原初神達は故郷へ帰還する


 き、昨日はとんでもない目にあってしまった。本当に俺の成長記録が再生されたが、赤ちゃんでぷにぷにボディの四葉貴明君、生後8か月が、ハイハイしながらビデオカメラを回しているお袋に突進するなんて……。


 まあ、今でも心の清い俺が赤ちゃんの頃なんだから、それはもう素晴らしく可愛いのは自明の理だ。見せても恥ずかしくなかった。うん。ちっとも。


 ってな訳で、今日も元気にいってみよう!


「おはようございますお姉様!」


「ふふ。おはようあなた」


 まずは当然、お姉様に挨拶!


「おはようお袋!」


「おはようございます」


「おはよう貴明、小夜子ちゃん」


「お手伝いしますわ」


「まあ、ありがとう」


 そして台所にいたお袋に挨拶! 日本人の魂、白ご飯、魚、みそ汁、卵焼きというパーフェクトメニューを作るようだ。


「マイサンおはよー!」


「おはよう貴明君」


「お、おはようございます」


 わ、忘れてた。っていうか忘れたかった……。そうだよ、居間には今、ぷぷ。って現実逃避してる場合じゃねえ。居間には昨日と変わらず、ビールを飲みまくって机に突っ伏してるご機嫌親父のほかに、原初神ジャーの皆さんがいたんだった……。


 しかもこりゃ、夜通し飲んでたな。だが騒がしいとは思わなかったから、寝てた俺らに配慮して、音を通さないよう結界かなんかを展開してたんだろう。


 それだけ飲んでたなら、親父は痛風で死ぬことが確定したが。


「起きるのが早いな。まあ、早起きは得ってのはマジっつうか、何事も早いのが一番だけどな。片付けも」


「いやあ、僕、首席で優等生でして。早寝早起きが習慣なんですよ」


「へえ。首席か」


 頷いている“時間”さんに、単なる事実を教えてあげる。裏口入学は黙っておこう。それと、時間を巻き戻してビール缶の中身を補充しているのも無視だ。スケールが大きすぎて小さすぎる。多分、飲んでる途中でビールが足りなくなったから思いついたんだろうが、それを突っ込む勇気は俺にない。


 その上、皿も使う前の状態に戻ってピカピカで整理されている。予備動作なしでこんなことが起こったのだから、主婦がいたら目を血走らせてどうやったかと迫って来るだろう。答えは簡単。時間を巻き戻して使用前に戻したのだ。んなアホな。


「さて、奥方達を手伝ってくる。期待しているといい。この“火”が作る目玉焼きは天下一品だ」


 好々爺の“火”さんが立ち上がって台所へ向かう。そりゃまあ天下一品でしょうよ。主神級が目玉焼き作るんだから。


「言い忘れていた。マヨネーズでいいな?」


「半熟のしょうゆに決まってるだろ」

「固めのソースで」

「……素の味」

「なにいってんだい! 塩コショウ!」


 ぴしり。


 ああ!? 地獄の入り口、目玉焼きの派閥争いだ! さては原初神ジャーめ仲が悪いな!?


 あ、ちなみに俺も親父と一緒で塩コショウ派ですよ。


「俺も手伝いに!」


 あ。親父が立ち上がろうとする。これは……くるな。


「ほげげっ!?」


 親父が画鋲でも踏んだかのように、足を押さえてゴロゴロ転がり始めた。


「つ、痛風があああああ!?」


 やっぱりな。夜通しビール飲んでて痛風にならない訳がない。今親父の足には、神すら殺すロンギヌスの槍改め、尿酸結晶の針がぶっ刺さっていることだろう。


「だっはっはっ!」


「……ぷ」


「はははは」


「やれやれ。人体を再現しすぎだ。一体どこに尿酸とプリン体にやられる神がいるんだ」


 “時間”さんは爆笑。“無”さんすら、顔を背けて笑っている。そして、“宙”さんは苦笑して、“火”さんは呆れながら台所へ向かった。では俺も台所へ手伝いに行こう。


 ◆


「いただきます」


 さて……“火”さんの地元の神が知ったら腰抜かすだろう、神宝ともいえる目玉焼きを実食だ。


 もぐもぐ。


 う、美味い……! “火”さんお手製の目玉焼き、完璧な火加減だ……!


「美味しいです!」


「それはよかった」


 爺さんの“火”さんがにこりと笑う。

 流石は火を司る主神と言わざるを得ない! お姉様だけではなく、お料理上手のお袋ですら驚いている!


「貴明君、小夜子ちゃん。学園は楽しいかい?」


「はい!」


「ふふ。はい」


「それはよかった。直接経験したことはないが、それでも学友達と学ぶことの大切さは分かるつもりだ」


 “宙”さんの問いに、自信を持って答えられる。お姉様に我がチームの皆、おまけでゾンビ共といるから、楽しい学園生活を送れている。


「大昔の話だが、生み出したばかりの子達の先が気になって、全知に至ろうとしたことがある。しかし、原初神の誰かに相談するべきだった。全知の領域に足先を突っ込んだ途端、思考が固まりかけて、慌てて止める羽目になった。全知という言葉の響きはいいが、あれは単なるシステムの領分だ。おっと、話が逸れた。物事を相談できる友達がいるなら、それは素晴らしいことだ」


 “宙”さんがしみじみとしているが……お姉様をチラリと窺う。目が合った。そうですよね。急にそんなスケールの話されても困りますよね……。


「あったあった」


「……」


「“宙”の若気の至りだな」


「あっはっはっ!? あいたたたた!」


 それに対して、昔の思い出程度の扱いをする原初シンジャー。こ、この四葉貴明に頭痛を覚えさせるとは……!


