猫ちゃんズ

前書き。

猫ちゃんズのネタバレがあります。猫ちゃんズです。



「間違いなく勝った! いや駄目だ駄目だ! まだ喜んじゃだめだ! 前はそれで失敗したから大人しくしておこう!」


 やべえよやべえよ。親父の目が血走ってるよ。


 宇宙の皆さん聞こえますか? 残念ながら前は抑え込めましたが、今回はちょっと無理かもしれません。


 え? 何が起こるかって? そりゃああれですよ。宇宙が木っ端微塵になるか、溢れ出したナニカに飲み込まれるかって感じですかね。


 え? どうしてかってそりゃあ……。


「お釈迦様お願いいいいいい! 頑張れ猫ちゃんズうううううううううううううう!」


 親父に神頼みされてるお釈迦様でも思うまい。猫ちゃんズのリーグ優勝で宇宙に危機が訪れようとしているなんてな。


 この天才四葉貴明がざっと計算したところ、まあ宇宙さんの中心くらいまでは親父から溢れ出したよくわからない暗黒物質が到達し、完全に飲み込まれるかどうかは運ですかね。もしそれを免れたとしても、日本一になった場合は諦めてください。その時は手の施しようがありませんので。


 っつうか俺だって嫌だ。なんで原初の元が贔屓の優勝で溢れるんだよ。胃の剣は今頃胃壁が溶解してるな。


「よし落ち着いた。落ち着いたぞぉ」


「そういって落ち着けた人間なんて、古今東西存在しないから」


「だよね! パパは今も心臓が張り裂けそうだ!」


「絶対にやめてくれ。絶対に」


 自己暗示でもかけようとしているらしい親父にツッコミを入れる。


 原初の混沌に心臓があるかはさておき、そんなものが張り裂けた日にはマジで宇宙が終わる。


「そんでチケットは?」


「じゃーん!」


 流石は猫ちゃんズ一筋、えーっと京年? 時間軸が違う世界でもずっと猫ちゃんズを想い続けたファンの鑑としか言いようがない。


 親父が既に完売してプレミア価格になっているチケットを、四枚体の中から取り出した。態々体の中に保管してるとか、どんだけ厳重なんだよ。盗まれることがあるとしたら、他の原初神全員が協力しないといけないレベルだ。


「今思ったんだけど、異世界には球団あった?」


「ふっ」


 ふと、親父がニートしていた異世界の野球事情が気になり尋ねると、ニヤリとした笑みが親父から帰ってきた。


 これひょっとして……。


「まさかとは思うけど、邪神球団持ってたりしないよな?」


「ああいや、流石にそこまではないよ! ちょっと野球そのものを布教しただけさ!」


「ああね」


 ひょっとして球団オーナーの経歴があったのではと思ったが、どうやら野球を布教していただけらしい。邪神が布教したなら邪悪な儀式みたいだけどな。


「じゃあ準備しようか!」


「まだ昼飯も食ってねえし」


「なあに、現地で外食さ!」


 そわそわしている親父に押されて、俺とお姉様、お袋も夢の地へ行くことになってしまった。


 ◆


「いただきます!」


 親父の転移で本当に即座に移動する羽目になった俺達は、ファミレスで昼食を食べることになった。


 そして親父の目の前にはかつ丼だ。ゲン担ぎの受験生か?


 だが真っ先に頼まれたメニューを食べたくなるのが人間の心理というもので、俺もついついかつ丼を頼んでしまう。


「街中がそわそわしていたわね」


「そうですねお姉様。まあ、周囲の人間全員が親父と同じ状況ならそうもなります」


「ふふ」


 お姉様が素晴らしい笑みを浮かべている。


 猫ちゃんズの本拠地だけあり、周辺は誰も彼もが落ち着きなくそわそわしていた。大阪の中心ならとんでもないことになっているだろう。


「あなた、ご兄弟の方は?」


「世界一と日本一なら起こすんだけどねえ」


 お袋が、かつ丼に手を擦り合わせながら何やら念を送り食べ始めた親父におじさん達。つまり他の原初神について聞くと、常識的なのか非常識なのかよくわからないことを親父が言った。


