第14話

 あいつ? 誰を呼んだ? まあ、誰でもいいか。なにせ、今のぼくは無敵に等しい。アドルフの呼びかけに応えて現れるのが誰であれ、返り討ちにしてやるさ。

〈地面から何かそっちに向かってるぞ〉

 エディの忠告と共に足元が隆起するのを感じて、ぼくは慌てて跳び退いた。大地が裂けて毛むくじゃらの腕が中から現れる。腕は地表に指を食い込ませると、本体を地中から引きずり出した。爬虫類みたいな体表。

「なんだ、あれ」

〈知らないの?〉とフランシス。〈輪状節足コンベヤード・ソーよ〉

「増々、わけが解からないぞ!」

〈怪獣。マリーネ・メナスっていうアトラクションエリアがあるの。参加者は一定のリソースを基に競技用のアバターを設計して、リング上で他のプレイヤーと競い合う。勝てば相手のリソースを自分のものにできて、その分アバターを強化できる。輪状節足コンベヤード・ソーは幾多の勝利を経て、それほどまでの巨体に進化した〉

 次いで、ぼくたちを取り囲むように十二本の石柱が地面から生えた。これはそのリングのコーナーポストってことか?

「説明くさい口振りだな」

 ぼくの呟きに、エディが反応した。〈ぼくが取り寄せた(インストール)パンフに載ってるんだ〉

 ああ、それで。

〈正確な情報が必要でしょう?〉と種明かしされたフランシスがむくれる。

「つまり、あれはキャラクターで、人が操ってるってことでいいんだな」

〈ただのプレイヤーじゃない〉とフランシス。

「確かに相当な悪趣味だ」

〈そういう意味じゃなくて。チャンピオンよ。チャンピオン。二百連勝を誇り、目下連勝記録を更新中〉

「大層な肩書じゃないか」

 しかし、どんな肩書もクレアのライセンスを持つぼくたちの前には通用しない。

「コンベヤーっていうのは、関節についてるあれか?」

〈ベルトは伸縮自在で、どんなところにも手足を伸ばせるの〉

〈コンベヤーってそういうもんじゃないだろう〉とエディ。

〈わたしに言わないでよ。実際、あれはそうなんだもの〉

「ソーっていうのは――」質問の最中、〈コンベヤード・ソー〉は大きくいきんで、腹から歯車みたいな鋸(ソー)を生やした。「いや。いい。なるほど、解かった」

〈サポートだ。受け取れ〉

 ぼくの傍に棍棒と盾が現れた。ぼくは慌てて柄を掴む。

〈こんなもので戦えって?〉

〈記録をここで打ち止めにしてやるのよ!〉

「……なんだか勝手に盛り上がってるけど。そっちはそっちの仕事をちゃんとやってるんだろうな」

 ぼくは渋々、武器を構えた。

〈フランシス、どっちに賭ける?〉

〈チャンピオン〉

〈それじゃあ、賭けにならない〉

 ……自分たちの役割、本当に忘れてないよな?

〈あんたたちが噂の破壊者ね〉

「喋った?」

〈喋るでしょう〉とフランシス。〈人が操ってるんだから〉

「破壊者ってのは何だよ」

 そう態々聞くまでもないことだが、チャンピオンとやらが怪物を持ち出したのは誤解によるものだとしたら、説得で争いが回避できるかもしれないだろう? 

 エディとフランシスはぼくの狙いに勘づいて「日和った」だの「情けない」だのぼやき始めたが、関係ない。ぼくは運良く手にした力で気分良く暴れ回りたいだけであって、怪獣相手に取っ組み合いを演じたかったわけじゃないんだから。

〈あんた、自分が指名手配されているの知らないの?〉

「そうなのか?」とぼくはエディに聞く。

〈されるわけがないとでも思っていたか?〉

「まあ、取調室でこれまでの罪状を全部並べ挙げられていたけど」

〈先日の逃亡劇が大々的に報道されてる。まるで、ぼくたちが厄介事を連れ込んできたみたいにな。大した事情も知らない市民が自分たちの暮らしを脅かされるって街中でぼくたちのことを批難してる〉

