第38話
〈海のようだな〉とアドルフが呟く。
「スキューバーでもやったことが?」
〈ああ。海底は静かでいい。俗世のことを忘れられる〉
「海の中って、こんなに重たいものなのか」
〈肌で感じる海はもっと重い〉
「肌って。〈アウター・ワールド〉だろう? その海」
〈生存者たちは、いつか見るんだろうか、いつか本物の海を〉
ぼくは思わず、上を見上げる。〈ファントム〉が飛んで行った方向を。不思議なことに頭上には星が瞬いていた。外界を映すスクリーンになっているらしい。エディがいれば、尤もらしい理由が附随するんだろう。
海底に近づくと、隆起した地形だと思っていたものが、何らかの構造物の残骸であることが解かった。化物と〈コントラクター〉たちの交戦の痕跡だろうか。敵は夥しい数だったとはいえ、化物一体がやったにしては、大規模にも感じられるが……。あるいは、老朽化した施設や部品が投棄され、長年堆積したものなのかもしれない。
〈カイル。見つけた〉とクレア。〈まだこっちに気づいてないみたい〉
「気づいてない?」
〈浮かんだまま、動き出す気配がないの〉
「釣られているんだよ」
物陰に潜んでいた〈スイマー〉と合流し、ぼくも様子をうかがう。……確かにあいつだ。四肢を身体の前に畳み、蹲るような姿勢で化物が浮かんでいる。アドルフたちは化物を包囲するよう部下に指示を送った。〈サークレット〉の戦闘機は静かに、物陰から物陰へと移動しながら、あの化物を取り囲む。
「〈プロテージ〉。ぼくたちがあれの動きを止めるから、あんたは隙を突いて仕留めてくれ」
アドルフの合図で、彼の部下たちが「補強材」を斉射した。「補強材」は着弾の衝撃で固形化すると共に、周囲から温度を急速に奪っていく。化物は蹲ったまま氷結し、急接近した〈プロテージ〉がそれを叩き割った。
〈やったぞ〉とアドルフが歓声を挙げたのも束の間。
〈うわああああ〉兵士の一人が悲鳴を挙げた。〈なんだ、こいつ!〉
周辺に堆積した瓦礫の陰から、腕が伸びる。瓦礫をよじ登るその腕の持ち主は……あの化物。背後で物音がした。振り返ると、別の瓦礫の隙間から視線を感じた。そこにも、あの化物だ。二体目、三体目……いや、それどころの話じゃない。気づけばぼくたちは、十を超える数の化物に包囲されていた。
「エディの奴、生体反応は一つしかないっていっていたのに」
すると、意外なことに、アドルフが反論の声を挙げた。
〈あの化物はただの機械なんじゃないか?〉
「本体が別にあるってことか」
だとしたら、大問題だ。ぼくたちは誰も本体の風貌をしらない。〈スフィア〉の構造物に収まる大きさなのか。他の化物連中に紛れられる容姿なのか。
「〈プロテージ〉、あんた探し出せないか? 〈スフィア〉の制御中枢がどこにあるのか。前線基地でやってみせたみたいに」
「了解」〈プロテージ〉の背面から泡が吹き出し、周囲の水が白く濁る。「あなたたちは――」
「時間稼ぎ、だろう?」
たった一人がこれだけの数を操っている弊害だろうか。化物一体の挙動は〈ミグラトリー〉の残骸の中で見たときよりもぎこちなく、動作自体も少し緩慢に思えた。水中、重力。あのときと異なる要因は他にもあるため、どれがあの化物の脚を引っ張っているのか、本当のところは解からないが、標的を絞り、こちらが徒党を組んで殴りかかると、一体、二体と化物は沈黙していった。
〈ふん〉アドルフは鼻息を鳴らした。〈所詮は見かけ倒しか〉
息も絶え絶えでなければ、その見栄も格好がついたのに。
徒党を組んでといったが、それを指揮するのはアドルフだ。軍隊における組織というものがどういうものなのか、ぼくには想像できないけれど、成果を見るに彼は意外にも、役職を担うだけの素養があるのかもしれない。
〈スイマー〉が翻弄し、アドルフの部下が化物を凍らせ、ぼくとアドルフがそれを叩く。そういう連携で、三体、四体と化物を倒していく。しかし、積み上げた功績に反して、敵の数が減らない。倒しても、倒しても次々に沸いてくる。
十を超える化物を倒した頃に〈プロテージ〉はいった。
「見つけた」
〈中枢を落とせば、これらは止まるのだな?〉
「おそらく」と〈プロテージ〉
すると、僅かな逡巡のあと、アドルフはぼくとクレアにいった。〈お前たちは、中枢を落とせ〉
「あんたたちに、こいつら全部の相手ができるのか?」
〈お前に兵士の指揮が務まるのか?〉
「それは――」
〈余計な心配する暇があったら、さっさと中枢を落としてこい。《プロテージ》お前は残ってわたしたちを手伝え〉
「……了解」
化物は無視できないし、〈ファントム〉への砲撃を防ぐためにも、中枢は早急に押えなければならない。……二手に分かれざるを得ないか。
「クレア、行こう」
〈ええ。さっさと倒して、早くエディたちと合流しよう〉
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