子の物語であり、父の、原初神“■■”の物語
実のところ、唯一名もなき神の一柱の言葉と考えは、矛盾が多く客観的には間違いが多いのだが、人類には理解しがたい思考回路の中では、別に嘘を言っているつもりはなかった。この辺りが実の息子である貴明から、いまいち信用できないと思われている原因であったが。
最初その世界には黒だけがあった。黒には高度な知能も、自我と呼べるようなものもなかった。
その黒が、急に騒がしくなった別次元を認識して、本能的な反応をした。本当に単純な反応で、原因をチラリと見る程度の動きだ。そして後年、黒が例え話によく引き合いに出す、折しも米ソ冷戦が激化する時代の世界を捉えた。
だがそこまでだ。世界を認識したものの、殆ど何も関係ない島国を捉えた黒は、現地にいる生命体を反射的に真似たものを作り、それを送り込んだだけ。後は何かに反応することなく、再びただ存在するだけの概念と化した。
『ほうほう。これが自分と言う奴か! そして俺は人間!』
一方、分かれた端末は、真似た現地の存在である人間として自己を認識し、自我が芽生えた。面白いことに端末が、本体よりも高度な知能を持つ存在となったのだ。これが後々までしつこく、己を人間だと主張する理由になる。
尤も、力は殆どないに等しく、当時秘匿されていた異能すら見つけられない程で、役割通り世界を見るため以上の力はなかった。
『いやあ、見るモノ全部が楽しいなあ!』
それでも端末は楽しくて仕方がなかった。愚かな人、素晴らしき人、悪なる人、善なる人、邪悪な人、無垢な人。醜い争い、称賛されるべき自己犠牲。それらを見続け、更には自分に無縁だった、知識そのものが溢れる世界を、心の底から楽しんでじっと見続けた。役割だったはずなのに趣味と言えるまで、“見る”と言うことを楽しんだたため、端末の子供のシンボルは目となったのだろう。
『猫ちゃんズがんばえー!』
そのうち野球を“観”戦するまでに、数十年人の世を楽しみ続けた端末だが、自分に限界が近づいていたことに気付かなかった。元々、反射的に生み出されてスカスカだったため不滅の存在ではなく、知識や経験を溜め込みすぎて、知らずに限界を迎えようとしていたのだ。
『猫ちゃんズが勝ったから、今日は気持ちよく眠れるな!』
その時がやって来た。自らが限界を迎えているとは知らず、自宅にしていたおんぼろアパートで眠りについた端末は消え去り、その溜め込んだ情報を本体に送信した。
ここで完全なエラーが起こった。
本能や反射しかなく、ただ存在していただけの本体は、端末が溜め込んできた情報や、嬉しさ、怒り、嘆きの感情、事象や概念と言ったものを全く理解できなかったのだ。
そして、エラーで本体が機能不全を起こした際、己という自我と意識を持っていた端末の情報が本体を塗りつぶした。
『はん? どうなってんの?』
再び自我を取り戻した端末、いや、端末と本体が合致した黒が再起動すると同時に、黒から最初の概念が零れ落ちた。
それこそが“無”、“時間”、“宙”、“火”の原初神であり、世界として芽生えた種子だった。尤も黒には意味が分からない。黒からすれば、自宅で寝ていた筈なのに、気が付けば本体しか存在しなかった場所にいて、しかも世界が生まれていたのだから、当然ぽかんとなった。
そして今まで“時間”の概念が無かったところに、時の流れが生まれたため、黒と彼らは横一列の同期と言えなくもなかった。
また、別世界を観測した後に原初神が誕生したため、“時間”と“火”のシンボルは、近代的な時計とガス灯になっていた。
そこからは長かった。
『何もしないのか?』
『いいよいいよ。もう俺の仕事は終わったし。ニートしてるよ』
別世界を観測をし終え、原初神達が己の体から分かれたのをもって、自分の仕事は終わったと判断した黒は、彼らが最初の星を生み出した時も関わらなかった。
『うーん。故郷に戻りたいけどなあ……』
その後も他の原初神達が、星々を作り上げていく傍ら、黒は自分の故郷であると認識している世界に戻りたかったが、“時間”が己から分かれていたため、時空間を渡るための制御が下手になっていた。
『駄目だ。やっぱお前デカすぎて送れねえ』
『こんなスマートな俺が太いなんてありえないね』
『今から“鏡”の原初神を生み出しても遅くねえぞ』
