三章 星の輝き
第16話
〈ミグラトリー〉の中に閉じこもっていては気づけないことがある。一つは自分たちの住む世界が人工物であるってこと。人が宇宙に出る前の、まだ星で暮らしていた頃は、世界を造ったのは神様だった。どんな神様が何の目的でってところが揉め事の火種になることもあったそうだけど、自分たちとは別の、大いなる存在によって築かれたものだって見解は一致していたそうだ。大自然の恵み、神の施し。まあ、何と呼ぶにしろ、自分たちが立つその土壌は他の誰かのものだから、自分たちの都合通りにはいかないものだってことを弁えていた。
一寸先は闇。今や、そのことを理解しているのは、不意の隕石やデブリの飛来や作業中のガス爆発なんかの危険に晒される採掘屋くらいのものだ。それ以外のことは大抵、想定通りに事が運ぶ。……〈ミグラトリー〉の中においては。
〈何をやらかしたんだ?〉
港湾に忍び込ませた〈プロスペクター〉に乗り込み、〈ミグラトリー〉を脱出したぼくたちが〈ファントム〉と合流しようとしたその道中、三体の採掘作業機がデブリの影から現れ、通信を申込んできた。
「ぼくたちを笑いに来ただけなら、さっさと戻った方がいいぞ。ネッド」
〈盛り上がっているらしいじゃないか。軍の連中と喧嘩でも始めるのか〉
「違う」
〈隠すことないだろう。自分だけ楽しそうに。おれたちも一枚噛ませろよ〉
「この人たち、仲間なの?」
ぼくのコクピットに同席しているクレアがモニターを覗き込んだ。
「同業者だよ。……ぼくの方は辞めたから『元』か」
仕事中は採掘資源を巡って出し抜きあうが、酒場で顔を合わせたらカウンターに並んで愚痴を漏らしあう。その程度の付き合いだった。
〈手伝ってもらえるんじゃない?〉
「ぼくに責任を擦りつけて憂さ晴らしをしてやろうって魂胆なんだよ。そうだろう。ネッド」
〈《サークレット》の連中に文句がある奴は、お前たちだけじゃないんだぜ〉
「文句よりも建設的な伝言を頼みたい。他に外で作業している奴らを見かけたら、今すぐ一帯から離れるように伝えてくれ」
ぼくが真顔で言うのを見て、ネッドも深刻な顔になった。
〈何が起こるんだ?〉
「さあな。解っているのは『あれ』が来たってことだけだ」
〈あの声の?〉
「ああ『破滅』だ」
〈何を呼んだんだよ。お前〉
「呼んでない。いいがかりなんだよ。何もかも」
〈これからどうするつもりだ〉
「止めるに決まってるでしょう!」と後ろからクレアが怒鳴る。
「……そういうことだ」とぼく。
こちらが通信を切ると、ネッドたちの機体は散開した。次いで、クレアが後ろから身を乗り出しマクスウェルの乗機と繋ぐ。
「フランシス、〈スイマー〉の予備機は?」
呼ばれたフランシスが、マクスウェルの後ろから顔を出した。
〈整備はしてある。だけど、残っていた部品の都合で、あなたが壊したものと比べて推力が落ちる〉
「なんだか、棘がある言い方ね」
〈傑作品だったのよ!〉
クレアとフランシスの言い争いは〈ファントム〉と合流してからも続き、ぼくとマクスウェルは苦笑いを浮かべるしかなかった。
〈なあ、カイル〉
クレアとフランシスがデッキに降りるのを見送る最中、マクスウェルがいう。
「なんだよ」
〈今は、お嬢様を助けたの、ちょっと後悔してるだろう〉
「……止めてくれ」
思わず漏れた溜め息の直後、コクピットのアラームが鳴った。今度はエディからの通信だ。
〈どうしてこんなことにって思っているか?〉
「それはもう、ずっと前からな」
〈状況を再確認しておこう〉
「どうぞ。物覚えが悪いんで、手短に頼む」
〈真赤に輝くバカでかい飛翔体が《ミグラトリー》を目指してやってきた。以上〉
「何度聞いても状況は同じか……」
〈こちらの要望に合わせて進路を変えてくれると思ったか?〉
「そう期待したくもなるさ」
〈ぼくたちが無関心なだけで《ミグラトリー》は何度だって危機に瀕してきた〉
話の続きをフランシスが引き継いだ。
〈年間、どれだけの隕石が防衛システムに迎撃されているか知ってる?〉
「さあね。監視するのはぼくの仕事じゃない」
〈千三百五十二個〉
「ご高説どうも。詳しいんだな」
〈常識でしょう〉どんな常識だ。〈官庁の広報誌に載ってるじゃない。見てないの?〉
「行政オタクでもないんでね」
〈エディは。知ってるでしょう?〉
エディは答えず、苦笑いをぼくに見せた。
〈起こっていることそれだけ見れば、これまでに《ミグラトリー》が何度も対処してきたケースと同様の事態だ〉
そういうものの、エディの表情は強張っている。エディだけじゃない。フランシスやクレアも。そして、マクスウェルも。気楽な顔をしている奴は一人もいない。