「……担任は?」


「えーっと、竹崎重吾学園長が担任でして、実践と実戦主義の凄くいい先生です。それと、親父の知り合いでもあります」


 “無”さんのぼそりとした呟きに返事をするが、またしても他の原初シンジャーが驚いているところを見るに、普段は本当にしゃべらない神なんだろう。


「よくドラマとかである、意地悪教師が担任だったら、叔父さんとして物申しに行くつもりだったんだよね! 竹崎君はそりゃもう立派な教師だから大丈夫さ!」


 そんな無表情な“無”さんに、親父がちゃんと分ってるよと言いたげなサムズアップをした。あ、“無”さんは目を閉じてるのに、それを態々言うなと親父を表情で睨みつけてる。


 だがまあ、ゴリラなら学園長室に原初シンジャーが集結しても大丈夫だろう。なにせゴリラだからな。胃の剣は間違いなく死ぬが。親父一人でも匙投げたのに、追加されたら耐えられる筈がない。


 っつうか昨日も思ったけど、原初神って飯食うんだな。親父が俗すぎるから例外だと思ってた。


「趣味とか嗜好品がないと、精神が保てないってことはないぞ。俺らの精神構造はそういったものとは無縁だからな。だけどよ、楽しいことは楽しいし、美味いものを美味いと感じるのはきっといいことなんだよ。人に迷惑掛けない範囲で楽しむのことは大事なのさ」


「なるほど」


 “時間”さんが、俺の疑問に気が付いたようで、原初神の感性について説明してくれる。そして仰る通り。神だろうと半神半人だろうと楽しまないとですよね!


「だがまあ、お前さん、“混沌”と一緒で、善意で胃痛を振り撒くタイプだよな」


「なに言ってるんだい“時間”! 俺とマイサンが、善意で胃痛を振り撒くだなんて! ねえマイサン!」


「親父はそうですけど、僕は違いますよ!」


「マイサン!?」


 どこか呆れ気味な“時間”さんの言葉を否定する。この善意の塊である四葉貴明が、人に胃痛を振り撒くとかありえないね。俺に裏切られたと、ショックを受けてる親父はまさにそうだけど。


「似たもん親子だな」


「……ふっ」


「はははは」


「確かに」


「でしょでしょ!」


 解せない。“時間”さんに似た者親子と言われて、他の原初シンジャーに笑われてしまった。親父は無視だ。


「ごちそうさまでした。洋子さん。妙な奴ですが、“混沌”も根が優しい奴なんです」


「はい。知ってます」


「ははは。そうですか」


「洋子ーーーー! あいててててっ!?」


 “火”さんがお袋に話しかけるが、お袋ののろけが始まりそうですから、それ以上は止めといたほうがいいですよ。半日は潰れるんで。


「さて……」


「……」


「ああ」


「そうだな」


 “時間”さんが、再び一瞬で食器を元の未使用の状態に戻すと、原初神同士で頷き合った。


「そろそろ寝るな」


 え? もうですか“時間”さん? てっきり年末年始はずっと飲み会すると思ってたんだけど。


「もうちょい飲むのもありだと思うんだけど」


「夜通し飲んでて、もうちょいもあるかよ」


「……」


「元々予定外で起きた上に、これ以上飲んでたらいつ寝るか分からん」


「左様」


「まあそれもそうか」


 言葉では引き留める親父だが、まあそうだよねと肩を竦めている。


 彼らが起きたのは完全なイレギュラーであり、本来ならこの場にいるはずがなかった。親父と一日飲んでたのも、例外な状況だったのだ。それが終わったのだから、再び眠りにつくらしい。


「そんじゃな。洋子さん、貴明、小夜子。達者でな。おっと忘れてた、壁の時計の時間が一秒ずれてたから直しておいたぞ」


「……さらば」


「洋子さん、お世話になりました。貴明君と小夜子さんには、次はちゃんとしたお年玉を準備しておくから、楽しみにしておいてくれ」


「“混沌”の奥方どころか、甥夫婦に会えるとは思ってもいなかった。どうかお元気で」


「おやすみなさい!」


「ふふ。おやすみなさい」


「はい。皆さんおやすみなさい」


 原初神達から別れの挨拶を受け、俺、お姉様、お袋も彼らを見送る。


「俺には? 俺俺」


 一方、ガン無視された形の親父が、抗議するように自分の顎を指で突っついてる。


「別れの言葉は、俺らがちゃんと寝る前に済ませただろうが! はずかしくて二回もできるか!」


「……」


「ならあれだ。風邪ひくなよ」


「うっかりで太陽を消したりするなよ」


「もうちょっとこう、色々あるんじゃね!?」


 既に別れは済ませていたのに、今更改まって色々言えるかと、かなり雑な言葉が親父に掛けられ、それに親父が抗議してわーわー騒がしくなる。


「あばよ!」


「……また会おう」


「ではな」


「楽しかったぞ」


 そして、原初神達は最後に一言だけ話すと、光になって親父に吸い込まれていった。


 こうして原初神達は、元居た世界、彼らの子がいる世界に帰還を果たしたのだ。


 だが……。


 急に人がいなくなった居間で、親父が寂しそうな表情になっている。こんな親父は初めて見たかもしれない……。


「……猫ちゃんズが優勝したら叩き起こさないと。はっぴも四人分追加だ」


 猫ちゃんズの優勝とかいつになるんだ。なにもかも台無しだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る