異世界帰りの邪神の息子

 前書き

 真百万文字記念


◆ 


 なんとかして原初神達の力を抑え込まないと、冗談抜きに地球が吹っ飛ぶ! 最悪、暴走したらなんとかして消滅させるしかない!


『おお……我らの子よ……どこに……』

『宙へ旅だったのか? 無事なのか? なぜどこにもいない?』

『どこだどこだどこだどこだ?』

『……!』


 よぼよぼの“火”が太陽となって輝く!

 やたらと上に意識を向ける“宙”が広がる!

 早口でまくし立てる“時間”から、出鱈目な針の動きをする時計がいくつも現れる!

 黙り込んでいても“無”が蠢いて白い空間が広がる!


 このっ! このロートル共が寝ぼけてるんじゃねえ! あんたらの子の神と人は宙に旅立って、それを見届けたんだろうが! それに満足して還ったんだろうが! ならっちったあ信用してやれや!


 それに俺も親父の子か! 腹と腰据えて、見守るって苦行が出来ねえこいつ等にちょっとイラっとしたぞ!


 なら行けるはず! 人に失望して第四形態になったら、俺でも自分の意識がどうなるか分からないから変身しちゃいけねえが、神への苛立ちを宿したままなら何とかなる筈だ!


『おおおおおお何処だあああああ!?』


 と言うか、なんとかしねえともう暴走しかけてやがる!


 ならやってやる!


「ぜ、全っ! 全封印かかかか解除おおおおおおおおwopqfhcag9aop1af3!」


 解除! 解除! 解除! 解除!

 

「だいいいいい! だい! 第四形態いいいいいいいぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」


 全呪力制限解除! 全権能制限解除! 全概念制限解除! 全終焉解除!


「死あれ!呪いあれ!災いあれ!禍つあれ!」


 意識を保てえええええええええええええええええ! んんぐぐぐぐぐぐぐ!


『我らの子は、人は何処に!? 守ってやらねば!』


 そ、そ、その思いが鬱陶しいんだよ! どうしようもない状況ならともかく、独り立ちした種にいつまでも拘ってんじゃねえ! だがそのおかげで、意識を人間寄りに保つことが出来た!


『この力、“混沌”か!? またそのように力を制限して、原初神ではなく始原神などと戯れているのか。いや、それより我らの子は何処にいるか知らぬか!?』


 勘違いしてんじゃねえぞロートル爺ども! 親父の力を受け継ごうと、俺は全く別の存在だ! だがまあ、分かりやすく名乗ってやるよ!


「我四葉貴明こそ唯一名もなき神の一柱にして、原初神“混沌”の子!」


 んでもって敢えて付け足すと、自称異世界帰りの邪神の息子!


カオスカース!」


 ◆


 僅かに原初神達の記憶を宿しているだけの、単なる力の塊達は見た。


 貴明は一瞬でビー玉ほどの黒い玉となり、そこから黒が溢れた。蝕んだ。塗りつぶした。


 それが起こった起点である小さな玉から、ギシり、ビシリと軋んだ音が轟く。


 パキパキ、パキパキと何かが割れていた。


 そこから何かが一つ飛び出した。山のような指だ。それがまた一本、二本と空間を裂いて現れ、ついには十本全てが現れた。


 バギリ。ギジリと音を立てて指が空間を掴んだ。そしてどれだけ周囲に亀裂が発生しようと、お構いなしに裂け目を広げる。


 その奥にソレがいた。


 顔は口も鼻も、シンボルの筈の瞳すらない黒きのっぺらぼう。全身はこれまた漆黒で、泥のような質感だ。


 ソレが手を広げきり、入り口を確保した。


 頭が首が胴が、腕が脚が手が足が、ズルリと広げた入り口を通って這い出てくる。その全てのパーツが細長い。


 だが大きい。大きすぎる。


 どこもかしこも長すぎてアンバランスなソレは獣のようで、四つん這いの状態は山脈のようだった。


 そんなソレが立ち上がる。もしここが地球なら、成層圏をぶち抜く程の巨人が、究極の黒が降臨した。


『おおその姿! やはりまた“唯一名もなき神の一柱”などと戯れているのか“混沌”! 我らの子は何処にいるか知らぬか!?』


 原初神達が、ソレを己の同胞と誤認して問う。

 その姿は、貴明が父とは違う存在だと否定しても、まさしく瓜二つだった。


『始まりの混沌ではない! 原初の混沌を更に煮詰めて、行き止まりに達した深淵にして終焉の呪詛そのものこそが、我が邪神としての真の姿! カオスにしてカース!』


 のっぺらぼうの筈の黒から、カオスから、カースから、貴明から声が轟く。

 だが神としての名と姿は同じでも、その性質は大きく違う。原初の始まりが“混沌”であるなら、人の悪意の呪詛が煮詰まり形作ったカオスにしてカースは、その行き止まりに位置する終焉の混沌だった。


