第102話 滅亡
信永は父の仇を討たんと真っ先に城に入る。
そして、違和感に気付く、敵兵達の士気が低いのである。
飯富虎昌以外の将の姿も見かけない。
「其処の兵達よ、降るなら武器を置け、今なら私の名前で取りなしてやる。」
その言葉を待っていたかのように皆が武器を手離す。
「なんと・・・武田に忠誠を尽くす者の少なさを嘆くべきなのか・・・」
信永は情けない気持ちで見ていた。
「そんな事を言いますが義信様や重臣の方はは俺等を置いて逃げてしまいました。
それなのにまだ戦わなければならないのですか?」
一人の兵の言葉が耳に入る。
「その者、その話は本当か?」
「はい、あっしは見ました、義信様が重臣の方と側近達を連れて厠に入ったあと姿が消えたのでございます。」
「・・・しまった抜け道があったか!
誰か、ヒロユキ様に伝令を義信が城から逃げたと伝えよ!」
信永は慌てて、ヒロユキに使者を出し、逃がさないように警戒網を敷いて貰おうと思っていた。
「ヒロユキ様、信永様から義信が城から逃げたので捕まえてくれと連絡がきておりますが?」
「あー大丈夫、既に捕まえてる、今、山から移送中だと伝えてくれ。」
「わかりました。」
俺は信永からの使者に大丈夫だと伝える。
「ヒロユキ様、いつの間に捕まえたのですか?」
「山の中に入って、俺に見つからないわけがないよね。
猿達が捕縛して連れてきているよ。
さて、戦は終わりだ、城内に降伏を呼び掛けよ、なお、略奪は許さん、やったものは始末するから覚悟せよ!」
こうして躑躅が崎館は陥落し、武田義信が率いる武田家は滅亡する。
城内にいた、武田家の子女は信永の手によって無事に保護される。
その中に義信の娘、光がいたことに武田の家臣達から驚きと嘆きが起きる。
武田の当主が命惜しさに無様に逃亡をしただけでも恥であるのに、娘を置いて行くなどとは親として、人としても情けなかった。
そして、残された光は親に捨てられた悲しみからか感情が消えているようにも思えるぐらい表情がなかった。
その姿に周囲から涙が溢れる。
だが、その光は城から助け出された為か、信永の手を握りしめていた。
そんな中に義信が猿に運ばれてくる。
猿は義信の手足を縄で縛り、縄に棒を通して担いで来ていた。
「なんだ、あれは?」
「武田の当主として情けない・・・」
軍の中をその姿で通ってきた姿は無様以外の言葉が浮かばなかった。
義信は俺の前に来ると叫びだした。
「この裏切り者が!武田に多大な恩があるくせに、当主に逆らい刃を向けるなど恥を知れ!」
「人の主を殺しておいて言いたいことはそれか?
俺は別に武田の家臣ではない、武田信繁の家臣だ、そして、信繁様を殺したお前は主君の仇、何故それを討つのに躊躇う事がある。」
俺は冷たい目を義信に向ける。
「うっ、だが、裏切っておることに違いはないわ!皆、此処に謀反者がおるぞ、さあ討て!」
義信の命令に降った武田家臣達も困ったように顔を反らしていた。
「何故動かん!お前らは武田の恩を忘れたか!」
騒ぐ義信を俺は殴り付ける。
「なっ!」
「うるせえ、此処にいるものが好きで俺達に降ったと思うのか?
お前がマトモなら皆、忠誠を尽くしただろうよ。
だがどうだ?
今川に踊らされ、戦に敗れ、親を殺す、そんな奴に誰が忠誠を尽くす?
武田を裏切っているのはお前自身だ!」
「くっ、そ、そこまで言うなら、私と一騎討ちをしろ!
武田家を担えるか私が確かめてやる。」
「はあ?やだよ、俺が受ける意味がないだろ?あいにく俺は武勇がなくてな。」
「この臆病者が、お前達、こんな腰抜けに従うのか?恥ずかしいとは思わぬか?」
義信は周りの武田家臣達に訴えかける。
誰も聞く耳を持たないのかと思ったら、意外にざわついている。
どうやら武勇が無いことに不安を覚える者がいるようだ。
「黙れ!文句があるなら俺が聞くぞ。」
マサムネが威圧を放つと、一気に静かになる。
「当主が刀を持つ必要があるのか?
武勇に不安があるなら俺に勝ってからにしろ!」
マサムネの武勇は広まっており、文句をつける奴はいなかった。
「義信、残念だな。どうやら、周囲も納得してくれたようだ。
さて、お前と話すのもこれまでだが、最後に言いたいことはあるか?」
皆が静まり帰ったのを確認して俺は義信に最後の言葉を聞く。
「・・・最後?私は死ぬのか?」
「もちろん、今更何を言うんだ?生かしておく意味が無い。
この戦、お前の首が目的だからな。」
「ま、まて!私は隠居いたす、それで良かろう。」
義信は慌てたように命乞いを始める。
「いいわけがないだろ?後に禍根を残すだけだ。」
「や、止めてくれ!どうか、命だけは!」
「信玄公、信繁様、勝頼、信豊、俺の大事な人達を殺めたお前を許す事はない!
武田義信、お前は打首と致す。」
「ヒロユキ様!」
信永が声を上げる。
義信はその声に安堵の表情を浮かべ、信永に声をかける。
「おお、信永よ、ヒロユキを止めてくれるのか!」
しかし、信永の言葉は違っていた。
「そやつの首をはねる役目、どうか私にお与えくださいませ!」
義信の既望と違う言葉であった。
「そうだな、信永、お前にはその権利がある。
その役目任せる、他の者、異存が有るものはいるか?」
皆を見渡すが、全員うなずいていた。
「や、やめろ!信永、考えなおせ。
・・・光!父を助けるよう言ってくれ!」
義信は信永の横に光の姿を確認して、命乞いを始めた。
「・・・私はいらない娘なのでしょ?」
光は呟く。
「光?」
「お父様は私を置いて行くときにおっしゃいましたよね、足手まといはいらないと・・・
雑兵の慰み物になる前に自害しておけと。
今更、私に何を期待しているのですか?」
「あの時は仕方なかったのだ、武田家当主として生き延びねばならなかったのだ。
そなたも武田義信の娘としてわかっておろう。」
「都合のいい事を言わないで!私を捨てておきながら何を言うの!
私に父なんかいないの!」
光は感情が溢れ出したように泣き始めた。
「信永、光さんを別の所に連れていって落ち着かせてあげなさい。
落ち着いたら、一度俺の所に来てくれ。」
「はい、御配慮感謝致します。」
信永は光を連れて陣から出ていく。
「誰か義信を連れていけ!信永が来るまで刑場に転がしておけ。」
「や、やめろ!助けてくれ!ヒロユキ!止めてくれ・・・」
義信は兵に担がれ、連れ出される。
最後まで命乞いをしていた。
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