南家の晩餐は多国籍です!


「トワくん、見た目によらずたくさん食べるのねぇー! 嬉しいわー!」



 母さんが笑顔で次々と料理を運んでくる。



「あ、はい……みなみくんと仲良くなれたのも、これがきっかけで」


「んまぁー、そうなのね! アサヒからよく食べるって噂は聞いていたけれど、実際に会ってみたらこんなに細っこい子でしょ? 多すぎたらどうしようって、心配してたのよー」


「ご心配おかけして、すみません……? えっと、どれも美味しいです。ありがとうございます」



 箸をしっかりと進めつつ、北大路きたおおじはたどたどしいながらも母さんと話していた。


 パンケーキである程度の空腹を満たせたおかげか、ちゃんと会話ができている。


 パンケーキを食べている時は無言だったからな……まぁあれは、アンラッキースケベのせいで、ちと気まずくなっていたというのもあるだろうけど。



「それにしても、トワくんは本当にスリムだねぇ。僕は最近、健康診断で『痩せろ』と言われることが多くて困っているんだ。体重以外の数値は問題ないのに……やはりスポーツとかやった方がいいのかなぁ?」



 俺の向かいに座る父さんが、ふぅとため息をついた。ほんの少し俯くだけで、顎の下からたっぷりとお肉がはみ出す。父さんは横幅も厚みも、俺の1.5倍ある。おまけに俺と顔がそっくりなせいで、二人並んでるとデブリョーシカって呼ばれたこともあったっけ。


 ダイニングの長テーブルには、母さんお手製の料理が所狭しと並べられていた。いつもより品数が多いのは、もちろん北大路のためだ。


 そう――高野たかのが注意喚起したのは、このことである。


 家に来るたびに母さんによるもてなしの洗礼を受け、しかも奴は得意の空気読めない発言で『こんなに食べたら南みたいなデブになるじゃーん』などと抜かし、母さんに『ここにいる全員が南でデブなのだが? 息子をバカにしてんのか、ああん?』と凄まれ、その結果、半泣きで逃げ帰った。中学生の時の話なんだけど、南しかいない家で南にケンカ売っちゃいけないよなぁ。



「ねえ……もう一人分、テーブルにお箸が用意されてるけど、誰か来るの?」



 ひそひそ声で、北大路が俺に尋ねる。俺の反対隣の空きスペースに、箸置きがセットされていることが気になったようだ。



「ああ、姉ちゃんだよ。そろそろ帰ってくるかな」



 俺が答えたその時だった。



「ただいまー!」



 玄関の扉が開く音と共に、軽やかな高い声が響く。



「ご飯なぁにぃー? うわー、ご馳走じゃなーい!」



 地響きにも似たドデカい足音を轟かせて現れたるは、我が姉・南ヒナタ。南家の中で最も大きく太ましく、食欲も食べる量も誰にも敵わないという巨人である。



「ヒナタ、つまみ食いしてないで手を洗ってきなさい! 今日はお客さんがいるのよ!」


「んあ?」



 テーブルの端に置いてあった皿からスペアリブをつまんで食べていた姉ちゃんは、母さんに言われて満月みたいな顔を俺の隣に向けた。



「誰? アサヒの友達?」


「は、はい。北大路トワ……です」



 北大路が恐る恐る挨拶する。



「へー、よろしくー」



 それだけ告げると、姉ちゃんは慌ただしくドスドスと階段を登って自室に向かい、ドスドスと降りてきて、ドスドスと洗面所に行ってドスドスと戻ってきた。姉ちゃん、足音もデカいから、どこにいるのかすぐわかるんだ……。


 特注サイズのスーツからスウェット着替えて、手を洗って席についた姉ちゃんは、いただきまーすと言って、モリモリとご飯を食べ始めた。その勢いは凄まじく、あっという間に皿が空になっていく。北大路も姉ちゃんの食いっぷりには気圧されたようで、啞然としていた。



「北大路くんには、彼女っているのかしら?」



 料理を出し終わって父さんの隣の定位置に座ると、母さんは青椒肉絲を取り分けながら、いきなりそんなことを口にした。



「えっ……いな、いない、です」



 ブリの照り焼きを箸で切り開いていた北大路が、キョドりながら答える。



「じゃあ、ヒナタはどうかしら? この子も今フリーなのよー」


「ヒナタ、トワくんはよく食べるぞ? デートしても楽しいんじゃないかな?」



 母さんのトンデモ提案に、父さんまでが乗ってくる。姉ちゃんはこないだ彼氏と別れたばかりだから、それを心配しているんだろう。



「んー……」



 鶏南蛮を咀嚼していた姉ちゃんが、俺の奥で縮こまる北大路に視線を向ける。そして口腔内の鶏を飲み込むと、むはっと笑った。



「いやー、鳥系はちょっとないわー。あたし、牛系男子が好みだからさー!」



 …………言うと思った。



「鳥系って何?」



 軽く額を押さえている俺に、北大路がまたこそこそ尋ねてきた。



「姉ちゃんが勝手に作ったタイプだよ。痩せてるのが鳥系、デブは豚系、マッチョが牛系らしい」


「アサヒ、ちょっと違うわよ? 豚系はもっちり、牛系はむっちりだかんね? 筋肉だけじゃなくて、柔らかさとしなやかさがないとあたしは認めないの!」



 俺の説明に意味不明の訂正を入れてから、姉ちゃんは改めて北大路に笑いかけた。



「そんなわけで、トワくん……だっけ? ごめんねぇ、あたしのことは諦めて!」


「あ、はい……そう、します……?」



 流れのまま北大路はそう言って、再び食事に戻った。



 何で北大路がフラれたことになってるんだか……我が姉ながら、いろいろとすげーわ。


 学校じゃ王子様と呼ばれる北大路も、俺の姉ちゃんのお眼鏡には敵わなかったらしい。

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