『がっ!?』


『ちっ! やっぱこうなるか!』


 その貴明の出現と同時に、原初神達の記憶が消失し、彼が恐れていた力の暴走が始まろうとしていた。


 止める手段はただ一つ。貴明が勝つことだ。


『元の世界に帰るがいい! 果てなき筈の永遠に終止符を!』


 貴明が両の手を合わせ、まるで祈るかのように合掌した。


『【停遠ていえん世界せかい終焉しゅうえん庭園ていえん】!』


 閉ざされた世界で、赤く咲き誇っていたリコリスが一斉に黒く染まり、大地もまた漆黒になる。そして黒き花弁が世界に舞い、暴走した“時間”、“火”、“無”、“宙”の概念を蝕む。


 1をゼロに。


 ゼロをマイナスに


 宙を覆った。


 瞬く星々が真っ赤に染まる。星が目に、あれもこれも全ての星が瞳に変わる。ギョロリと真っ赤な眼が蠢くと、一転して力の塊をじっと凝視する。


 火を覆った。


 日食だ。燃ゆる太陽は陰り、黒が侵食し、ついには漆黒の太陽が世界を闇で照らし出した。


 時間を覆った。


 出鱈目に動いていた時計の針は、零時零分零秒を示すとぴたりと止まり、そして急速に逆回転を始めた。


 無を覆った。


 白い空間にはなにも無いのに、その中に有ると言う矛盾が起こった。しかし、矛盾はどんどんと小さくなり、ついには無ではなく有が全てを書き換えた。


 誕生の混沌とは真逆も真逆。第四形態カオスは人の死と怨念、そして死の終わりに由来する、マイナスエネルギーの化身であった。


『んぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!』


 だがである。地球で発動すれば、全てのエネルギーを奪いつくす筈の黒き花園なのに、原初神達のエネルギーをゼロにすることは出来ても、マイナスから更に果ての消滅へと至らせることが出来ない。


『gjqowp;sacojpywfq!』


 それどころか、本能的になにかを思い出したかのように、四つの単なる力の塊は合わさり、貴明と同じほど巨大な、白く輝く人型に変貌した。


 今、究極の黒い人型と、究極の白い人型が対峙する。


『こうなると思ってたんだ!』


 悪態を吐く貴明には疑問があった。父が邪神流柔術なる、訳の分からない武術の開祖を名乗っていることだ。


 これを少し前までは、よくある意味不明な思い付きの結果だろうと思っていた貴明だが、最近それに疑問符がついていた。木村太一がバアルの契約者を、時間と次元の狭間に送り込み、そのお礼参りをしようと父と探しに行った時の話だが、父は“時間”との組手云々と言っていた。


 そこから貴明は考えた。父の話を聞く限り、父と原初神達は仲がいいのか悪いのか分からない関係。というかやらかしが多そうな父と原初神達の間に、喧嘩の一つくらいはあっても変じゃないはずだ、と。

 

 だが、“混沌”として父が全く動く気が無い状態なら、原初神達との実力差はそれほど変わらないんじゃないか? それなら権能合戦をした場合、埒が明かないんじゃないか? と。


 その推測はまさに正しかった。貴明の全力の権能を防いでいる、原初神達の力の欠片とは逆の立場。かつて故郷に戻ろうと、時空間トンネルで体のあちこちをぶつけてやらかした“混沌”に、“時間”は怒鳴り込んだことがある。しかし、“混沌”がどれだけニートしていて、原初の力を使うつもりはなくてもその力は凄まじく、権能合戦では勝負がつかなかった。そこで“時間”は一つの答えを導き出し、その考えは他の原初神達も共有することになる。


