イチゴとホワイトチョコのコンビは最高!


 その翌日から、北大路きたおおじは急速にクラスの皆と打ち解けていった。高野たかの上尾かみお坂井さかいのおかげだ。


 奴らは良い意味でも悪い意味でも目立つし、影響力がある。漫画やアニメでよく見る、クラスカースト上位ってやつなのかもしれない。でも特定のグループは作らず、楽しければいいやって感じで皆と仲良くしてる。そんな奴らが大々的に『北大路ってすげーんだぜ!』的な話を語ったものだから、気後れしていたクラスメイト達もやっと北大路に声をかけられるようになったというわけだ。


 イケメンなのによく食べるという噂の真偽を確かめようと、いろんな奴らが北大路を食事に誘った。女子に男子、さらには他のクラスの奴まで、あちこちからお声がかかったようで、冗談抜きで予約が必要になったらしい。


 今日もたくさんの人に囲まれている北大路を、俺は遠目に眺めながら、行列のできる店みたいだなぁ、なんてどうでもいいことを思った。


 うん……今は北大路と、距離を置いているんだ。


 一応、何日かは俺も付き合って同伴した。でも皆の中心にいる北大路が、隅っこで空気と化してる俺に気遣って声をかけようとしてくるのが申し訳なくて、いたたまれなくなって。せっかくいろんな人と仲良くなれたのに、自分が邪魔してるみたいに感じたんだよな。


 北大路も、皆の誘いを断らないところを見ると、新しい仲間との交流を楽しんでるんだろう。ラインも、一度俺が既読無視をしてから来なくなった。


 別に、友達をやめたってわけじゃない。

 元々、北大路と話すようになったきっかけは、大食いにコンプレックスを持っているってことだった。俺はそれを治す役目を終えただけだ。


 コンプレックスをなくして、皆と仲良くなって、北大路が毎日楽しく過ごしていればそれでいい。なのに寂しく感じるのは――子が独り立ちした親の心境、みたいなものなのかな? 親になったことないからわかんねーや。



 そんなわけで俺は放課後になると、一人で美味しいお店を発掘する日常に戻った。



 来週からは十二月。頬を裂くような寒さが痛く身にしみる。しかし俺の足取りは軽かった。ネットの検索で、良さげなお店を発見したからだ。


 ウチの学校からは少し遠いんだけど、そのお店では冬季限定でホットチョコドリンクを提供しているらしい。俺の狙いは、数量限定のホワイトイチゴチョコ。ホワイトでイチゴでチョコだよ、ホワイトでイチゴでチョコ。そんなのウキウキするに決まってるじゃないか!


 結構わかりにくい場所にあったせいで、思ったより時間がかかったものの、俺は無事にそのお店に到着した。


 古き良き喫茶店といった佇まいで、中も外観を裏切らずレトロな雰囲気。お客さんはあまりいなくて、地元のおじさんがひとときのコーヒータイムを楽しむお店……という感じのようだ。


 どこに座ってもいいみたいだったので、俺は端っこの小さなソファ席に腰を下ろした。もちろん、オーダーするのはホワイトイチゴチョコ。もうなくなってるかも……と不安だったけれど、まだ残っていたよ。ラッキーだった!


 ついでにこれも期間限定だというイチゴティラミスを注文して、待っている間にトイレに行き、席に戻ろうとしたところで――思わぬ人に声をかけられた。



「あれ……みなみ、くん?」



 顔を向けてみると、そこには長い黒髪の可愛い女の子の姿がある。


 どこかで見たような、と考えてから、彼女が朝里ちょうり高校の制服を着ているのを見て思い出した。



「ええと、確か、リコさんのクラスメイトの?」



 すると彼女は、小さな顔にぱぁっと笑みを咲かせた。



「わあ、覚えててくれたんですね。はい、リコちゃんの友達の、天野あまのミツキです」


「あ、俺はリコさんの彼氏のクラスメイトの、南アサヒです。天野さんは一人、なのかな?」



 自己紹介しながら、俺はそっと彼女のいる席を見た。荷物もドリンクも一人分しかない。



「ええ、まあ。来週から期末が始まるし、ちょっと勉強しておこうかと思って。家に帰ったら、ダラダラしちゃって何もしなくなるから」



 天野さんは大きな目を細めて苦笑いした。


 彼女も一人だとわかると、俺は密かにほっとした。だって、もし彼氏が一緒だったら『何だこのデブ、俺の彼女に馴れ馴れしくしやがって』なーんて刺々しい目を向けられるかもしれないじゃないか。こんなに可愛いんだから、彼氏どころか取り巻きがいたりファンクラブがあったりしてもおかしくない。



「南くんは、誰かと一緒に来たんですか? この間のお友達さんとか……あとほら、彼女さんとか?」



 天野さんの問いかけに、今度は俺が苦笑いした。こんなデブに、彼女なんかいるわけないとわかっているだろうに気を遣わせてごめんよ……。



「俺も一人だよ。こんなお肉マンと付き合ってくれるような女の子いないし……っと、お邪魔してごめん、もう戻るね。ごゆっくり!」



 そう告げて、俺は慌ただしく席に戻った。


 そろそろ飲み物が来る頃だからというのもあったけど、ナンパしてると勘違いされたら困る。今の流れだと、まさに『キミ一人? ボクも一人なんだ〜? チラッチラッ』みたいな感じだったし。


 天野さん、真面目な子っぽいから、嫌だと思っても、無理して会話に付き合ってくれそうじゃん?


 特にデブは、女の子に不快感を与えやすい。なのでデブは普通の奴以上に空気を読んで、女の子とは適度な距離を取ることが大切なのだ。長いデブ歴で俺が学んだ教訓の一つである。


 席につくとほぼ同時に、待望のホワイトイチゴチョコとイチゴティラミスが運ばれてきた。ふわぁ、いい匂い! 飲むのがもったいなく感じるー!


 思う存分に香りを堪能してから、意を決して湯気を立てているドリンクに口を付けてみた。すると口腔内に、甘酸っぱい幸せの味が広がる。


 ああー、寒さに耐えてここへ来て良かった! 生きてて良かった! 産んでくれた母さんとこのお店を作ってくれた店長さんに、心から感謝しますーー!!



「ふふっ……ご、ごめんなさい、あんまりにも幸せそうな顔してるから。南くんも、ホワイトイチゴチョコを頼んだのね」



 閉じていた瞼を開いて、俺は驚いた。天野さんが笑顔で、いつの間にか目の前に立っていたからだ。



「ここのホワイトイチゴチョコ、私も大好きなの。イチゴティラミスも絶品よ。ね、一緒に座っていい?」


「え、俺は構わないけど……」


「ありがとう! じゃあお店の人に伝えて、ここに移動させてもらうね」



 嬉しそうに笑うと、天野さんはいそいそと店員さんの元へと向かって行った。



 え、何これ?

 あんな可愛い子が、俺なんかと同席を求めるとかありえる? ありえないよな?


 うん、これは夢だ。俺、きっと夢を見てるんだ……。

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