何度か“時間”の協力で帰還を試したが、同じ原初神として括られていても、同格どころかそれ以上の黒を“時間”はその次元へ送ることが出来なかった。
最終手段として、一時的に“時間”が黒に戻ることを提案したが、それをすると再び分かれた際“時間”の人格がどうなるか未知数だったため黒は断っていた。
『子らを創造するがお前はどうする?』
『お、俺の子供? ぷぷぷぷ。そりゃあスーパーウルトラスペシャルな子供ができるだろうけど、それを自分で創造するなんて興味ないね』
その後に生まれた、原初神の子供達である第一神や第二神達にも全く興味を持たず、彼らから原初神の出来損ないと思われようと、徹底的に不干渉を貫いた。
『人間? 人間だ!』
だがその神々の侮りは、世界に人間が自然発生したことで一変する。誕生した人々は世界を広げたが、その輝きに再び惹かれた黒が活発に行動し始めたのだ。とは言え、まだ青銅の時代ではそれほどでもなかった。問題になったのは、鉄の時代になり始めたころだ。
『もう人は自分達で立ち上がったんだ。これ以上は介入するのはよせ。人同士の恋仲が幸せに暮らしてるのに、その女が気に入ったからなんて理由はもっての外だ。余所の次元から敵対者が来ないでもない限り、人の世は人が作り上げるべきだ』
頻発していた第一神達の人間への介入に対して、弊害の方が大きくなったと判断した黒が、特に個人的な私情で動いている第一神達を纏めて叩きのめす事件が発生した。それは圧倒的と言うのも生温い程の力量差で、以降神々は黒を恐れ続けることになる。
その力量差も当然である。この世界は元々黒しか存在しなかった次元なのだから、彼らは黒という世界の体の中にいる小さな存在なのだ。
なおこの時の黒は、原初神の俺は役目が終わってからここにいるはずがない。今いるのは復讐を司る始原神、唯一名もなき神の一柱だ。と名乗っており、パチモンの覆面ヒーローのようだが、本人はそれで問題ないと思っていたようだ。
『最早、我らも必要あるまい』
『如何にも』
『“時間”の力を返すぜ』
『……さらば』
『寂しくなるなあ……』
『なに。結局はお前に戻るだけだ』
そしてまた途方もない時間が過ぎ、人が最初の星を飛び立つのを見届けた原初神達は、己の役目が終わったと、星の海に、黒に還ることを選択した。
黒はそれを寂しく思い、彼らが最初に生み出した星に一人残っていたが、やがて自分の故郷と思っている世界に帰るかと考え始める。懸念があるとすれば途方もない年月、扱っていなかった“時間”の力をうまく操れるかということで、おっちょこちょいな黒は、手段を考える前から無理かもと悩んでいた。
「神様神様神様神様。どうかわたしを助けて下さい。神様神様神様神様。神様神様神様神様。神様神様神様神様」
だがそれも解決した。外部の世界から、黒が唯一己を呼べる手段として設定した、復讐が花言葉の四葉のクローバーに己の血を垂らし、四回四度の呪文を唱えた者がいたのだ。それを“時間”の権能を取り戻していた黒が聞き届けた。
「神……さま?」
「はい私は神様です。本日は泥沼ゴッドデリバリーをご利用いただき、誠にありがとうございます。お客様は、えーっと。1500年ぶり? の記念すべきお客様になりますので、私が直接参らせてもらった次第になります。ご利用目的をって、私を呼ぶなら一つしかありませんよね。はい」
聞き届け、ズルリとやって来た。時間の流れが全く違うかったため、殆ど歳月が経っていなかった、黒が故郷と認識する世界に。
押し入れで震える少女の下に、“火”を、“時間”を、“無”を、“宙”を、それどころか、星を旅立った人達すら……世界を内包した黒という次元そのものが。
だからこそ黒は、異世界を行き帰りした異世界だったのだ。
◆
そのせいでルキフグスの企みは、全く意図しない結果を引き起こした。黒に偶然繋がっただけではなく、ほんの一欠片だけとはいえ原初神達の力が、ストーンヘンジという全てが揃った場所に流れ出してしまった。
それを黒はじっと見続ける。己の最初の役目に従って。
ではない。
ルキフグスの契約者という人の行いの結果を、息子が、人が。
「我四葉貴明こそ唯一名もなき神の一柱にして!」
貴明が何とかして見せると信じて。
「原初神“混沌”の子!」
原初神、根幹の根源たる“混沌”がじっと見守っていた。
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