 それに対抗するするために生み出されて発展したのが、邪神流柔術だった。


 つまるところ、権能では勝負がつかない原初神同士の喧嘩とは。


 肉弾戦である。


『おらあ!』


『wq1ijo79!』


 貴明と白の人型が渾身の力で拳を握りしめ、拳同士が打ち合った。


 その衝撃と同時に白と黒の閃光が奔り、閉ざされた世界が悲鳴を上げる。だがそれに構わず、貴明も白も殴る。とにかく殴る。


 これを友治が見れば、流石は原初の神だ。マッスルイズベスト。原点回帰。結局全てはフィジカルに行き着くのだなと称賛しながら納得するだろう。しかし、極論するとその通りのことを原初神達は考えたのだが、他のほぼ全人類は頬を引き攣らせるに違いない。まさしく神としての力を持ちながら、最終的な結論が、やらかした“混沌”に対しては、殴って対処するしかないというものだったのだから。


『おおおおおおおおおおおお!』


『wqopcosq37r2q!』


 お互い殴る。殴る。殴る。


 再び、そしてその度に閉ざされた世界が軋み悲鳴を上げるが、理性のない白を逃がせば比ではない被害が発生するだろう。現に、ここは完全に隔離されている筈の世界なのに、その力の余波はイギリスに波及して、時空間に乱れを生じさせていた。


(いってえええええええええええ!)


 勿論、そんな存在の拳なのだから、直接受けている貴明にしてみれば堪ったものではない。どれだけ白の概念を抑え込もうと、その格が有する質量とも呼べるような重さは、そのまま拳の重さになっていた。


 そしてやはり殴り殴られる。だがここで白の右腕に、貴明でも抑制できない程、強力な概念が宿り始めた。


(やはり力の塊でも薄っすら覚えていたんだな! それを待ってたぞ!)


 邪神として行き着いた形態にも関わらず、貴明は人間としての悪辣さでこれを待ち続け、読まれないよう技を使っていなかった。


 貴明が知る限り、原初神に対抗した唯一の実績。組手などと宣いながら、実際は怒った“時間”との喧嘩だったエピソード。これまたバアルの契約者を追って、時間の狭間に赴いた際、父が話していた武勇伝。


『wji209ud!』


 単なる力の塊なのに、ある筈のない記憶を刺激されたのか、白の右手に収束され、現在、未来、過去の力を込めて放たれたその拳。“混沌”が勝手に【時間運命崩壊拳】と名付けた、本来なら必殺の拳だった。


(やれる筈だ! 今の俺なら!)


 白の拳が、空間の時間軸すら崩壊させながら貴明に迫る。それに対して、掴むという工程は行えなかった。一瞬以上を触れれば、忽ち無茶苦茶になった時間軸に巻き込まれ、貴明ですらどうなるか全くわからない結果を引き起こすだろう。


 実際、その余波だけで貴明のいる世界の、現在動乱真っ最中のイギリスに、白き竜が二体も復活することになる程だ。


 だからほんの一瞬だけ、触れるだけ。


(マッスル! 技を返してもらうぞ!)


 貴明はその一瞬の思考の中で、イギリスの騎士相手に、己の技を勝手に昇華してくれた友治の動きをトレース。世界を覆う赤い目全てが更に充血して、その時を見定める。


 ……白の拳が貴明の間合いに入った。


『きいいいいいいいいいいやあああああああああああ!』


 貴明は奇声を発しながら、最短距離を一直線に走る白の拳、その手の甲をほんの僅かに触れた。


『!!!???』


 理性と意思なき白が驚愕する。人型である白の末端から生じた捻じれは、白の意志とは全く関係なしに肘の部分を曲げ、ついには腕全体が捩じられてしまう。


 これこそが、対原初神との肉弾戦を想定して編み出され磨き抜かれた、邪神流柔術【捻じれ】の神髄であった。


『おおおoooooo!』


 貴明は間髪入れず、時間の概念が宿っていない、白の肘を渾身の力で打ち砕く。そのインパクトで内に曲がっていた白の拳は、あろうことか白自身の胸に吸い込まれるように……着弾した。


『!!!!??????』


 白は本能的に、拳に宿った時間の概念に対抗するため全力で抗ったが、それは貴明に対する概念の防御を捨てることを意味する。


『消えろおおおおお!』


 貴明が再び放った拳は、極限まで圧縮された終焉の概念が込められていた。それが白の腕を完全に粉砕しながら、ついに白の体そのものをぶち抜いて貫通する。


(あなた!)


