第95話 義信帰還
義信は腹をすかせながらも、駿河を目指し、三河を抜ける。
戦に敗れた時に兵糧を失っており、僅かに残った物を分け合いながら進む。
降伏が認められれば、ヒロユキから食事を貰うことも出来たが、無碍に断られた為に三河で兵糧の補充も出来ずに、唯々、進むだけであった。
「虎昌、兵糧だけでも何とかならなかったのか?」
飯富虎昌に三枝昌貞は文句を言う。
「仕方ないだろ、話し合う余地もなかったのに、兵糧を分けてくれなど、どう言えば良いのだ。」
「しかしだな、このまま遠江を抜けれるのか?」
昌貞が言うとおり、兵糧も無しに三河を越えるだけでも厳しかったのに、遠江を抜けれるとは思っていなかった。
「なに、遠江にはいったら、引馬城の飯尾連龍殿に兵糧を分けて貰おう。」
虎昌は安易に考えていたが・・・
「どの面下げて此処に来た!お前達のせいで領内の者が多く死んだんだぞ!」
連龍に門前払いされる。
「飯尾殿、義信様にそのような態度で宜しいのか?
後で後悔なさいますぞ!」
「我等はヒロユキ殿につく。」
「なっ!ヒロユキ殿も武田に反旗をひるがえした訳ではござらん。
此処で我等と揉めると後の禍根となります。
今一度、お考え直しを!」
「ふん、攻めておいて何を言う。
確かにヒロユキ殿が反旗をひるがえした訳では無いな。
お前達が裏切ったのだな。
あれ程の英雄を裏切る武田を信じれる訳が無かろう、首をとられんだけ感謝するんだな!」
虎昌がどれだけ頼み込んでも連龍が援助してくれる事はなかった。
その後、遠江のどの国人領主達も義信に援助することはなく、あまりの飢えから民を襲い、食料を巻き上げる事で、何とか今川館にいる信玄の元まで戻ることに成功した。
「父上、申し訳ありません・・・」
城に入るとすぐに信玄と面会が叶ったが・・・
「良くも顔を出せたものだ、お前には羞恥心と言うものが無いのか!」
「父上、何を・・・」
信玄の目はゴミを見るような冷たいものであった。
「お前のせいで、上洛は夢と消えたわ!
何故ヒロユキを其処まで憎む!いや、そんな事より何故三河に攻め込んだ!
お前ごときが勝てると思ったのか!」
「しかし、父上。奴は裏切り者です、必ずや武田に仇なす存在になります、
見てください、もうすでに遠江が奴の手に落ちそうです。」
「それは全てお前が無能だからだ!
此度の敗戦で日和見の奴らに付け上がる隙を見せおって!」
信玄は怒りのあまり、立ち上がり、義信を蹴る!
「ぐっ、父上・・・」
「お前が引き起こした事態をどうするつもりだ、このたわけ者が!」
信玄に叱責され、義信はうつむく、
「義信、お前は廃嫡とする。以後は寺に入り出家して、余生をすごすが良い。」
「なっ、父上、それは・・・どうかご再考を!」
「ならん、それぐらいせねば、他が納得すまい。
くそっ、お前などいなければ良かったんだ!」
信玄は怒りながら、どうすれば良いか考えていた。
そして、義信に背中を見せた瞬間・・・
ザクッ!!
義信に背中から脇差で刺される。
「グッ、義信・・・」
「父上が悪いのですよ、武田は私がおさめますので、御安心を・・・」
義信は更に深く突き刺す。
「お、おまえでは・・・むりだ・・・」
「まだ、言うか!さっさと死ね、クソ親父が!」
義信は一度脇差を抜き、信玄の首筋を斬る。
「むねん・・・」
信玄は義信の手によって息絶える。
あまりの光景に近習達が固まっている。
まさか、嫡男の義信がこのような暴挙に出るとは思ってもいなかった。
「虎昌を呼べ!」
義信が近習に伝える、
しかし、動こうとしない。
「武田の当主はこの瞬間から私になったのだ!命令に従え!」
近習は慌てて、飯富虎昌を呼びに行った・・・
「義信様、どうなりましたか?・・・こ、これは!」
虎昌は信玄の死体を見て固まる。
「虎昌よ、見ての通り、父上は死んだ。
これからは私が当主となる。これからも私に従ってくれるな。」
「・・・」
虎昌は声が出ない。
「虎昌!傅役たるお前は私について来てくれるよな。
なあ、頼む、私の為に力を貸してくれ。」
義信はすがるように虎昌に頼み込んでくる。
虎昌はその姿に覚悟を決める。
この身が果てるまで義信を支えよう。
たとえ地獄に落ちることになろうとも・・・
「義信様、私は傅役にございます。最後までお供致します。」
「おお、虎昌!お前がいてくれたら何とでもなる。
さあ、今後について話そうではないか。」
義信と虎昌は今後の行動に話し合う。
武田の凋落が迫っていた。
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