一年生から見た二年生
(なんと言うか……生まれた年度は同じはずなんだけど……)
学園の最大問題児、四葉夫婦からロックオンされている祐真と美羽は、自分達の生まれは昭和だったのかと疑問に思わざるを得なかった。
「やんのかコラ?」
「おおコラ?」
「あんだとコラ?」
非常にボキャブラリーの少ない級友達がメンチをぶつけあっている光景を見たなら猶更だ。
それはさながら昭和の学級崩壊寸前なヤンキー世界であり、令和に突入した現代では絶滅している存在が数多くいた。
「祐真! 美羽!」
「な、なにかな?」
「どうしたの?」
そんな猿山ならぬヤンキー山の大将、新一年A組首席の西岡美夏が二人に迫る。
美羽と一文字違いなのにお淑やかな彼女と違って、そこらの空き地ではしゃいでいるのが似合っている美夏だが、体験入学の時に双子を気に入っていた。
だからこんな提案をするのだ。
「敵情視察に行くわよ!」
「敵って……」
「誰?」
美夏から敵情視察に行くと言われた祐真と美夏は首を傾げるが、一年生にとっての敵は決まりきっている。
つまり目の上のたん瘤。
「二年に決まってるじゃない」
一学年上のヤバスギ世代である。
そして祐真と美羽には首席の誘いを断る理由もなく、双子同士で顔を見合わせると頷いた。
「桔梗の鬼子には見つからないようにね」
美夏の声は小さかったが、教室にいたヤンキー名家達がぎくりとしてあたりを見渡す。
桔梗の鬼子こと小夜子は一年生にとってもなまはげ扱いであり、実家から絶対に関わるなと念押しをされている始末だった。
だが美夏は知らない。彼女は小夜子から西岡の妹という分類ではなく、直接面白い奴認定されていることを。
もし貴明と出会う間の小夜子なら興味を持たなかっただろうが、今の彼女はいい意味で世俗に染まっているのだ。それが美夏にとっていいか悪いかは別として。
「それじゃあ行くわよ」
「分かった」
「うん」
こうして新一年生の首席と双子は、敵情視察へと向かうのであった。
◆
「ここからなら、屋外訓練場の二年生たちが見えるわ」
「なんか、迷いがなくて詳しいね」
「体験入学の時に戦場を調べたのよ」
こっそりと小声で話している美夏に、祐真は戸惑ったように疑問を口にする。
そして美夏の答えは、竹崎が聞けば拍手をしただろう。彼女は体験入学の時に戦場になる学園内部を観察し終えており、今もその有利なポジションとなる窓際に陣取っていたのだ。
「まずは……我が兄にして超える壁。次期当主は兄ちゃんだけど、西岡家最強は譲らないんだから。それはそれとして、大威徳明王を形作れるのは天才ね」
「お兄さん?」
「そう。西岡康太」
美夏の兄、康太が限りなく透明に近い大威徳明王を形作ると、その妹は流石だと頷きながら超えるべき壁を観察する。
ここに西岡家の者がいれば、流石西岡本家の娘だと褒め称える。こともない。
もう少しお淑やかにならないものかと頭を抱えてしまうだろう。
「南條の嫡男。南條一成。実力的には兄ちゃんとそう変わらないはずだから、間違いなく高い壁」
「あんまり技を外部に見せないって聞いたことがあったような」
「そう。南條は非鬼か特鬼でも出ないと外部に技を殆ど見せないわ」
「あ、やっぱり非鬼から上は南條家でもそんなこと言ってられなんだ」
「そりゃそうよ。死んだら元も子もないし、特鬼なんかは東西南北の本家からも戦死者が出るもの」
続いて美夏は式神符と対峙している鋭利な雰囲気の男、南條一成を美羽と話しながら観察する。
「兄ちゃんと南條が互角なら、あの二人は普通の世代なら時代の代表格とか天才として謳われてもいいんだけど、桔梗がいるから有名じゃない。でもそれは私達に関係ない。間違った比較対象と比べて相手は弱いんだと思うなんて底抜けの馬鹿」
(狂犬なのに……)
(地に足が付いてる……)
兄への評価にしては冷徹と言っていい程に客観視している美夏は、戦いに対する嗅覚がずば抜けていた。
それに対して祐真と美羽は、ガルガル唸っていた狂犬モードとのギャップに面食らってしまう。
「それと東西南北での要注意人物は北大路の嫡男……多分、あそこでポージングしてる男」
「異能大会でイギリス代表を纏めてぶっ飛ばしたって聞いたよ」
「大騒ぎだった」
「次世代のアーサーを含めたイギリスの騎士を纏めて一人で圧倒できるなら、それはもう超人としか言いようがないもの」
目を凝らした美夏が、ボディービルダーの様なポージングを披露している男を指差すと、祐真と美羽は異能研究所での騒乱を思い出す。
北大路友治がイギリスチームを単独で撃破したという事実だが、異能大会終了直後は未確認で荒唐無稽な噂話として扱われた。しかし、異能研究所や名家が確認を取ると、少なくないパニックを引き起こしたと言っていい。