(あかああああああああん! 全次元で一番ヤバいレベルのどっかが一瞬見えてしもうた!)


 小夜子と太一が一瞬だけ目撃した、黒と白の決着はこの光景だった。


 だが実は、もう少しだけ続きがあった。


『これは!?』


 貴明は感じ取った。胴体をぶち抜いて終焉の概念を流し込もうと、未だ白の命を断てていないこと。そして、かつて原初神に対して人が思った想いを。その逆を。


 《偉大なる原初神よ。我らは、あなた方の子らは、人は旅立ちます。宙へ、果てなき地へ。転ぶでしょう。命を落とすでしょう。暗黒の淵に飲まれるでしょう。ですが我々は、人はそれでも一つの種として、この星の揺りかごから旅立つのです。どうか見守っていてください》


 人の抱いていた、自分達を守っていた原初神達への敬意、愛。それらを振り払ってまで、種として自立するため星から旅立った決意。


 《そうか。旅立つか》

 《ならば言葉だけを送ろう。汝らに幸あれ》

 《おう。達者でやれや》

 《……さらば》


 満足気でありながら、どこか寂しそうな“火”

 自らの領域に至った人に、単なる言葉を送る“宙”

 ぶっきらぼうながら、それでも人を見守る“時間”

 言葉こそ短いが、普段は閉じている目で人を送り出した“無”


 その人の決意と神の祈りが、貴明の最後のセーフティーを外した。


『真形体発動!』


 黒き死の花園が、一斉に白き花舞う緑の花園に変貌する。


「人との“約束”を“思い出せ”! 見守ると決めた力の欠片が、こんなところで何をしている! そんでもって、人にどうしようもないことがあったら、こっそり起きて力を貸すのもお見通しだ! あんたらは親なんだからな! どうせ今もこっそり見てる親父をみりゃ分かる! ならいるべき場所は此処ではないはずだ!」


 貴明と世界を染める白き花から光が溢れ、それは世界そのものを温かく包み込んでいく。


「元居た世界に帰れええええええええええええええええ!」


『おお……今……帰るぞ……』


 光りを浴びた原初神の力の欠片は、いや、原初神という名の親は、ゆっくり、ゆっくりと光に溶け……元の世界へ帰還を果たした。


「がはっ! はあ……! はあ……! つ、疲れたなんてもんじゃねえ……」


 本来切ってはいけない切り札である第四形態と、その上最後の隠し札である真形態まで切った貴明は、消えゆく白く花園でがっくりと膝をつく。


 それ故、一瞬だけ反応が遅れてしまった。


「しまっ!?」


 世界が粉々に割れた。


 貴明自ら展開した常世の世界だったが、彼と原初神の力の欠片の戦いはそれに耐えきれず、破断を迎えてしまったのだ。


「ぐううううう!?」


 その世界が壊れた衝撃に巻き込まれた貴明は、この世のどこにも存在しないはずの、時空の狭間に迷い込んでしまい、突風に吹き飛ばされる木の葉のように翻弄される。


(親父め!)


 だが貴明に焦りはない。それどころか父に対して、今日何度目か分からぬ悪態を吐く。


(おかしいと思ってたんだ。第一形態ライン……親父が混沌じゃないかと勘づい時、これだけ由来が分からなくて首を傾げた。だが……)


 第二形態アヴァター。人の総身となる力の裏技、人の想いの化身と化す様は、まさに原初の混沌が何にでもなれることに由来していた。


 第三形態リコリス。常世という一つの世界を内包する様は、まさに一つの世界と化した混沌に由来していた。


 第四形態カオス。説明する必要が無い程、まさにそれは混沌に由来していた。


 では境界を操る第一形態ラインは?


(これで帰って来いってことだろ)


 それは原初神“混沌”に由来するものではなかった。敢えて言うならば、父としての想いに由来していた。


 貴明と名付けた子が、己のように故郷に“帰”れないことがないようにという想い。家に“帰”ってこれるようにという願い。


……。


(ま、ありがとよ。第一形態変身)


 父の出生をなんとなく把握して、その想いに由来する力を認識した貴明は、故郷である世界をはっきりと捉えてその境界を辿り。


「こ、今度という今度こそ、真剣にマジのガチで死ぬかと思った……!」


 いつも通り締まらぬ言葉を漏らしながら、異世界帰りの邪神の息子が帰還した。

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