第18話
「冗談を言うタイミングはもう前に過ぎてるぞ」
〈大真面目だ。そもそも、ぼくたちはあれを破壊する必要はない。軌道を逸らすだけでいい。だから《ウェーブ》で空間ごと、あの飛翔体の位置をずらす。押し出すのは空間であって、あの飛翔体じゃない。エネルギーを吸われることもないはず〉
エディの口調はぼくたちに説明しているというよりも、自分を説得する感じだ。
〈こいつは古いができたのが昔なだけで、導入されているテクノロジーは、ぼくたちの文明の遥か先を進んでる〉
ぼくとフランシスはモニター越しに見つめ合い、エディが正気を失ったのかどうか目で語り合う。
〈材質と構造強度の調査は随分前にやってある。飛翔体の解析も大部分が調査済みだ。間違いがなければ居住区画と動力機構は、ほぼ無傷で済む〉
「公算は?」
〈エディが計算したっていうなら、その通りなんだろうさ〉とマクスウェル。
「そう言う割には浮かない顔じゃないか」
〈後のことを考えてんのさ〉
〈費用は助けた連中が持ってくれるさ〉とエディ。
「後のことは考えるな、じゃなかったのか?」
〈不安で手が止まるのは建設的じゃないって話をしたんだ〉
そんな話をしながら、〈ミグラトリー〉の迎撃砲を破壊していると、湾口から複数の機影が発進したのを見つけた。〈サークレット〉の連中、やっと現れたか。
〈注意しろ〉とエディ。〈あれは仲間じゃない〉
「敵だの味方だの、言ってる場合か?」
〈どうして現れたのかを考えろ。飛翔体はまだずっと先だ。なのに連中、輸送機じゃなく、迎撃機を発進させたんだぞ。この辺りで迎撃されるとしたら誰だ?〉
それは……なんて考える間もなく、銃弾が飛んできた。
「あいつら、あの《赤いの》を撃ち続けたらどうなるか、まだ解かってないのか?」
こっちだって、これまでの仕打ちを赦したわけじゃない。だけど、〈ミグラトリー〉の中で暮らす数百万人のことを思えば、あのデカブツを止めるのに手を貸すのに躊躇いはなかった。
なのに、あいつらは、この期に及んでぼくたちを撃ってきた。くそっ。
〈下がれ、カイル〉と、マクスウェルが後ろから声をかけてきた。
「まだ砲門は残ってるぞ」
〈だからってここで消耗するわけにもいかないだろう。最優先事項は《ファントム》を《赤いの》にぶつけることだ〉
「……解かったよ。クレアの方はどうだ」
〈上よ〉
見上げると、丁度ぼくの頭上に〈スイマー〉がいた。〈スイマー〉はぼくとマクスウェルの〈プロスペクター〉を尻先のアームで懐まで引き寄せると、抱きかかえるように固定した。
ぼくたちが砲門を壊している間に、エディは〈ファントム〉を飛翔体へ接近させていた。〈スイマー〉は急加速して、〈ファントム〉を追う。
〈タイミングが重要だ〉エディは言う。〈《赤いの》に突っ込んだあとは《ファントム》の推進力で押し込んでいくわけだが〉
「悠長に話してないで、要件を言ってくれ。こっちは後ろから撃たれてるんだ」
〈カイルを運んでるのも、弾を避けてるのもわたしだけどね!〉
〈頼りになるよ、お嬢様〉とエディ。〈その調子で、《ファントム》が《赤いの》を押し退けている間に時間稼ぎをしてくれ〉
余計なことをいうから、損な役回りを押し付けられるんだ。
「こっちは自分でどうにかするから、ぼくたちのことはこの辺りで離してくれて構わないぞ」
〈あなたたちも一緒に決まってるでしょう、相棒〉
ぼくとマクスウェルは互いの表情を確認してそこに諦観を確認すると、武器の用意を始めた。
〈スイマー〉は付近に小惑星が密集している地点を見つけると、物陰にぼくたちを降ろし、敵機の陽動を買って出た。ぼくとマクスウェルは〈スイマー〉を追う連中の足元を釘打ち銃(ネイルガン)で撃ち抜いて行く。
〈……駄目だ〉エディが深刻そうにいう。
〈駄目って?〉とクレア。
〈距離が足りない〉
〈速度ならもっと出せるだろう〉とマクスウェル。
〈《ウェーブ》のエネルギーを取っておかないと〉
「エディ、あいつの軌道予測図をスクリーンに映してくれ」
〈なんだ。カイルが受け止めてくれるのか?〉
エディはぼくのスクリーンに実寸の飛翔体を投影した。でかい。大き過ぎる。〈プロスペクター〉のメインカメラも思わず見上げるくらいのサイズだ。
データの受信通知のあと、スクリーンに弧を描く光の筋が奔った。このまま行けば飛翔体は、ぼくからそう離れていないところを通り過ぎる。
〈どうするつもりなの?〉とクレアから通信が入った。エディは他の奴らにもデータを送ったのか? 親切なことで。
「あいつをどうにかできるのが他にいないなら、ぼくたちがやるしかないだろう」
〈まさか、受け留める気?〉
「ぼくがそんな献身的に見えるか?」
〈プロスペクター〉が〈アトラクト〉を射出する。射出した〈アトラクト〉は、ワイヤーでぼくの〈プロスペクター〉の腕と繋がっている。
