幕間 ?億年前?
「ふああ……」
とある田舎の村で暮らすマーカスと言う名の青年がベッドから起き上がる。
赤毛に青い瞳。特別な才能もなく王族の血が混じっているということもない青年で、農作業をしているために肌は日焼けしており逞しい。
その一日に特別なことはなく、朝早く起きて畑の世話をし、日暮れと共に仕事を終えてすぐ寝る。農村で生まれ、農村で育ち、農村で死ぬ、どこにでもいるような平民だった。
そして田舎は都会よりも神への敬いがあり、マーカスもまた神を信じている。
だが彼は、都市にいる聖職者よりも余程信仰心があると言っていいだろう。
「よっ。ほっ」
マーカスは自宅を抜け出すと軽快な掛け声と共に山を登り、彼の友達や一部の者しか知らない洞窟に辿り着いた。
「神様、いますかー?」
そしてぽっかりと空いた洞窟の口に声を放りこむ。
だが、いくら神秘が残っている時代と言えども、こんなことに反応する神がいるはずない。
「やあマーカス君! 久しぶりだねえ!」
現に洞窟から出てきたのは、みすぼらしい服を纏った中年の男である。
なんの変哲もない男の特徴を強いて言うならば、この地方では見かけない黒髪と黒い瞳なことだけだろう。
「今日もいい天気だねえ!」
どこの家にでもいるような、寝っ転がっている姿が似合う男は、やけに馴れ馴れしい声を発しながら、洞窟の入り口に置いてあったベンチに腰掛ける。
「もう少しいいところに住んだらどうです?」
「いやいや、第一期とか第二期の神様に見つかったらボコボコにされちゃうし!」
そんな男にマーカスも遠慮せず話しかけるが、妙な言葉が返ってくる。
いったい、神に見つかればボコボコにされるとはどういう理由だろう。
「復讐ですもんねえ」
「そうそう。復讐なんて人間がいないと成立しないんだから、俺は最底辺も最底辺さ! なんせ元人間だし!」
どうやら男は神のようだが、非常に階級は低いらしい。
自然現象や根幹的な概念を司ることが多い第一の神と、そこから誕生した神々の中での文化や概念を宿した第二の神は非常に強力なことで知られている。
だが復讐なんてものは、自然現象の化身である第一の神には到底及ばず、人間が生み出した概念を司っている神は、第一や第二の神には遠く及ばない下級神としか言いようがなかった。
「今年も豊作の様でなにより! 信じるべきは豊穣神とか地母神だね!」
「はい。神様もそんな感じなの、頑張ったらできます?」
「無理無理! 豊作なのに復讐を願う人とかいないでしょ! あっはっはっ!」
このマーカスは、そんな下級神と山でばったりと出くわし、こうやって時折だが話をする仲だった。
「そう言えば神父様が、原初神様が世界をお創りになった話をされてたんですけど、原初神様はどれくらいの強さなんですかね? 第一神の方々よりもずっと強い?」
「おおっとマーカス君、それを外で言って第一神の信徒の人に聞かれたらぶん殴られちゃうよ!」
「やっぱりマズいですか?」
「マズいマズい! 神の父にして祖の方をみだりに例え話や比喩、興味本位での話題にするなって袋叩きにされちゃうね!」
マーカスは村の神父が語った世界の創造に対して、男らしい方面から興味を持ったようだ。しかし、手をぶんぶんと横に振る神の姿を見て、ちょっと危険なことを言ってしまったらしいと自覚した。
「でも最強決定戦とか最強論議に男の子が興味を持つのは当然か! ではお答えしましょう!」
だが神の方は興が乗ったようで、世界を作り出した偉大なる神のことについて語るようだ。
「ぶっちゃけ原初神にとって第一の神はまだ子供だから、勝負とかいう以前の問題さ! マーカス君も立ったばかりの子供と勝負する。戦うって言わないでしょ? それと同じ!」
「へー。じゃあ絶対に、何があっても勝てないんです?」
「さてねえ。あるいは第一の神があと一京年くらい成長したら、ちょっとだけ可能性はある……かも? いやでもやっぱり、正直神が親を打倒するのはかなりの努力と運が必要だね。下半身神さん達は頑張った! おっと話がそれた。元々完成されきってるから成長しないんだもの。成長しない存在が親に勝てると思う?」
「いやあ……」
「でしょ? むしろ半神半人の方がよっぽど可能性があるよ。実際、第二神の中には、人間との間にできた子供に倒されたのがいるし。人間の持つ感情の力。危機感から発生する爆発力。時として神すら凌ぐ狡猾さ。そういったものが神の力と合わさると、とんでもないことになるのさ。だから半神半人が一番脂が乗った時期なら、ひょっとするとひょっとするかも」
「え? 原初神様には人間との間に子供がいるんですか?」
「ああ、ごめんごめん! 単なる仮定の話! 原初神と人の間に子供はいないね! 将来的には分からないけど!」
原初の神とその子である第一神には埋めがたい差があるとの持論を述べる神は、人と神の血が混じった半神半人ならばあるいはとも口にする。
だが原初神と人の間に子が存在しない以上は机上の空論であり、それを証明する術はなかった。
「ちなみにだけど【時間】はボクシング。【無】は空手。【宙】はガチガチの軍隊格闘。【火】は柔道を極めてるから、権能なしでも滅茶苦茶強いよ。あ、今言ったのは全部格闘技ね」
「げ、原初神様が格闘技?」
「そうそう。やっぱ神様って言っても権能を封じられたり、通じなかったら一般神様になっちゃうから、別の手段で戦う必要性があるのさ。俺がここにいるのも山籠もりの修行だしね」
「へー」
「それにかっこいいでしょ。馬鹿な! 能力は封じたはずなのに! とか言われてみたくない?」
「ま、まあ」
木っ端な筈の神が最上位の神について詳しいことにマーカスが疑問を覚える間もなく、その神の妙な理論に圧されて頷く。
「あ、そろそろ戻らないと」
「はいはーい! それじゃあ頑張ってね! 俺もその内、農作業をしてみようかな!」
その後も雑談を続けていたマーカスだが、彼は農作業をしなければならず、神がいる洞窟を後にした。
まだ神という存在が身近に存在していたからこその一幕であった。
そう、おかしかったのだ。
復讐を司っていると自称しておきながら、人より前に発生していること自体が。
そして彼の考えは息子に受け継がれることになる。
◆
後書き
久しぶりに再開したんだから、やっぱ親父の話もあった方がいいなと思い挟みました(小声)
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