「〈ミグラトリー〉の中にはどれだけこのことが広まっているんだ」
〈避難警報は出ている〉とエディ。〈ただし、ガス漏れって話だ〉
「報せてないのか?」とマクスウェル。
〈《プロテージ》の件があったから、慎重なんだろう。飛翔体、だったか。《ミグラトリー》に辿り着くまでにあれを壊せたなら何の問題もない〉
「大した自信だな。連中は」
〈千三百五十二個〉とフランシス。〈自信を持つには十分な根拠でしょう?〉
〈機械を卸しているのはうちの会社だけどね!〉とクレアは自慢げに言った。
〈へえ、手広くやってるんだな〉とエディ。
「流石だな。一流企業は違うよ。従業員の腕が」
いったぼくをクレアが睨み、空かさずフランシスが〈従業員じゃない〉と口を挟む。〈生産ラインはオートマチック〉
「それなら結局、その数字は誰の手柄だ?」モニターの向こうで頬を膨らませるクレアと目が合った。それから〈スイマー〉の機影がスクリーンに見える。「いや、その生産ラインを持ってるクレアたちが一番なんだろうな。きっと」
〈どうした、突然。思ってもないことを〉とエディ。
〈宥めておかないと、腹癒せに後ろから弾が飛んでくるって気づいたんじゃない?〉とフランシスが続く。
〈ちょっと、わたしを何だと思ってんの!〉とクレアの頬が更に膨らむ。
「お嬢様」と三人の声が揃う。
念を入れて身体の各所を押したり握ったりして、作業服の気密に異常がないか確かめていると、レーダーの取得情報が更新された。計器が示す方向には、赤い輝きがある。あれが〈銀ピカ〉の言っていた「破滅」か?
〈見惚れるのも解かるが〉とエディ。〈周りにも気を配れよ〉
何のことかと機体を回転させると、〈ミグラトリー〉の外壁が開き、裂け目から大型の砲塔が展開しているのを見つけた。あれがこれから飛翔体を撃ち落とそうっていうのなら、今のぼくの位置では射線に入る。
〈見た? あの砲塔。太さと長さ。バケモノみたい。そもそも、あれだって飛来する隕石用の迎撃装置だけど――〉些か興奮しているフランシスは早口で続ける。〈あれを持ち出す必要に迫られることなんて滅多になかったの。知ってる? 最後にあれを使ったのは、わたしたちのお爺さんの世代で――〉
「全く稼動させてないってことだろう? ぶっつけ本番で、今の連中が上手く扱えるものなのか?」
大体、それだけ長い間寝かせていたような装置がまともに動くとは思えないけど。
〈あれは治安維持プログラムによる自律行動。人の手は不要なの〉
〈何でもかんでも、機械任せかよ〉とマクスウェル。乗機の位置をセンサーで確認すると、ぼくの背後にいるのが解った。
「ぼくたちもこのことは他人任せにして、さっさと旅を始めるべきか?」
〈そんなことがお前にできるのかよ〉
「約束だからな。勇み足のクレアをどうにかしてくれるなら」
〈くそっ! ……だから、早く出発しようっていったんだ〉
〈みんな、見て〉とフランシスの声が割り込む。〈始まった〉
〈ミグラトリー〉の防衛システム。その数、六門。ぼくから見える範囲で、だ。その内の一門の砲口から、直線状に光の筋が奔る。光の筋の行く先を目で追うと、赤く輝く飛翔体がそこに在った。
「今のが攻撃か?」
ぼくがそう呟いた直後、辺りが強く照らされた。先ほどの光の筋を追うように、頭上を大きな光線が奔ったんだ。強い輝き。直視していたら、目に焼きつきそうだ。
〈どう? 凄いでしょう!〉
鼻息荒いフランシスの通信モニターが、ぼくの視界に割り込む。
「フランシスが造ったわけじゃないだろう」
〈見ただろう、カイル〉とマクスウェル。〈おれたちの出る幕なんて――〉
〈なんだこれ〉エディが深刻そうに呟いたので、ぼくたちは互いのモニタに視線を戻した。〈一体……〉
光線は直撃だった。それなのに、赤い飛翔体は先程の座標に健在だ。なんだ。「ミグラトリーのとっておき」も、大したことないじゃないか。
治安維持プログラムとやらも、自分の不甲斐なさを恥じたんだろう。二射目は複数の砲門から放たれた。光線は十を超える。全弾が赤い飛翔体に命中したが、赤い輝きは尚もそこに在り、センサーの反応は消えてない。
〈……駄目だ〉
エディが珍しく深刻そうな態度をするから、ぼくは思わず笑いそうになる。
「まるで駄目ってこともないだろう。見た目に変化はなくたってさ」
〈何百年も《ミグラトリー》を守り続けてきたシステムでしょう?〉とクレアもいう。〈それに、接近するまでまだ時間はあるんだもの。攻撃を重ねていけば少しずつ――〉
〈撃たせるな〉とエディ。〈これ以上、あれを撃たせるな〉
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