高野に、



『そんなことしないよ。高野くんとは特に仲良くしたいから』



 そう言って微笑んだ北大路の顔が、何故か痛く突き刺さった。


 その場にいたからだろう、俺も高野に一緒に来るか? と誘われた。けれど、断った。俺はお呼びじゃないってのが、北大路の固い表情を見てわかったから。


 肩を組んで教室を出て行く二人を見送る間も、ずっと胸が痛かった。二人が仲良くしてる姿を見るのが、すごく苦しかった。



 何であんなに痛くて苦しかったのかな? ううん、今も痛くて苦しい。


 北大路がメッセージを送ってきたのは、今日のことをフォローしようと考えての気遣いだろう。別に悪いことじゃない。むしろ、いい奴だと思うところのはずなのに、何だか余計にモヤモヤする。


 親友の高野を取られそうだと思ったから? でも坂井さかい上尾かみおには、こんな感情を抱いたことなんかない。


 どうして北大路にだけ、こんなふうに感じるんだ? 認めたくないけど、この気持ちは嫉妬……に近い気がする。


 俺、北大路に嫉妬してるのか?


 自分がいなければ皆と打ち解けられなかったくせにって、イラついてるのか? それとも、何でも完璧すぎるあいつに、自分なんかじゃ敵わないからって、ムカついてんのか?


 だったら、北大路からの連絡なんか無視すればいい。ブロックして、友達もやめてしまえばいい。なのに、そうしたくない。


 俺、一体どうしちゃったんだろう……自分で自分がわかんないよ。


 そこへ、またラインの通知が届く。今度はミツキちゃんからだった。反射的に俺はラインを開いた。



『明日からのテスト、頑張ろうね』

『週末に会えるの楽しみにしてる』



 続いて、女の子らしい可愛いスタンプがおやすみと告げる。


 それを見たら、涙が出そうなほど安心した。

 今のところ、まだ彼女は俺と会う意思がある。それがわかっただけでも、ほっとした。


 だけど、おかしな感情は晴れなかった。


 彼女の名前の下に並ぶ北大路の名前が、俺を捕らえて離さない。未読を知らせるパッチは十を超えていて――それでも俺は、トーク画面を開くことができなかった。今メッセージを送ったら、刺々しい言葉を吐いてしまいそうで、それが怖かった。


 本当に、何してんだよ、俺……北大路に自信を持てなんて偉そうなことを抜かしておきながら、俺の方こそネガネガのダメダメじゃないか。



 自信……自信?

 そうか、自信だ!



 思うが早いか、俺はスマホの電源を落とし、くすぶり続けるモヤモヤを断ち切った。


 そうだよ、一人でウジウジしてたって仕方ない。北大路に嫉妬してるっていうなら、俺も負けないくらいに自信をつければいいんだよな!


 ミツキちゃんの顔が、頭に浮かぶ。週末になれば、彼女に会える。その時に幻滅されないように、とにかく今からでも自分を変えてみよう。


 北大路には及ばないだろうけど、自信を持って彼女の隣を歩ける男を目指すんだ!


 そうと決まれば、勉強なんてしてる場合じゃない。筋トレだ。ええと、筋トレっていってもよくわかんないから、まずは腹筋から始めてみるか。

 教科書とスマホを机に放置し、俺はすぐさま床に横になって、うんしょうんしょと腹筋を開始した。



 みなみアサヒ――――生まれて始めてダイエットします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る