「言いがかりも甚だしいな」

〈ぼくたちに寄せられた誹謗中傷をアルファベット順にまとめたが聞いてみるか?〉

「下らないアーカイブなんか作るなよ」

〈何を、ごちゃごちゃ言ってんのよ!〉

〈コンベヤード・ソー〉の腕が伸びてくるのを、ぼくは跳び退いてかわす。

「フランシス。チャンピオンの素性は?」

〈《シスター・キラー》……なんだか、ホラー映画にありそうなパイロットネームね〉

〈本名は……。おぉっ!〉なんだ。エディが感嘆符を付けるなんて珍しい。〈エイミー。エイミー・アルドリッチ。クレアの妹だとさ〉

〈姉をわたしたちの下から連れ戻しにきた……みたいな?〉

「それにしては物騒な名前を掲げるじゃないか」

〈誰と話してんの!〉

 拳の連撃が飛んできた。ぼくは慌てて盾を構える。

〈世間が憎い、体制が悪い。一から新しく始めよう。努力を一から積み上げるってことをしてこなかった連中は、みんな同じ言葉で人々を誑かして、一発逆転を狙おうとする〉

「あんたの姉さんはそんな人じゃないだろう?」

〈なのに、あなたたちが騙したんでしょう!〉

〈コンベヤード・ソー〉の拳を数発受け留めたところで盾にヒビが入ったので、ぼくは相手との距離を置き、持っていた盾を投げつける。放り投げた盾は〈コインベヤード・ソー〉に向かって真っすぐ飛んだが、相手の腹にある鋸に切断されてしまった。

〈わたしがここに立てたのは、これまでに何百、何千もの苦渋の日々があったから〉

「それで、みんなが恐れ戦くバケモノになったって?」

〈遠く宇宙の隣人なんて馬鹿げた話に、それを台なしにされちゃ、たまらないの!〉

「だから、ぼくらには、あんたたちの暮らしをどうにかしてやろうなんて気はないんだって。ぼくたちはただ違う生き方を探してるだけだ」

 ぼくは棍棒を構えて〈コンベヤード〉に接近する。しかし、先手を打ったのは〈コンベヤード〉だった。両腕の関節を伸ばせる〈コンベヤード〉は、飛び道具を持たずに、膨大なリーチの長さを誇る。

「いいぞ、チャンピオン!」

 一方的に殴られるぼくに、眼下の人々は嘲笑を浴びせる。

「ざまあ、みろ!」

 そう喚くアドルフが足元にいるのを見つけたぼくは、〈コンベヤード〉の拳を棍棒で跳ね返し、アドルフを遠くに蹴飛ばす。アドルフは悲鳴を挙げながら水平線の向こうに消えていった。

「エディ。クレアの〈ライセンス〉っていうのは、どんなパラメータでも弄れるんだろう?」

〈いいや。他人の《ライセンス》で発行されたアイテムは変更できないらしい〉

「海だ。波を起こせ!」

〈なるほど。そういうことなら、他の連中には退場願おうか〉

 街中の至るところに「メンテナンス中」の文字が表示され、ぼくにブーイングを飛ばしていた一般市民が強制ログアウトしていく。

 背後から押し寄せる大波に浚われ、〈コンベヤード〉がぼくのそばまで流されてきた。ぼくは〈コンベヤード〉の頭に棍棒を振り下ろす。クリーンヒット。だけど、〈コンベヤード〉は怯む様子さえ見せず、ぼくを片手で突き飛ばした。

 手応えはあった。なのに。効いてないのか?

「話が違うぞ!」

 建物を巻き添えに転倒したぼくに、〈コンベヤード〉は追い打ちをかけてきた。飛んできた拳を何度か棍棒で打ち返したぼくだが、そうしている内に武器を弾き飛ばされてしまった。エディがぼくの前に大盾を出現させて〈コンベヤード〉連撃を遮るが、安心はできそうにない。拳が大盾を叩く音は次第に勢いを増していった。押し返そうと試みたが、〈コンベヤード〉の猛攻の前にそれもままならない。

 控えめに言って、圧されている。

〈そいつは、ゲームマスターライセンス持ちだ〉とエディは言う。〈成績とアトラクションエリアの知名度向上への貢献が評価されて、《アウター・ワールド》での活動に特権が付与されている。一筋縄じゃいかないぞ〉

「そんなものがあるなら先に言ってくれ」

〈コンベヤード・ソー〉はベルト(関節)を伸ばして延長された両腕でぼくの肩を掴む。更に伸ばした関節を今度は巻き取り、ぼくを抱き寄せた。高速回転する〈コンベヤード・ソー〉の腹の鋸で、ぼくの身体が引き裂かれる。取っ組み合うぼくたちの周辺にモザイクが表示されて、周囲で観戦していた大衆の目から、惨状を覆い隠す。

「おい! ヤバいって! ヤバいってこれ!」

〈まあ、これが精々だろうな〉

〈チャンピオン相手じゃねえ〉

 呑気な会話が頭に響く。

「おいおい、こっちは腹を抉られてるんだぞ!」

 モザイクの内側にいるぼくは、鋸が皮と肉を裂き、内蔵を穿り出す様を目の当たりにしている。痛みが伴うわけじゃないが、グロテスクに変わりはない。そもそも、どうしてぼくの腹の中なんてモデリングしてあるんだ?

