第15話
ありったけの銃を携えて、ホテルに突入したぼくとマクスウェルは、廊下にかけられた絵画や隅に置かれた調度品の数々にうんざりさせられた。
「成功者っていうのは、自分の通り道まで飾らないと人生が台無しになるとでも思ってんのか?」
「ホテルのパフォーマンスさ。客を大事にしているんだっていう」
「知った風な言い方だな。ウェイターにでもなったことがあるのか?」
「知ってる奴(クレア)がそう言ったんだ」
大半がアドルフの護衛に向かったとはいえ、蛻の殻とは考えられず。ある程度の兵士は残っているだろう。兵士だから当然、銃だって携行している。弾はゴムだが油断はできない。当たれば悶絶必死だ。試しに食らったことがあるぼくが言うんだから間違いない。それはウォルターと街の美化活動に勤しんでいたときのこと。あのときは二日ほど寝たきりになった。
エレベーターまでは難なく辿り着いたが、エディから送られてきた屋内マップを確認すると、これでクレアがいる階まで一直線とはいかないみたいだ。パーティにセミナー、式典と、宿泊や人質の軟禁以外にも様々な用途で利用されている〈ターナー・プレジデントホテル〉は、施設を訪問客が自由に行き来できる区画と宿泊客専用階層、そしてVIP専用階層の三つに分けている。ロビーすぐのエレベータが繋がっているのは先の二つの区画だけで、クレアがいるVIP専用エリアは宿泊客用階層でエスカレーターに乗り換えなければならない。
ぼくとマクスウェルはエレベーターの階層表示を見上げる。ぼくは階層表示の数字が増えていくのを見つめながら、一瞬だけマクスウェルの視線を感じた。
「これはぼくの我侭だ」
「知ってるよ。みんなお前に付き合わされてる」
「クレアが捕まったそもそもの原因も、ぼくだ。キレるにしても、相手を間違えないでくれ」
「クレアと顔を合わせたら、おれが銃をぶっ放すとでも思ってるのか?」
「あんまり言い争うようだと、嫌気が差して、ぼくが先に自分の頭を吹き飛ばすかもな」
ドアが開く。エスカレーターがある円状の大広間までの道のりを、一般客であるかのような素振りで堂々と歩く。
人の気配が全くない。
まさか、全員がアドルフの救援に向かった? そんな大袈裟な。あれはどう見ても、部下に大事にされるっていう器じゃない。
曲がり角に差し掛かったときだ。マクスウェルが腕を伸ばし、ぼくの進路を遮った。「誰か来る」
耳を澄ますと向こう側から駆けてくる足音が聞こえる。視線でマクスウェルに合図を送ってから銃を構えて跳び出すと、そこにいたのはクレアだった。
「なんだ、助けは要らなかったみたいだな」
マクスウェルは顎でクレアの手元を指した。彼女の手には〈サークレット〉の兵士に配布される拳銃が握られていた。
「いや、これはまあ。血相を変えた兵士が突然わたしの部屋に来てね。わたしを見つけたら妙な溜め息吐いて。そうかと思えば慌ててどこかに通信を始めて。あまりに隙だらけだったものだから、こう後ろから」
クレアは拳を振り被る。
「ポカンと」
「護衛が全く見当たらないんだけど」
「そう! そうだった! 大変なの! 通信機……通信機は?」
ぼくはマクスウェルを見る。
「何だっていうんだ」
マクスウェルがポケットから通信機を取り出すと、クレアは奪い取るようにそれを掴んだ。マクスウェルは呆れたように溜め息を吐く。
「何を慌てているんだよ。お嬢様」
マクスウェルの挑発にも乗らず、クレアは通信接続に躍起だ。
「聞こえる? エディ」
〈クレアか? なんだ随分スマートに事が進んだんだな〉
「そうじゃないの。……いや、そうかも知れないけど」
「落ち着けよ」とマクスウェル。
「あなた〈ファントム〉の中に居るんでしょう? 外の様子はどう?」
〈どうって……。変わったことはないけど〉
「〈ミグラトリー〉周辺じゃないの。もっとセンサーを広域にして」
〈広域? ちょっと待ってくれ〉
ぼくたちはエディの返事を待つ。
〈……はあ?〉
「どうしたんだよ」マクスウェルが通信機に向かって言う。
〈《輝き(グリッター)》だ〉
「輝き?」
ぼくの問いに、エディは言葉を絞り出すように答えた。
〈《輝き》が降ってきた〉
その言葉にクレアは青褪め、状況を把握できないぼくとマクスウェルは、困惑して互いの顔を見合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます