王子様探しは楽じゃない!?


 窓から差し込む日差しは、初秋とは思えないくらいあたたかい。十月も半ばを過ぎたけれど、日中は上着どころか制服のブレザーもいらないくらいだ。天気が良いと、昼飯がさらに美味しくなる気がする。


 高野たかのののろけ話を聞きながら、俺はいつものようにもりもりと弁当を食っていた。すると勢い良く、教室の扉が開かれる。


 皆と一緒に目を向けると、体育教師の松原まつばらが仁王立ちしていた。ガタイがいいせいで、無駄に威圧感がある。意外と気さくでいい奴なんだけど、体育が嫌いな高野は坊主憎けりゃの要領で松原も苦手らしく、うんざりとした表情をしていた。



「五限目の体育は着替えなくていい。それぞれの体力測定結果をまとめて記入してもらうから、制服のままで体育館に集合してくれ!」


「了解っす!」



 あからさまに嬉しそうな声で、高野が返事をする。それに大きく頷くと、松原はすぐに去っていった。



「やったぜ! これで汗の臭い気にせずマナちゃんとイチャつけるっ!」



 ガッツポーズを作る高野に、俺はペットボトルのお茶を一口飲んでからクラスを見渡して言った。



「今、教室にいない奴にも伝えなきゃならないんじゃね? 他のクラスとか食堂とかで食べてる奴もいるし」


「はあ? んなもんほっときゃ誰か伝えるだろ」



 高野が能天気に答える。


 うわー、他人任せかよ。こいつって、良くも悪くもいい加減なんだよなー。



「だってお前、威勢良く返事したじゃん。松原、それ見て頷いてたし、あれってお前に任せるって意味だったんじゃないか? これで体操着で来た奴がいたら、高野の責任にされそうだなー。何で伝えなかったんだって怒られて、ついでに罰として一人だけ体育館をずっと走らされることになっても知らねーぞー?」



 弁当箱を片付けながら、俺は意地悪く笑ってやった。


 親友だからこそ、たまにはキツく言った方がいいんだ。別に心置きなく彼女とイチャつける〜ってニヤついてたのを苦々しく思ったとか、そんなんじゃないからな!


 ……ウソ、ごめん。それもちょっとある。



「マジかよ……うわぁあ、やべえ! みなみぃ、手伝ってくれぇぇぇ!!」



 高野が半泣き顔で、俺の腕を掴む。



「様付けろや。南様だろ、南様」


「南様、お願いします! どうか助けてください!」



 必死に頭を下げる高野を見て、ちょっと脅かしすぎたかな……と反省しつつ、俺は了承した。




 他のクラスと食堂に行くと、クラスのほとんどに会うことはできた。しかし、一人だけ見付からなかった奴がいる。北大路きたおおじだ。


 北大路が二学期の初めにこの学校へ転入してきてからというもの、昼飯時は一度も姿を見たことがない。バッグを持って出て行くから、恐らくどこかで一人で昼食を食べているんだろうけど、場所の見当が全くつかない。


 手分けをした方が早いと判断した俺達は、四階建ての学校の下二階を高野が、下二階を俺が担当し、北大路を探し回った。とんでもなく目を引く顔立ちをしている北大路だが、ランチタイムの彼を見かけたという者は誰もいなかった。


 何だ、あいつ……もしかして忍者なのか!?


 便所飯してるんじゃないかと全トイレを巡り、人のいない空き教室に潜んでいるんじゃないかと廊下を駆け回るも、北大路はどこにもいない。


 こうなれば、高野が推していた『校庭裏で告白する女子の行列をさばいてる説』に頼るしかないか。しかし昼飯を食べながら、流れ作業式に告白してくる女の子達を振り続けるって、想像してみるとシュールだなぁ。中にはオッケーもらえる子もいるんだろうけど。


 北大路発見を高野に託し、俺は巡り尽くした四階から二階にある自分の教室に戻ろうと階段に向かった。そこでふと、目につくものがあった。


 『立ち入り禁止』の掛けられたポールだ。


 それは、最上階であるはずの四階より上に向かう暗い階段の前に掲げられていた。この先にあるのはそう、屋上だ。


 アニメや漫画なんかじゃ、学校の屋上で語り合うシーンはよく見る。しかし俺は生まれてこの方、屋上なんて場所には一度も行ったことがない。この高校もそうだけれど、小学校でも中学校でも立ち入り禁止にされていたから。


 小学校の時に仲間と一緒にこっそり行ってみようとしたけれど、鍵がかかっていて外に出られなかった。


 この高校も同じだろう。きっと屋上には出られない。そう思っていたのに、気が付くと俺の足はそっとポールをまたいで、吸い込まれるように階段を登っていた。


 だってさ、イケメンが一人、屋上でランチってものっすごく絵になるじゃん?

 北大路ほどの美形なら、不思議な力が働いて屋上の鍵が勝手に開いてくれてもおかしくなさそうだな〜って、そんなバカなこと考えちゃったんだよ。北大路の王子オーラ、マジパネェからな。


 悪いことをしているようで、いや実際に悪いことをしてるわけで、俺は泥棒みたいに足音を殺してそっと上へと向かった。進むにつれて外からの光が遠くなり、どんどん暗くなっていく。その音が聞こえたのは、薄暗い踊り場を抜けて次の階段に足をかけた時だった。


 カサカサと、ビニールが擦れるような音が小さく響いている。誰かいるらしい。


 北大路であってくれ……北大路じゃなかったらダッシュで逃げよう……どうかヤバい奴がヤバいことしてたりとか、オバケが蠢いてたりしてませんように……と願いながら、俺はドキドキする心臓を押さえながらゆっくりと音の源に近付いていった。



 最後の一段を登り切り、階段の終点である屋上の扉前、背の低い壁に隠れていたのは――――探し人である、北大路だった。


 けれど俺は彼を見るや、ぎょっとして危うく階段から落ちそうになった。



「き、北大路……え、待って、何これ…………これ、全部お前一人で!?」


「み、南、くん……!? ど、どうしてここが……!」



 食べかけのピザパンから口を離し、北大路も大きく目を瞠る。ビックリ顔もイケメンだが、それに感心するどころじゃない。



 何故なら、そのイケメンの周りには、軽く二十は超えるパンの空き袋、さらにこれから食べるつもりだったらしい十個近いお菓子達が、ひっくり返したおもちゃ箱みたいに散らばっていたんだから!

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