美味しい唐揚げを作る人は心が清らか!
数ヶ月前に見付けたお惣菜屋さんは、寂れた商店街の一角にひっそりとある。店舗も小さくて地元の人達だけが買いに来るといった感じで、美味しいお店を開拓するのが趣味の俺もうっかり通り過ぎかけた。
「あら、
店に入ってすぐに挨拶してくれたのは、もう顔馴染みになった『お惣菜アヤカ』の店長、アヤカさんだ。
店長さんは女性一人でこのお店を切り盛りしてるそうだけど、すっごく綺麗な人で笑顔が可愛くて若々しい。こんなに美人なのに、今は独身なんだって。お、俺が聞いたんじゃないぞ? 周りの常連客が教えてくれたんだ。
しかもさ、何と母さんと同じ年なんだよ! まだ二十代か三十代前半くらいに見えていたから、これには本当にビックリして店内で大きな声上げたよね。あれは心から反省している……。
「アヤカさん、こんにちは! 唐揚げありますかっ!?」
恥ずべき過去を振り切るように、俺は元気の良い声と笑顔でアヤカさんに尋ねた。
「ええ、今揚げているわ。もうちょっとでできるから、これ食べて待っててくれる?」
アヤカさんが白くて綺麗な手で差し出したのは、紙のお皿。そこには、卵とじと思われる料理が乗っている。
「来月の期間限定商品にする予定なの。良かったら、南くんの意見も聞かせてくれる?」
「わあ、いいんですか? あざーっす!」
お礼を言ってから受け取り、俺は小さなプラスチックのスプーンを口に運んだ。この時期から旬のきぬさやの卵とじは、アヤカさんの人柄が滲み出ているように優しい味わいで、それでいてきぬさやのシャキシャキ感が芯の強さを表しているように思う。
「あーあー、南くんだけズルいんだなぁ」
「そうじゃそうじゃ、ワシらだってアヤカさんに頼りにされたいのにー」
アヤカさんが厨房に引っ込むと、店内にいたおじいちゃんズが恨めしそうな顔をしてわらわらと寄ってくる。いつものことだから、俺は平然と試食しながら答えた。
「もー、何度言ったらわかるんすか? アヤカさんは、皆さんのために試行錯誤してお料理を作ってくれてるんすよ?」
「つれないこと言わず、南くん、一口だけでも!」
「ワシらと南くんの仲じゃないかー!」
「イヤですぅー。これはアヤカさんが、皆さんのために用意した来月の楽しみなんすよ? 皆さんがここで食べちゃったら楽しみが半減して、アヤカさん、ガッカリするじゃないすか」
俺の正論に、おじいちゃんズはしゅんとして黙り込んだ。
この人達は、心からアヤカさんを慕っている。そしてアヤカさんもまた、この人達の笑顔が見たくて頑張っている。
すぐ新商品にする予定だというきぬさやの卵とじは、お肉も入っていないし味にもパンチがないから、正直言うと俺にはちょっと物足りなかった。けれどこのお店は、俺以外の客といったらほとんどが年配の方ばかり。アヤカさんは彼らの健康と嗜好に配慮して、メニューを考えているんだ。
「こうなったら、アヤカさんを取られる前に南くんに彼女をあてがってしまおう!」
「ワシの孫はどうだ? 南くんは高校二年生だったな? 孫はまだ中学三年生だが、可愛いぞ? いい子だぞ? 何なら今から呼ぶか?」
あー、きたきた。またこの話だよ……。
「すみません……いつも言ってますけど、俺、自分より食べる子としか付き合えないんで!」
笑顔で常套句となった逃げ口実を放つと、おじいちゃんズは溜息をついて、南くんはこれだから……とぶちぶち愚痴を零し始めた。
いや、俺だって女の子を紹介してくれるとなると気になるよ?
でもさ……前に一回、おじいちゃんズの一人がこの店にお孫さんを連れてきて、引き合わされたことがあるんだ。お孫さんだっていう高校生の女の子、俺を見て引き攣ってた。どんな説明したんだか知らないけど、俺の容姿までは伝えてなかったみたいから彼女なりに期待して来たんだと思う。本当にごめんよ……こんな太ましいお肉包み男で。
それ以来、女の子の夢を壊さないためにも、おじいちゃんズの紹介の誘惑は断るようにしているのである! 俺だって、あんな反応されたらやっぱり傷付くし……。
「南くん、お待たせー。唐揚げ、揚がったわよー!」
しかし待望の唐揚げを山盛りに乗せたトレイを持って、アヤカさんが再び登場すると、悲しい過去に沈みかけた俺の心は急浮上した。
「うわー、揚げたてだ! 美味しそう! じゃあ二十個、じゃなくて、二十五個お願いします!」
喜色満面を描いたような顔をしていたと、我ながら思う。アヤカさんは、はいはいと答えてすぐに袋詰めしてくれた。
「南くん、木曜日だけ、いつもより五個多く買っていくわね。お小遣いの関係かしら?」
トングで唐揚げを袋に入れながら、アヤカさんが問いかける。言っていいのか迷ったけれど、ずっと気になっていたし、思い切って伝えることにした。
「ええと、何ていうのか……木曜日の唐揚げは、特に美味しい気がして。いつもと何か違う味付けとか揚げ方をしてるのかなー、と」
「えっ、南くん、わかるの!?」
途端にアヤカさんは、嬉しそうに目を輝かせて俺を見た。
「実はね、木曜日だけはアルバイトに手伝ってもらっているのよ。料理なんてまるでやったことのない子だったから、密かに心配していたんだけど……南くんがそう言ってくれるなら、間違いないわね。私もうまくできていると思ったからお店に出していたんだけれど、贔屓目なんじゃないかと不安だったの。ああ、嬉しい! 南くんのおかげで私もあの子も自信を持てるわ! あの子にも伝えておくわね!」
アヤカさんは我が事のように……というより、我が事以上に喜んでいるように見えた。が、俺の心情は複雑だった。
この唐揚げを作ったの、アヤカさんじゃなかったのか。何だか裏切ったような、裏切られたような何とも言えない気分だ。
けれども店を出てすぐ、アヤカさんにオマケで二個もらった分を食べてみたら、そんな微妙な思いは吹っ飛んだ。
ああー……やっぱり美味しい!
料理初心者だったらしいけど、こんなに美味しい唐揚げを作るんだから、絶対にセンスある!
そしてこんなに美味しい唐揚げを作るんだから、心の清らかな人に違いない! だって、こんなに美味しい唐揚げを作るんだから!!
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