「セット!」
〈アトラクト〉が起動すると、それを中心に周囲の鉱石を含んだ岩石が渦を描くように集合していく。ぼくはその様子を確認しながら、近くの小惑星に取り付いた。そして、脚部の鉤爪を展開し、乗機を固定する。その間に、〈アトラクト〉が吸引していた岩石は〈プロスペクター〉の三倍程度の大きさになっていた。
「フランシス、今更で悪いが、〈ファントム〉の尻は頑丈か?」
小惑星に固定されたぼくの〈プロスペクター〉は、全身の推進装置を大きく吹かす。足元の小惑星がゆっくり――本当にほんの僅かずつ、〈プロスペクター〉を軸に回転を始めた。
〈まさか、それをこっちに飛ばす気?〉
「万が一の場合だ。あのデカブツに向かってこいつを投げる。〈ファントム〉の傍をこいつが通り過ぎようとしたら、アンカーを打ち込め」
〈慣性に乗れってこと?〉
隕石ごと回転するぼくたちに引っ張られるかたちで、〈アトラクト〉が寄せ集めた小惑星の塊も回転を始めた。ワイヤーから遠心力が〈プロスペクター〉の腕に伝わり、コクピット内に過負荷を報せる警告音が鳴り響く。
「起動予測はエディが組んだОSの計算結果だ。もしものときは、エディを恨めよ」
〈ちょっと待って!〉フランシスの顔はすっかり青褪めている。
〈万が一?〉エディは不敵に笑う。〈そんなことは在り得ないね。やれよ、カイル。その賭け、乗ってやる〉
スイングしている小惑星の塊の速度を量りつつ、射出角を設定。いよいよワイヤーを切り離すってときがきた。しかし、僅かにそれより早く、〈プロスペクター〉の関節が音を上げた。コンソールにエラーが表示された。ワイヤーは? 切り離しに成功している。小惑星の塊は? 〈ファントム〉と〈真赤なデカブツ〉目がけて飛んでいる。
どうだ?
ぼくが放った小惑星の塊は〈ファントム〉の脇を通り過ぎ、〈ファントム〉から発射されたアンカーは狙い通り小惑星の塊を射抜いた。ここまでは計算通りだ。
あとは、どうだ?
加速した〈ファントム〉が〈赤いデカブツ〉目がけて突進した。船底を中心に空間が波打ち、その波を断つ船首が虹色に輝く。輝きを帯びた〈ファントム〉の接近に伴い、僅か……ほんの僅かではあるが、起動予測図にも変更が観られた。期待通りだ。時空の波は、空間ごとあの〈赤いデカブツ〉を押し流している。内包する熱量の上昇も、身体の膨張も見られない。
〈イケるぞ!〉とマクスウェル。
ぼくは起動予測図が描く、弧を辿っていく。当初の軌道からは逸れている。それは間違いない。……しかし。
「まだだ。エディ! もっと押し込め!」
起動予測図が描く弧は、飛翔体の軸の移動を線として表現したものだ。〈ウェーブ〉が〈赤いデカブツ〉を押し流したことによって、その軌跡は〈ミグラトリー〉を通らない。だけど、その身体が膨れ上がっているせいで〈ミグラトリー〉への直撃を回避するまでには至らない。
〈ファントム〉は懸命に〈赤いデカブツ〉を押す。しかし〈ウェーブ〉のエネルギー消費量は膨大で、その影響が各所に現れ始めた。照明の停止。推力の減衰。通信も途絶する。〈スイマー〉が持ち前の超高速で〈ファントム〉に取りつき、衰えた推進力を補おうとする。だけど、〈ファントム〉の船首の輝きは衰え、〈赤いデカブツ〉の予測経路を示す弧線の動きは止まってしまう。もっと、もっと押し流さなくては。そんな思いも虚しく、遂にエネルギーを使い果たした〈ファントム〉は、〈スイマー〉ごと〈赤いデカブツ〉に押し返されてしまった。
依然、〈赤いデカブツ〉の推力は衰えぬまま。暗黒の中を漂う〈ファントム〉を尻目に、ぼくとマクスウェルの〈プロスペクター〉は〈ミグラトリー〉へと迫る〈赤いデカブツ〉を追う。揃ってワイヤーを射出し、〈赤いデカブツ〉を引っ張ろうと試みるが、〈赤いデカブツ〉はぼくたちを引きずり、侵攻を続ける。警報機が推進器の高温を感知して警報を鳴らす。ぼくもマクスウェルも、構わずペダルを踏みこむ。
もっと。もっと、だ。四肢が焼き切れても構わない。この〈デカブツ〉を止めるんだ。ここで止めるんだ。ぼくたちが……ぼくが止めるんだ。ここで食い止めなければ、その先には何百人もの市民がいる。
突然のことだった。ぼくは呆気に取られる。機体が不意に軽くなり〈デカブツ〉が遠ざかっていく。視界を何かが横切った。腕だ。ワイヤーを握っていた〈プロスペクター〉の腕が、火花を散らしながら舞っている。
〈デカブツ〉が遠ざかる。
ぼくは、ぼくの気は動転していた。
寸前まで傍にあったあの〈デカブツ〉がどんどん遠く離れていく。〈デカブツ〉に無数の亀裂が奔り、そこから強い輝きが漏れ出す。
そして、小さな爆発が起こった。
それから、途方もない大きさの爆発が起こった。
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