授業風景
「……」
「……」
相対する橘お姉様が、半身で構え僅かに右腕を突き出すような姿勢のまま動かない。
一方、俺もまた自然体のまま腕をだらりと垂らして不動だ。
格闘授業の真っ最中で俺の相手は橘お姉様なのだが、異能者の近接戦闘にも歴史がある。
異能者が大きく増え始めた直後は、ある意味において不慣れな新兵が増えたと同義であり、世界的に近接戦闘よりも安全な遠距離からの飽和攻撃が主流となった。
特に最初期のアメリカはそれが顕著であり、今現在も遠距離から一方的に殲滅することを好んでいるようだ。
そのような新兵の運用は日本すらも例外ではなかったが、我々は即戦力を期待されている精鋭の推薦組であり、敵の異能者に近寄られたから何もできません! 想定してません! では話にならない。
ましてや今現在の学園長は、現代の戦いで近接戦闘なんて稀だなんていう馬鹿を殴りかねないゴリラだから、当然授業でも格闘は取り入れられている。
それ即ち、邪神流柔術の出番という訳だ。
『いいかい貴明』
なぜかは知らんが脳裏に、実家の裏に作られたこじんまりとしたなんちゃって道場の中で、道着を着たガキの俺と親父がいる光景が映し出された。
藤宮君の時も似たようなことがあったが、格闘訓練をしている時は走馬灯みたいなのが見えるのか?
まあそれはいい。珍しく教育パパ状態の親父が真剣な顔になっている。
『そりゃ権能ってのは強力さ。神が人に使うのは蟻を踏み潰すようなものだから、普段は苦労なんてしない。でもそれ以外に引き出しが無く変化に対応できない神は、多くが自然消滅するか敗れることになった。邪神であったとしても、自己研鑽を怠ったなら行きつく先は同じさ』
記憶にある親父がしたり顔で語ってるが、権能抜きでも武道家として普通に強いんだよな。流石は他の原初神が怒鳴り込んできた備えとして、軽く億年とか兆年は修行してただけはある。だがそうなると、親父に一杯食わせた地下闘技場の破壊神濱田さんとはいったい……。
『だから色々教えるので、一緒に頑張っていきましょう! おー!』
『おー!』
親父に合わせて腕を上げるガキの頃の俺。
あんまり認めたくないが、親父の指導力はぶっちゃけると結構高い。感覚でも伝えられるし、技術的な理論もいける。そんな親父にガキの頃から指導されている俺は、邪神流柔術の免許皆伝者でもあり、今ではクラス全員から近接戦では非常に強いという評価を貰っている。
「……」
橘お姉様はまだ仕掛けてこない。先々代アーサーのコンスタンティンさんが橘お姉様を指導した時、意識が攻撃に向きすぎていると評した通り、基本的に橘お姉様は相手をぶちのめすことを第一に考えているため待つことが少ない。
しかし、何度か披露した俺の技術は橘お姉様に強い警戒感を与えているようだ。
「この筋肉の意識は間違いない。貴明は明確に腕を上げている」
「君がそう言うならそうなんだろうね」
マッスルと佐伯お姉様の声が聞こえる。
どうも親父の最大仮想敵は【時間】さんだったようで、ガキの頃はこんな技なんていつ使うんだよって思った、対時間を意識した奥義が多数ある。まあ、無の概念、宇宙の概念、火の概念に対する技も結構ありはするが、それでも断トツなのは時間の概念に対する技だ。
そしてイギリスでの大騒ぎにおいて、俺でも直撃したらどうなるかさっぱり分からない、時間運命崩壊拳を対処した経験は、まさに邪神流柔術の根幹に触れたと言ってもいい出来事だった。
つまり俺は邪神流柔術継承者としてさらに高みに至った訳だ!
それはそうと【時間】さん、親父がご迷惑をおかけしたようでごめんなさい……絶対、親父がやらかしたから殴り合いになったに決まってる。
……思考の一部が物思いに耽っていても、橘お姉様の動きは把握している。
橘お姉様の全力の拳が頭に向かってくるが、俺の間合いに入った瞬間にその拳をそっと触る。
すると橘お姉様は末端から受けた横回転に巻き込まれて上半身が地面に倒れかける。だが既に何度か体験している橘お姉様は回転に逆らわず、それどころか上半身と下半身の位置が入れ替わる勢いを利用して、俺の側頭部めがけ足のつま先を飛翔させた。
俺はその足に触れると更に回転を加え、橘お姉様が対処し切る前に床へ投げ飛ばす。
「……」
橘お姉様はすぐさま立ち上がると再び構える。
「終了だ」
睨み合っている時間が長かったため、タイマー音と共にゴリラが格闘訓練終了を告げる。
「貴明君、お疲れ様」
「お疲れ様です!」
橘お姉様と共に戦闘場から降りると、周囲のクラスメイトが俺の武術について色々考察しているのが伝わってくる。
ふふふふふ。全盛期の創造神四柱から袋叩きにされても生き残るための技術だよ。馬鹿かなって。
「こっちから見てても貴明は全く隙がなかったよ」
「ええ。腕を更に上げたみたい。春休みはずっと修行してた成果ね」
佐伯お姉様が橘お姉様に話しかけている。
はい、本当に修行三昧でした。滝行だけじゃなくて親父とも組手地獄だったし。
「どわ!?」
あ、別の場所で戦っていた西岡君がマッスルにぶっ飛ばされた。
まあこれは仕方ない。異能なしでマッスルと近接戦をして勝負が成立するのならば、そのまま人類最強の一角を名乗っていいレベルだ。
「流石だな友治」
そんでもって西岡君はスポーツ漫画のような笑顔でマッスルを称えると、差し出されたムキムキの腕を掴んで立ち上がる。
「妹が首席だと聞いた」
「そうそう! よかったら暇なときにでも稽古をつけてやってくれ!」
妹さんの話になると更に笑顔になる西岡君。
北大路家は西岡家の暴走を危惧しているためあまり仲がいいとは言えないのだが、次の当主予定である西岡君はその辺りの拘りがない。
しかし……気を付けるんだよ狂チワワちゃん。あいつの筋肉は鋼よりヤバいから、噛みついたら普通に歯が折れるからね。
「一年の格闘訓練はどんな様子になるかしら」
「まあ……大体想像はつくな」
笑みを浮かべられているお姉様の言葉に、藤宮君が天井を仰いでぽつりと呟く。うん。俺もありありと想像できるよ藤宮君。
リーゼント姿の暴走族がタイマンで殴り合う光景が。
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