学生だったが同年代のイギリス騎士十人を一人で倒せるとしたなら、それは古いタイプの人間にとって独覚竹崎の再来を意味する。
と言うか、基本的にその類の人間は竹崎に脳を焼かれすぎているので、超人的なエピソードが発生する度に竹崎が若い頃はどうのこうのと呟く習性があった。
その結果どうなるか。
「独覚の隠し子という噂があるわね」
美夏の言う通りまたまた隠し子説が流れるのだ。
「間違いなく学生最強の一角よ」
完全に小夜子を学園最強とは別カテゴリーに分類している美夏は、淡々と事実を積み重ねていく学者のようだ。
「確か、東郷の本家の人もいるんだよね」
「ええ。でも浄力者だったはず。なら倒す目標じゃなく、一刻も早く妖異を倒して楽をさせる相手よ」
美羽は異能名家東西南北の東郷小百合について言及したが、狂犬美夏にとっても浄力者は倒す相手ではなく、役割分担で重要な後方要員だった。
「ただなんか、橘の浄力者はかなり脳筋みたいだけど」
それ故に、美夏すらも脳筋と表現する橘栞は、浄力者として異端な攻撃特化型である。
「橘と佐伯は後方型なのに、一対一部門でも結果を残してるから異常な戦闘力ね。そもそも出場したのが普通の発想じゃないわ」
更に栞は飛鳥と合わせて、狂犬に頭のねじが緩んでいると評されてしまう。
ただかなり客観的な評価でもある。基本的に異能大会は霊力者と超力者のぶつかり合いであり、魔法使いと浄力者が出場するのは珍しいし、勝ちあがるのはもっと珍しい。
「そうなると距離を詰める手段がない場合は、ボコボコにされるわね」
(すっごい冷静……)
何があっても自分が勝つと慢心するのではなく、現実的な想定をしている美夏に、双子はこれが首席かと敬意を抱く。
「それと虹も凄まじい使い手。論文の話はちょっと胡散臭いけど、それでもアーサー一門に勝利して優勝したなら学園最強の一角」
「確かに」
「四系統完全一致の力場は破れないって本当なのかな?」
「だからちょっと胡散臭いのよ。本当だとしたら大会はもっと圧勝したはず。多分、幾つか抜け道があるんだわ」
次に美夏が目を付けたのは、屋外訓練場で輝いている虹の使い手、藤宮雄一だ。
流石に雄一が異能大会に優勝すれば、マイナーだった四系統完全一致の虹についての論文著者も気が付き、その説も人の目につきやすくなった。
だが貴明が何度か述べているようにこの論文はかなりの穴があり、美夏もそこまで完璧じゃないのではと疑っていた。
「他の団体戦優勝メンバーは……情報が少ないから評価できないわね。兄ちゃんの話は結構盛るときがあるから、いまいち信用できないし」
一見すると能力が地味な狭間勇気、達人でも何をしているか理解できない木村太一、一日一発だから滅多に力を使わない如月優子について、美夏は自分の目で判断するしかないと思っていた。
そして哀れ。兄である康太は、狂犬である妹に情報源として微妙な信頼を寄せられていた。
「二年首席の四葉貴明先輩は?」
ここで祐真は、偉大な同士にして先輩である貴明の名を出す。
「ベルゼブブを閉じ込めた結界術を使えるって聞いただけ。兄ちゃんは、定期的に凄いことをする奴って話してたけど、他になんて言ったらいいのか分かんないって顔してた。なんか一緒に行動してたみたいだから、あんた達の方が詳しいんじゃないの?」
「いや、それが……」
「趣味は合ったけどそれ以外のことは知らなくて」
だがクラスメイトである康太が、貴明のことを殆ど把握できていないのだから、妹である美夏も詳しい情報を持っていなかった。
それは祐真と美羽も同じで、双子にとっては同じ趣味で意気投合した先輩であり、あの桔梗小夜子と結婚した男という以上のことを知らなかった。
知らないことは幸せだろう。祐真と美羽が世話になっている異能研究所のトップは、唯一名も無き神を知りすぎたせいで毎日胃が溶けるかどうかの瀬戸際に追い込まれているのだから。
なお知りすぎたと言っても表面上のことであり、なんならその神本人が自分のことをきちんと把握できていない馬鹿スケールの存在だ。
よく地球は無事なものである。
定期的に危ないが。
「まあ、明らかにヤバい世代で首席をやってるんだから、とんでもない奴ってことは確かね」
そう美夏は締めくくり、田舎ならその辺にいそうな男に視線を向ける。
つまり認識しているのだ。
「やっぱり個性的ですねお姉様」
「ぷぷ。そうね」
屋外から認識している貴明と小夜子は、冷静沈着な狂犬に感心しながら呟くのであった。
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