 “宙”さんがどうもうっかり、日本一になりそうなときは応援するのもやぶさかではない。みたいなことを言ったらしく、その時は起こされることが確定しているが、そうでもない時は親父もおじさん達を起こすつもりはないようだ。


「リーグ優勝の方はもう決まったも同然なのですよね?」


「いやダメなんだ小夜子ちゃん。昔の話だけど皆が慢心して絶望してるから、リーグ優勝した瞬間まで油断できない」


 お姉様の問いで真剣な顔になる親父。


 可哀想に。優勝は間違いなしと浮かれて痛い目を見たことがあるから、すっかり疑心暗鬼に陥ってやがる。ここからリーグ優勝できないとか、それこそ神がなんかしたレベルだろう。


「いらっしゃいませー」


 店員さんの声が耳に届き、なんとなく入り口を見る。


 うわ、優勝鉢巻きと猫ちゃんズはっぴを着ている団体さんだ。つまり親父とお揃いである。


 あ、親父と団体さんの視線が合うと両方ともにっこり会釈だ。世界は猫ちゃんズで繋がっているとでもいうのか?


「昔を思い出すなあ。ここにいて猫ちゃんズを応援しないなんてとんでもないって誘ってくれたおじさん元気かな」


 親父が実はすげえ大きな話をしたぞ。


 原初の混沌に猫ちゃんズ汚染を食らわせた偉人がいたらしい。弥勒様もこれにはびっくりだろう。


「一生懸命プレーしている選手。一生懸命応援しているファン。今でもあの時の感動は覚えてるな」


 親父がどこか遠くを見ながらかつ丼を食う。


 胃の剣も心底困っただろう。人間のことが大好きで大好きでたまらない癖に、滅ぶならそれもまた人の選んだ道だから滅べばいいと平気で言うような超越存在とか扱いに困るに決まってる。


 だがまあ、人間の選んだ道を尊重していると言えなくもない。それが例え、人が星を駄目にしてしまうほど盛大な自滅だったとしてもだ。


「ご馳走様でした! これで勝った! いや、まだ駄目。まだ」


 なおその大邪神は今現在、情緒不安定のままだ。


 ◆


 やべえよやべえよ。球場に来たはいいがスタンドの熱気がヤバい。ほぼ全員目が血走ってやがる。


 狂神の類が呼べそうだが、アレスですら腰が引けて帰るぞ。なんたってアレスだからな。


「ふうううううううううう!」


 息を吐いている親父の目もガンギマリだから尚更だ。


「前来た時とは段違いに凄いわね」


「そうですよねお姉様」


 お姉様もこの熱気には目を丸くしている。


「ほほほ」


 なおお袋はいつも通り親父を見て微笑んでいる。流石は原初を押し倒した女だ。格が違う。


 そして試合が始まったのだが……。


『うわあああああああああああああああああ!』


「まだ。まだ。まだ……」


 猫ちゃんズ優勢で歓声が上がる中、親父や一部のファンがぶつぶつ呟いている。どうもよっぽど昔のぬか喜びがトラウマになってるようだ。


 っつうか一点取るごとに優勝が決まったかのような爆音が轟くんだけど。


「神様お願いいいいいいいい!」


 しまいには大邪神が両手を合わせて神頼みまで始めやがった。そのくせ神としての権能は一切使っていないから、本当に単なる人間の神頼みと同じだ。


 周りも同じで泣いている人までいるんだけど。


 そして願いが神に通じた。訳ではない。


「いやったああああああああああああああああああああああああ!」


「ばんざああああああああああああああああああああい!」


 猫ちゃんズは猫ちゃんズ自身と、そしてファン! 皆の力でリーグ優勝を決めたのだ!


 ◆


 緊急プロトコル【猫】が発動しました。


 責任者は直ちに呪力測定装置を起動し大阪に向かってください。


 また、緊急プロトコル【猫日本一】に備えてください。


 何も起こりませんようにという神頼みであったとしても。


 そして必ずこの言葉を思い出してください。


 触らぬ神に祟りなし。

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