誰も信じなくても、俺はお前を信じる!
食事を終えても、デザートやお菓子をつまみながら皆で談笑していると、あっという間に時間は過ぎた。
時刻が九時を過ぎたところで俺は皆に声をかけてパーティーをお開きにし、
ほとんど本棚全部を貸したからなぁ。父さんの車で送ってもらえたら良かったんだけど、お酒を飲んじゃってたから仕方ない。
「
お世辞じゃなく本当に楽しかったみたいで、北大路は綺麗な形を描く頬を綻ばせて本日の感想を述べた。
「だったら北大路も、南の仲間入りしちゃえよ。本気出して姉ちゃんを落として、婿入りしようぜ!」
「それはちょっと……どっちかというと、ライバルに認定されたみたいだし、無理じゃないかな」
北大路の苦笑いに、俺も苦笑いで返すしかできなかった。
姉ちゃんと北大路、食事の後でアイス一箱早食い対決したんだよな。北大路が勝ったんだけど、姉ちゃん、悔し涙まで流してたよ……で、捨て台詞が『これで勝ったと思うなよ! 次こそ勝つんだからね!』だもんな。あんな二人が恋愛するとか、想像できない。ビジュアル的にも。
「…………俺、向こうでも家族と仲良くできなかったんだ」
美青年代表の北大路と豊満女子代表の姉ちゃんがイチャつく姿を何とか想像してみようと頑張っていたら、北大路がやけに暗いトーンでぼそりと零した。
「まだ小さい頃に親が離婚して、父さんに引き取られて……でも、ずっと一人だった。父さんは仕事人間で、ほとんど家に帰らなかったから。家事は全部、父さんが雇った家政婦さんがやってくれていたけど、俺のことも事務的に世話をするだけ。だから家族との団欒だとか、あたたかい家庭だとか、そんなのは別世界のものだと思ってたんだ」
怖いくらいに整った横顔を見上げながら、俺は黙って北大路の過去語りに耳を傾けた。
「そんなだったから、周りの子は皆、自分とは違う世界に住んでるように見えてたんだ。怖くて近付けなかったし、近付いてこられても逃げてた。周りが皆、宇宙人みたいに………ううん、自分が放り出された宇宙人みたいに思えて、いたたまれなかったんだよね。どこにいても」
そこで北大路は俺をチラッと見てから、また目を逸らした。
「食べることで気を紛らわせるようになったのも、そのせいかもしれない。食べていれば落ち着くし、寂しいとも思わなかったから。だから、友達がいなくても平気だった。むしろ一人の方が気楽だったんだ」
その気持ちは、ちょっとわかる気がした。
美味しいものを食べると、幸せになれる。だけど北大路の場合、その幸福感が唯一の拠り所で、魔法が解けないように食べ続けるしかなくて――。
「…………俺が母さんの元に来たのは、父さんに追い出されたからなんだ」
「えっ!? 何で!? 食べすぎて、家計を火の車にしたからか!?」
ビックリして、俺は思ったことをそのまま口にしてしまった。北大路はぽかんとした顔で俺を見て、それからすぐに吹き出した。
「南くん、本当に面白いね! そうだなぁ、それもあったのかも」
くすくすと笑う北大路を見て、俺は少し安心した。父親に追い出されたことを打ち明けた瞬間の北大路は、今にも泣くんじゃないかと思うくらい悲壮な表情をしていたから。
「父さんにね、言われたんだよね……『節操なしの大食いだから人間性も歪んでいるんだ』『身の回りにあるものは何でも口にする、食い汚い奴だ』って」
あんまりにもひどい言葉に、俺は絶句した。息すら、止まった気がした。
けれど次に北大路が続けて告げたその理由は、さらに衝撃的だった。
「そう言われても仕方ないよ。父さんは、自分と結婚するはずだった人を、俺が誘惑したと思ってるから」
「な、何で……北大路はそんなことする奴じゃないだろ! どうしてそんな誤解されなきゃならないんだ!? おかしいだろ!」
耐え切れなくなって、俺は北大路の肩を掴んで自分の方を向かせた。
薄汚れた街灯が、北大路の綺麗な顔に暗い影を落とす。長い睫毛を何度か瞬かせて、北大路は話してくれた。
――父親に新しい母として紹介されてから、その女性が共に家に暮らすことになったこと。
――スキンシップが過剰すぎるように感じたけれど、普通の家庭環境を知らないからこんなものなのだろうと受け流していたこと。
――相手も自分を息子として可愛がろうと努力しているんだと思いたかったものの、その内にどんどん薄気味悪さを覚えるようになったこと。
――父親は相変わらず不在が多く、また彼女に対して不満を言うと嫌われてしまうのではないかと思って、相談もできなかったこと。
――そしてついに、その女性が裸で自分の部屋にやってきたこと。
――運悪く、その日に限って父親が帰宅して現場を見られたこと。
――彼女は向こうから誘惑してきたんだと泣いて許しを乞うたこと。
――彼女と結婚しようと考えていた父親を思い、それ以上にその場から逃げたいという気持ちが勝り、言い訳せず全て自分のせいにしたこと。
――父親は怒り狂い、すぐに元妻であるアヤカさんに連絡を取って、息子の身を丸投げしたこと。
――久々に再会する実の母は、何も言わずに自分を信じてくれたこと。それが唯一の救いだったこと。
「…………あの後、二人がどうなったかは知らない。知る必要もないし、知りたいとも思わないよ。もう俺とは、関係のない人達だから」
北大路はそう言って、力無く笑った。
「……関係なくねーだろ」
声を震わせて、俺は言った。その瞬間、怒りが爆発した。
「自分の子どもなんだぞ!? なのに何で話を聞こうともしないで、一方的に北大路が悪者にされてんだ!?」
「父さんに、信じてもらえるだけの関係を築けなかったからだよ」
声を荒らげる俺とは裏腹に、北大路は諦めたように静かに答えた。
諦めたように、じゃなくて諦めているんだ。だけど、俺は納得がいかない!
「それこそおかしいだろ! ずっと北大路をほったらかしにしてたのは、親父の方じゃねーか! 北大路は信じてほしかったんだろ!? お前のせいじゃないって、言ってほしかったんだろ!? 食べてれば気が紛れたとか言ってたけど、寂しくないわけないじゃないか! 平気な顔してただけで、本当は平気なんかじゃなかったんだろ!? お前は親父と仲の良い家族になりたかっただけで、何にも悪いことなんて……!」
そこで、俺ははっとして言葉を止めた。北大路の切れ長の瞳から、涙が溢れていたからだ。
「あっ……ご、ごめん。俺、言い過ぎた……」
あわあわと慌てふためきつつ謝ろうとしたら、ぐっと強い力で、体を締め上げられた。続いて、ドサッと荷物が投げ出される音がどこか遠く聞こえる。
北大路が、自分を抱き締めているんだと気付くまでに、少しの時間を要した。
「えっ……あの、えっ?」
「ご、ごめんね……嬉しくて。南くんが、俺の気持ち、わかってくれたのが嬉しくて。だからごめん、少しの間、このまま……」
ごめんねごめんねと繰り返しながら、北大路は俺を抱き締めて泣いた。
俺にできることといったら、ふくよかなこの身でほよよんと優しく受け止め、よしよしと背中をさすってやるくらいだった。
その間――俺は、腕が回り切らなくて驚いただろうな……とか、お風呂まだ入っていないけど臭ってないかな……とか、柔らかさだけなら女の子には負けてないはず……とか、そんなどうでもいいことを考えていた。
そうでもしないと、北大路の温もりにドキドキしすぎて気がおかしくなりそうだったから。
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