第43話 帰陣
「信玄公、今戻りました。」
俺は松山城を包囲している信玄に戻った事を伝える。
「早かったな。」
「ええ、着いた日の晩には落としましたから。」
信玄はその報告に目を丸くする。
「なっ、早すぎないか?」
「山城でしたからね、楽なものでした。」
「普通は山城の方が苦労するのだがな。」
信玄はヒロユキの普通と違う言葉に呆れている。
「して、信玄公にお願いがありまして。」
「聞こう、これ程の手柄を立てているお前の頼みだ大体は聞いてやる。」
珍しく頼み事をしてきたヒロユキに信玄は喜ぶ、上野一国を落とし、今また城を1つ落としてきた者の褒賞に頭を抱える所だったのだから、ヒロユキの望みは渡りに船だった。
「ありがとうございます、
実は落城の際に約束したのですが城主三田綱秀とその娘笛の身の保証をしていただきたく。
そして、その笛の婚姻相手は本人に選ばせるということを確約していただきたいのです。」
「そんな事か?構わん、ワシの名で約束いたそう。」
信玄はヒロユキの願いがあまりに小さすぎる事に肩透かしを喰らった気分だった。
「ありがとうございます。」
「ヒロユキ、そんな小さな事よりもっと大きな望みを言え、このままだとお前の褒賞は増える一方ではないか。」
「うーん、そうですね!じゃあ、今回の作戦は少し無茶な行軍でしたので兵に大盤振る舞いしてもらえますか?」
「わかったが、それもお前への褒賞じゃないだろう。」
「まあ、くれる分で満足しますから。大丈夫ですよ。」
欲のない答えにまた信玄は悩む事になる。
コイツはわざとワシを困らす為に手柄を立てているのではないかと疑いたくもなる。
まあ、贅沢な悩みであるが・・・
一方、氏康も頭を抱える事となる。
「その報告は本当なのか!」
氏康の元に来た連絡は耳を疑いたいものだった。
氏政が事もあろうか、道中ヒロユキを侮辱した上、着いたその日の晩にヒロユキ率いる武田軍のみで城を陥落させ、翌朝に帰ったとの事だ。
氏照が長く落とせていない城を一晩で落とした事に驚愕もするが、
その手筈を見る機会が失われた事、
氏政の愚行で今後の付き合いが難しくなることを考えると頭が痛かった。
「早い内に謝罪をせねばなるまいな。」
信玄と氏康、二人の英傑がヒロユキ一人に頭を悩ませる事になっていた。
「ヒロユキ殿此度は私の息子氏政が礼を失する真似をしたようで申し訳ない。」
本隊と合流した翌日に氏康が武田の陣を訪れ、俺に謝罪をしてきた。
「いえいえ、構いませんよ。お約束通り城は落としましたから、以後の統治は仁のある統治をお願いします。」
「それは勿論だ、しかし、それでは私の気がすまない、どうだろう。戦が終われば小田原に招き歓待したいのだが?」
「それには及びません、戦が終われば早く領地に戻らないと、まだ、治め始めた所ですから、何かと不安なものなのです。」
俺は小田原城に入るのは避けたかった。
氏政と揉めた以上、何処で暗殺の危険があるかわかったものじゃない、特に北条には風魔がついている。
警戒を解くわけにはいかなかった。
「そうですな、小田原に入ってもらうわけには行きませんか。それならば、これを受け取ってくれないか?」
氏康は一振の刀を出してきた。
「これは?」
「日光一文字といわれる、北条に伝わる銘刀だ、此度の謝罪として受け取って欲しい。」
俺はこの刀の謂れを思い出す。
日光一文字は北条早雲がもらい受けた、代々伝わる宝刀だったはず・・・
「このような宝刀受けとる事は出来ません。逆に御家中に恨まれる事になるでしょう、御気持ちだけで充分にございます。」
「いや、援軍に行ってもらいながら侮辱するなど、許される行為ではない。本来なら切腹させても仕方ないのだが、私も人の親、どうかこれでおさめていただきたい。」
氏康が頭を下げ、刀を渡してくる。
どうしたものかと考えていると。
「受け取ってやれ、そうでないと氏康殿の面目が立たん。」
信玄が現れ、助言してくれる。
「わかりました。氏康殿ありがたく頂戴致します。」
「うむ、この度はすまなかった。これにて無かったことにしていただいたい。」
「ええ、勿論、このような物を頂いたのです。この一件は水に流すと約束致します。」
俺と氏康の間でこの一件は終わったのだった。
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