ラッキースケベならぬアンラッキースケベ!?


みなみくんのお母さん、何かすごく……エネルギッシュな人、だね」



 二階にある俺の部屋に入ってドアを閉めると、北大路きたおおじは必死に選んだであろう言葉を投げかけてきた。



「ある意味、塩撒いてきそうだろ? あーあ、北大路はいいよなぁ。アヤカさんみたいな美人ママがいて。ウチのビッグマムとは大違いじゃん。頭文字は同じBMでも、何もかもが違いすぎる!」


「美人ママなんて、ないない。ウチの母さん、家じゃガミガミ怒ってばっかりだから。料理したことないっていうのに唐揚げの作り方を教えられた時は、本当に鬼に見えた。料理って体育会系なんだ……って初めて知ったよ」


「マジか。アヤカさん、怖っ! これから失礼なこと言わないように気を付けよ」


「そうした方がいいよ……あれ? 南くん、料理するの?」



 そんな他愛もない話をしていると、北大路の視線が一点に止まった。そこにはカラーボックスの上にブックエンドを置いただけの簡易な本棚があり、美味しい飲食店を紹介する本や料理の本などが並んでいる。



「いやいや、俺は料理なんて全くしないよ。美味しそうな料理が見たくて買っただけ。良かったら、貸そうか?」


「いいの? どんなのがある?」



 俺は定位置の座椅子から立ち、料理に関する本を取ってテーブルに並べた。



「和食、洋食、イタリアン、スイーツ、何でもあるぜ!」



 どれ一つとして作ったことがないというのに胸を張って両腕を広げてみせると、北大路は身を乗り出してテーブルの上の本とにらめっこした。



「…………南くんはどれが食べたい?」


「俺? 好き嫌いないし、何でも食べるけど……えっ!?」



 少しの間を置いて告げられた言葉に惰性で答えてから、俺はビックリしてケツ肉でバウンドしてしまった。



「お、俺に作ってくれるのか? まじで?」


「南くん以外、誰が食べてくれるっていうの?」



 北大路が首を傾げて問い返す。


 いやいやいや、王子の手料理なんて皆が大喜びだろ! 争奪戦で殺し合いに発展しかねないだろ!



「まずはアヤカさん、じゃないか? 料理を教えてくれたわけだし、日頃の感謝も込めてさ」



 浮き立つ心を抑えて、俺は提案してみた。だって、いきなり俺に……なんて恐れ多いじゃん! 唐揚げだって、お金出して買ってるんだぞ!?



「母さんになんてやだよ。鬼のようにダメ出しされて、凹む未来しか見えない。あ、もしかしなくても、俺が作ったものなんて食べたくない……?」


「食べたくなくない! 食べたくないわけあるか! すっげー嬉しい!」



 もう我慢できず、俺は遠慮をかなぐり捨て、本音で歓喜した。



「だって北大路の味付けって、間違いなく俺好みだし! ここだけの話、アヤカさんの唐揚げより好きなんだよな」


「本当? お世辞じゃなくて?」



 テーブルの向かいから、北大路が疑いに眉を寄せた顔を寄せてくる。至近距離で見ても、造形だけじゃなく肌まで綺麗だ。スーパーハイビジョン対応かよ。


 奴の瞳に映る自分はさぞかし醜いんだろうなと思うといたたまれなくなって、俺はさっと目を逸らしてテーブルの上の本を取った。



「わざわざお世辞なんか言うか。それよりさー、スイーツなんてどうよ? 母さんにお願いしたことあるんだけど、面倒だし買った方が早いっつって作ってくれなかったんだよなー」



 手作りお菓子の本を開いてみせると、北大路はすぐに食い付いた。


 駄菓子菓子! じゃなくて、だがしかし!



「クッキーなら簡単に作れそうだね……でもせっかくなら、大きいのがいいな。南くんは何が好き? この本の中で、どれが気になる?」


「そ、そうだな……やっぱり表紙にもなってる、イチゴのケーキ、か、な……」


「だと思った。こないだのケーキバイキングでも、イチゴショートばっかり食べてたもんね」


「う、うん……まあ、うん……」



 俺がしどろもどろになるのも仕方ない。北大路が本を見ようと俺の隣に座り、密着して一緒に本を覗き込んでるんだから。


 近い近い近い近い! しかも何かいい匂いするし!


 お、落ち着け、俺。北大路は友達がいなかったというから、距離感ってのがわかってないんだ。それだけなんだ!



「あ、あの、北大路……ちょっと近」

「ごっめぇぇぇん! 母さんったら、おやつ出すのすっかり忘れてたわー!」



 意を決して伝えようとしたところに、母さんが爆撃のような勢いで突入してきた。ノックしろといつも言っているのに!


 けれど、文句を言うどころじゃなかった。


 北大路も驚いたんだろう。飛び上がった拍子に、体のバランスを崩して――――。



「もう一時間くらいしたら夕食だから、それまでこれで食い繋いでちょうだい。…………あんた達、何してるの?」


「あ、いやこれはその」



 北大路に下敷きにされた状態で、俺は慌てて言い訳しようとした。



 いや、言い訳も何も、母さんの襲撃に驚いたらしい北大路が、ラッキースケベならぬアンラッキースケベで俺を押し倒してしまったというだけなんだけれども…………何だろう、いかがわしいことなんか何もしてないのに、ものすごくイケナイところを見られた感でいっぱいなのだが!!



「何でもいいけど、プロレスごっこだけはやめなさいよ? トワくんならまだしも、アサヒがムーンサルトプレスなんかしたら床に穴が空いちゃうからね」



 でん、と山盛りにパンケーキが乗った大皿を置くと、母さんは出て行った。



 固まっていた北大路が、そろそろと俺の上から下りる。その顔は、写真のケーキの上に乗っていたイチゴみたいに真っ赤になっていた。



 北大路のバカー! あんだけベッタリくっついといて、いきなりここで照れんじゃねーよ!


 そんな顔されたら、俺まで恥ずかしくなるじゃないかー!!

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