〈さっさと諦めたらどう?〉

「あんたの言いなりになって、その先に何がある?」

〈何もあるわけないでしょう〉とエイミー・アルドリッチは哂う。〈諦めても、諦めなくてもどの道同じ。あんたたちは何かを成し遂げられるほど特別なんかじゃない。だったら、意地を張るだけ無駄でしょう?〉

 ぼくは自分の内臓が引き千切られる音を聞きながら、何か言い返してやれないかって考える。

〈ここでわたしに勝てる奴なんかいない〉

「その傲慢さも努力で身に着けたのか?」

〈なんですって?〉

 鋸の回転速度が増した。ぼくは笑みを浮かべる。

〈いや、それ言い負かしてさえいないじゃない〉とフランシス。

〈ただ怒らせただけだな〉とエディ。

〈まあ、だけど〉とフランシスの声。〈だから、今回は適任だったというか〉

 人の手が塞がっているのをいい気に、言いたい放題だな、お前たち。

「確かに、〈コンベヤード・ソー(そいつ)〉は最強らしいな。だけど、あんた自身はどうだ?」

〈どういう意味?〉

「あんたのそのパワーは〈アウター・ワールド〉の仕組みが与えてくれた力なんだろう? ここでなければ、強がってなんかいられないってわけだ」

〈なんだ、負け惜しみってこと〉

 下半身との接続を断たれたぼくは、崩れ落ち、エイミーを見上げる。

「そうでもない。だって、ぼくたちの戦場はここじゃないんだから」

〈最期くらい、潔くできないの?〉

「事実さ。忘れているみたいだけどな。初めから、ぼくたちはあんたと喧嘩するためにここに来たんじゃないんだぜ?」

 ぼくはモザイクと血に塗れた自分の下半身が消失していくのを横目に見る。

「アドルフに喧嘩を売ったのも、物のついでだ。ぼくたちの目的は最初から最後までずっと変わらない。クレアの奪還だよ」

〈コンベヤード・ソー〉の頭皮が開き、中から血相を変えたエイミーが顔を出した。確かに姉妹だ。良く似てる。

「あんたたち!」消えゆくぼくに、エイミーは叫んだ。「今どこにいるの!」

「教えてやりたいところだが、どうやら時間切れだ」

 視界が暗転して〈アウター・ワールド〉との接続が完全に切れたぼくは、フランシス手製のヘッドセット型コンソールを外す。

「バカンスはどうだった?」と背後からフランシスの声がする。

 ぼくは街銃にばら蒔かれた自分の内臓を思い返す。

「開放的だったって答えればいいのか?」

 ぼくがいるのは、フランシスが運転するワゴンタイプの車中。隣ではマクスウェルが銃の整備をしている。

 囚われたクレアがどこにいるのか。ぼくたちはまず、それを突き止める必要があった。街中のネットワークに接続されているマイクと監視カメラをハッキングして、痕跡を辿る。エディに言わせればそういう手もあったそうだが、ぼくたちはもっとシンプルでスマートにやろうって話合った。

「着いたわ」

 車が停まったのは、庁舎があるセントラル区画のビジネスホテル。ここを教えてくれたのは、他ならぬアドルフ防衛主任だ。時間を巻き戻してみてくれ。あっただろう? あいつが部下にクレアの安否を確かめた通信記録が。回線さえ繋いでくれたら、こっちのもの。あとはエディがそれを追跡して、送信先を割り出せばいい。

「あまり乗り気はしないが」マクスウェルが車を降りて不機嫌そうな顔でいう。「始めるか。相棒」

「気をつけてね、二人とも」とフランシス。

「心配するなよ。護衛の大半は撤収済みだろう?」

 アドルフの部下は今、目覚めぬ上司を守るため、現れるはずのないぼくたちの襲撃に備えて第三区画の行政センター地下二階に結集しているはずだ。

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