原初
皮肉な話だ。
イデオロギーで対立する敵を殲滅する。もしくは自国を守るため核開発競争に突入した人類は、それが人の尺度を超えた事態を招くと僅かに分かっていながら星の外、いや、それどころか【世界】の物差しを超えてしまう事態を引き起こしてしまった。
爆弾の皇帝が炸裂して星を揺らした瞬間、誰も真実を知らないせいで全次元で最も古い可能性すらあるナニカの反射を引き起こしたのだ。
その結果、世界を滅ぼすちっぽけな兵器は、真の【世界】に認識されてしまった。
完全なる死を与えられない不死不滅にして、全知全能の卵と言っていい存在の末端。
まだ世界の誰も知らなかった時期。
意思なき原初を本体としながら、人間を模倣して自我を宿したナニカがするりと地球に紛れ込んでいた恐怖の時代。
そんなあってはならない存在に……。
「おっと兄ちゃん! 折角ここいて猫ちゃんズを応援しないなんてとんでもない! 一緒に応援しよう!」
「ほうほう猫ちゃんズですか! ご一緒しましょう!」
声を掛けるだけではなく、あろうことか野球観戦に誘った人間がいたのだ。
中年で会社勤めのどこにでもいる男だったが、少々違うところは平均的猫ちゃんズファンよりも更に熱心だっただけ。
それだけの人間は原初の末端を誘い、沼に引きずり込むことに成功してしまった英雄でもあった。
まだ貴明の父となる遥か昔。単なる端末に過ぎず、真なる“混沌”と化す前の話だ。
◆
それから地球時間で数十年後。
異世界帰りの異世界となり果て、“混沌”として地球に帰還した原初の神は異能研究所に災厄を齎した。
「アレはいったいなんなんだ!」
当時の異能研究所で勤めていた限られた人間は、調べても深淵しか存在しない“混沌”にパニックに陥っていた。
「元人間の唯一名も無き神と言っているが、そんな訳があるか! アレはそんな言葉で表せられる存在ではない!」
「では一体何だと言うんだ!」
「我々の理解を超えたナニカなんだよ!」
質の悪いのは“混沌”がした自己紹介は、彼の中では矛盾や間違いはないと心底思っていることだ。
発生した原因は確かに完全に人間を模した体だし、親に名付けられていない自分は厳密に解釈すると名無しの誰かさんだというのが根拠だが、もし真実を知れば誰もがふざけるなと怒鳴るだろう。
実際後年、それは殆ど感想と思い込みだろうがと貴明が怒鳴っている。
「最早残された手段は三世仏の像による完全消去しかない!」
全人類の悪意に巣くう大邪神という認識より更に底があるかもしれない存在を抹消するため、当時の異能研究所所長は最後の切り札を使用する決断をした。
バチカンに匹敵する霊的機関の切り札である三世仏の像。
即ち過去仏である阿弥陀如来、現世仏である釈迦如来、未来仏である弥勒菩薩。
一柱だけでも強大なる仏なのに、三柱が揃っている三世仏の像は対象を過去・現在・未来の全てから完全に抹消してしまうと伝えられている。
この明らかに人間の手によるものではないアーティファクトは、神仏が直接関与したものとも伝えられており、元々の回数は三回なのに残り一回分の力しかないことも分かっている。
その二回の使用目的と記録がないのは、三世仏の像がきちんと機能していることの証明であり、これならば大邪神を消してくれるに違いないと思って異能研究所は線を踏み越えた。
だが結果は以前、源道房の絶望で伝えた通り。
「あ、すいません! まだ色々とやりたいもんでして!」
仏の力で消え去る筈の大邪神は、それこそ拝むように頭を下げただけ。
「我々は……我々は敗れた……アレは人の、いや、神の手にすら負えないナニカだ……」
異能研究所は完全なる敗北を受け入れ、施設を抜け出した正体不明のナニカと少女を追うことすらせず関わりを断った。
それからは大したことがない。
「おとうちゃん! へんしんかめんごっこしたい!」
「よーしパパ頑張っちゃうぞー! ってなんじゃこりゃ!? 15回連続バク転ドロップキック!? そんなにバク転する意味は!? でもすげえ!」
「アバドンもくしろくフォームでがんばる!」
「はっはっはっ! 今やったら地球の穀倉地帯全滅しちゃうから、アバドン黙示録フォームは制御できるようになったらだね!」
やってやるぞと気合を入れている幼い貴明を見て笑う“混沌”。
スケールが違い過ぎて田舎ではよく地球の危機が訪れかけていたが、別次元からやってくる地球の危機にはよく対処していた。
「馬鹿な! ありえない! なんでちっぽけな次元にこんな奴が!? いったい、いったいいつから存在しているんだ!?」
「あっはっはっ! 地球時間じゃ四十年か五十前の話ですね! 体の方は全く分かりませんが! では死んでもらいましょうか!」
青き星に潜り込もうとした瞬間、混沌という真なる世界に握り潰される別次元の超越者。
そもそも質量が大きすぎるが故に、“混沌”としての権能まで引っ張り出さなければならない存在が殆どいない。もし権能を使ったとしても、それは唯一名も無き神と嘯いている状態での話だ。
「今年も人類は存続したけど、来年はどうなるかなあ。あっはっはっ!」
そして暗がりのベンチで人類をじっと見る。
いつか人類が滅ぶなんてことは分かっている。だがそれは人類が自滅するときだと考える、歪んだ守護者は今日も人を見て笑う。
が。
「ふうううううう! ふううううううううう!」
今現在はこれでもかと血走った眼で野球を観戦していた。
「やったあああああああああああああああああああああああ! 日本一だあああああああああああああああああああ!」
そして四十年近くぶりの悲願が達成されて狂喜乱舞する。
なお息子の貴明であるが、父親の狂乱ではなく……。
「おー! 勝ったじゃねえか!」
「……」
「おめでとう」
「よかったよかった」
三毛猫マークの法被を着ている叔父さん達に引いていた。
「おおおおおおおおおお! よかったあああああああああああああ! よかったよおおおおおおおお!」
感極まって号泣する原初の力を生暖かい目で見る原初の神。
(地球さん、ここからが死ぬかどうかの瀬戸際ですよ。親父が爆発したら諦めてくださいね。あ、宇宙さんも)
貴明の方は大いなる存在に危機を伝えていた。
(あ、それと胃に剣も)
なお付け足された異能研究所所長、源道房の胃が溶けたかは神のみぞ知る。
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