第37話
「どう戦うつもりなんだ? まさか、無策ってわけでもないんだろう?」
ぼくはアドルフの戦闘機に通信を繋ぐ。
〈当たり前だ! 標的は水中に潜んでいるのだろう?〉
冷却水か、あるいは断熱材の役割を果たしているんだろう。〈スフィア〉の九層目は液体で満たされているそうだ。
〈ならば、凍らせるまでよ〉
「どうやるんだよ。そんなこと」
〈《ミグラトリー》の外壁補強材を使うんだ。榴弾が命中すると急速凍結する液状材質を撒き散らす。それ自体が超低温になるから、そこが水中だというのなら、周りも凍らせられるという寸法だ〉
まあ、確かに空間そのものを凍らせてしまえるのなら、あの化物の機動力と怪力を封じられるかもしれない。
途中で迎撃される事態を想定して、退避中の〈ファントム〉の航路と〈スフィア〉の間に入らぬよう、〈サークレット〉の船は迂回しながら彼我の距離を詰めていく。道中で小惑星を見つけるとその陰に船を隠し、ぼくの〈プロスペクター〉とアドルフやその部下による総勢十数機の戦闘機は、ひっそりと〈スフィア〉の表面に着地した。
「……広いな」
ここには、宇宙と地上の境がある。見渡して、そんなことを思った。ドーナツ型の〈ミグラトリー〉では地平線なんてものは拝めない。
〈なにせ、恒星の上だからな。《ミグラトリー》とは比べものにならんだろうよ。だが、標的は一つ。たった一つだけだ。場所は合っているんだろうな〉
「ああ、エディは何度かソナーを飛ばしたらしいが、生体反応はこの場所から全く動かなかったそうだ」
〈星一個分の面積を探し回るのは骨が折れるぞ〉
「大丈夫だよ。うちの通信士兼操縦士の腕は確かだ。根を張ったように動かないのは中枢装置と直結する必要があったのかもって」
〈根を張るように……か。《スフィア》は全部で九層から成るといっていたな〉
「それが何か?」
〈古い話を思い出しただけだ。罪人が集まるかの地では、その罪に応じた九つの地獄に辿り着く。奥へ行けば行くほど、そこで受ける責苦は苛烈なんだそうだ〉
アドルフの話の間に、彼の部下が工具を使って〈スフィア〉の外殻をくり抜いた。できた穴から風が吹き出す。大気があるのか。まあ、それでも呼吸ができるとは思えないが。
外殻に開いた穴へと飛び込むと、突然全身に圧力がかかった。そして、機体が〈スフィア〉の中心に向かって吸い寄せられていく。ぼくは〈プロスペクター〉のバーニアを吹かして姿勢を整えるが、その吸引力には抗えない。
「ここ、重力があるのか」
〈当然だろう。恒星を包んでいるんだぞ〉
「板一枚隔てた向こうじゃ何も感じられなかっただろう」
〈異星人の技術なぞ、わたしには解からん〉
そうかい。とはいえ、フランシスに通信を繋ぐわけにもいかない。勝手に飛び出したこと、怒っているだろうから。もう二度とそれを聞くことはないんだろうと思うと、彼女の高説も恋しく……ならないな。やっぱり。
アドルフや彼の部下たちと共に落ち続けること十数秒。一層目と二層目の境に辿り着いた。
「一層目の地獄ってどんな感じなんだ」
〈なんだ、急に〉
「急にって、さっきの話だよ」
〈ああ。何もない〉
「何も?」
〈苦痛もないが、希望もない。悠久の時を彷徨い続ける地獄だ〉
「それじゃあ、これから向かう最奥部(第九層)は?」
〈裏切り者の地だ。嘆きの川(コキュートス)が流れる冷たい世界で、その地に辿り着いた者は永遠の寒さに凍える〉
二層から三層へ。三層から四層へ。五層。六層。七層――。進むに連れて重力が増していく。だが、特筆すべきはそれだけで、迎撃部隊なんかの襲撃も、トラップの発動といった事態は起こらない。これは――。
〈誘い込まれているな〉とアドルフ。
……だろうな。
悪い予感の直後、背後から急速接近してくる機影がセンサーに表示された。ぼくは身構え、頭上を見る。しかし、敵機であれば鳴るはずの警告音が鳴らない。もう一度センサーを確かめると、接近してくる二つの機影は味方の識別信号を発信していた。
「全機、待ってくれ」
迎撃態勢を取っていた〈サークレット〉の兵士たちにいう。それから、ぼくは接近してくる機影に向かって叫んだ。
「どうしてついて来たんだよ! クレア!」
〈カイルの大馬鹿!〉耳を裂くほどの怒声。〈こっちはあなたのせいで、恥をかかされたんだから!〉
「何の話だ」
〈妹の前で、よ!〉
「はあ? そんなことをいいに、態々こんなところまで来たのか?」
〈当たり前でしょ! ……ここでいわなきゃ、もういえないんだから〉
〈おい、あいつ――〉頭上を見上げる兵士の一人が声を震わせていった。〈取調室に現れたやつだ!〉
どちらのことをいってるんだろう。ぼくは〈スイマー〉と、その背後の機影……〈プロテージ〉を見上げる。
〈室内で火器をぶっ放した奴か?〉
ああ、そっちか。
〈ええ? あの兵器の?〉
慄く兵士の声から恐怖が全体に広がっていき、兵士たちがどよめき始めた。
〈落ち着け。事態が事態だ。あいつにだって状況くらい見られるはずだ〉
アドルフがなんとか部下を収めようとする傍らで、状況を見られる奴が文句をいうためだけにこんなところに来るかなあと、ぼくは考える。
「〈プロテージ〉。あんたは何でここに?」
「エディとの契約。彼が船を運転する代わりに、わたしがあなたを支援する」
「あんたが自分で船を動かせば良かったんじゃないか?」
「自立型端末(わたし)は手動制御型端末(〈ファントム〉)を操縦する権限を持たない」
機械の中でも上下関係ってやつがあるのか。
〈全機、そこから離れて!〉
所属も命令系統も関係なく、全員がクレアの指示に従った。ぼくたちが元いた場所から離れると、クレアの背後にいた〈プロテージ〉が腕を前に突出し、白銀のドリルを出現させた。ドリルは高速で回転しながら、ぼくたちの足元――八層と九層の境界に大穴を開ける。
〈お先に!〉
ぼくたちを追い抜いた〈スイマー〉と〈プロテージ〉が真っ先に大穴へと突っ込んでいった。ぼくは苦笑いを、アドルフたちは困惑しながら後へ続く。
ソナーによる探査の通り、隔壁を抜けると、そこは水中だった。
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