恐るべき式神達 ききききゅきゅきゅうううううきょくくくく

 時空が歪む。ギシリと、ギチギチと。


 四葉小夜子の正式式神である十二支に加えて蜘蛛、猫。

 山羊の頭や、醜い軟体生物のような外見様々な、万を超す悪魔の軍勢が相対する。


 ほぼ全てが特鬼相当で構成された十二支だが、その中でも特筆すべき存在は、特鬼の中の特鬼である、申を割り当てられた強き強き強き猿だ。世界を守る蛇を除けば、式神符として最上位の猿はアメリカを陥落させ、カバラの聖人達ですら、複数で対処しなければならない怪物なのだ。それ故特筆すべきなのだが……猿、猫、他の十二支達も、一目も二目も置く存在が混じっていた。


 そして畏れも。


『ギギギギギガガガアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 黒き蜘蛛が吠えると、ボゴりと体が隆起する。隆起する隆起する。


 人類が経験したことのないような漆黒の呪詛が溢れる。溢れ溢れどこまでもどこまでも。


 十二支と猫が悪魔達を放っておいて、蜘蛛の状態についてお互い目で会話する。


 十二支達は四葉貴明の血を用いて生み出され、彼と少なからず繋がりがある。そして猿、犬、猫は願いを叶えられ、直接力を与えられていた。


 だからこそ……蜘蛛は特別であり、他の式神符達から畏敬されていた。


『ギガアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 蜘蛛は、全長20メートルもの巨人である猿すら見上げる程になりながら、尚も肥大化を続ける。


 そう、特別。


 強さを求め、強くあれと願われた猿。

 凶相を求め、恩を返す者であれと願われた犬。

 仕事を求め、不死身であれと願われた猫。

 世界を守ることを求め、世界を守る者であれと願われた蛇。


 蜘蛛は、なにも求めていなかった。なにも願われていなかった。


 貴明が、小汚い式神符に宿っていた蜘蛛を、綺麗な式神符に移し替えた際、偶然その力を受け取っただけなのだ。


 つまり、最も悍ましき力を、なんの方向性も指向性もなく、そのまま授けられたに等しい。


 しかもである。貴明と密接な繋がりがある蜘蛛は、貴明の力が高まれば高まるほど、その力が一部だけ流れ込んでいた。


『■◆■◆◆◆■!』


 十二支や悪魔達ですら認識できない、蜘蛛の叫び声が世界を揺るがす。


 凄まじき、恐ろしき、黒き呪蜘蛛こそがまさしく、邪神四葉貴明最初の眷属にして僕であり、五万人の思いと貴明の切り札すら発動して形作られた、世界を守る蛇が陽の極点ならば、蜘蛛は完全なる偶然で至った陰の極点だった。


 それは最早……邪神の一柱と呼ぶに相応しい存在であった。


『■◆□!』


 世界を揺るがす巨体の蜘蛛が、千を超える強靭な足を蠢かせて、悪魔達の軍に突進する。


『ギゲ!?』


 蜘蛛の体と瘴気をほんの少しでも浴びた悪魔達は、短い断末魔を上げて、黒い泥となり溶けた。


『◆■■◆◆』


 その泥は、猛る蜘蛛の体に吸収され、更に更に蜘蛛の体を肥大化させていく。


 どこまでもどこまでも。どこまでもどこまでも。


 悪魔が泥と化す。吸収される。泥と化す。吸収。


 際限ないサイクル。


 悪魔達を貫き蠢く万を超す足。悪魔どころか、世界を潰しかねない巨体。全身から覗くギョロリとした赤目。


 なにより最盛期の神達すら蝕む呪詛。


 星の上では許されない程の、深淵そのものが降臨した。


『ニャア』


 猫も肥大化する。イギリスで呼ばれた不死身であり観測する猫は、ある存在に目を付けた。


 名をキャスパリーグ。


 騎士ケイ卿が退治するまで180人の騎士を惨殺し、また別の伝説ではアーサー王と対峙し重傷を負わせた猫の怪物だ。


 猫はそれを観測したことによって、騎士ケイかアーサー王以外では傷一つ付けられない、無敵の存在に己を変貌させた。


 その猫が、爪と牙を用いて、悪魔達の体を薄っぺらい紙のように惨殺する。


『ブモオオオオオオオオオ!』


 十二支達が、また別の空間からやって来た悪魔達に突撃する。その鏃の先端は、猿に劣らぬ丑だ。丑は雷を発しながら、一方的に悪魔達を蹂躙する。


 が、悪魔達を一瞬で斬り捨てる。


 勿論、本物ではない。変わり種と言うべきか。十二支の亥は、コーンウォールの猪。つまりアーサーの再現をコンセプトにして、小夜子が生み出した式神だ。そして再現する対象に選ばれたのは、当然ながら歴代最強のコンスタンティンである。


 小夜子は、先代に未練として引っ付いていた頃のコンスタンティンの魂を観察して、亥を作り出したのだ。尤も、コンスタンティンの技量を完全に再現することが出来ず、亥はオリジナルに劣っていたが、人間の魂ってやっぱり不思議ねと、安倍晴明の転生体である小夜子は、寧ろ面白がっていた。


『グググ……!』


 猿には気に入らないことがあった。阿修羅の三面も全て苦虫を潰した様な顔となっている。


 最強を目指す彼は、暴れる蜘蛛ともう片方の起動を感じ取り、その強さに対して少々嫉妬していたのだ。


『ワン!』


『キイ!』


 そんな猿を見上げながら、日本刀を携えて怨を返す者になっている犬と、犬の肩に止まっていた朱雀と八咫烏の概念が混ざっている小鳥が一声上げた。


『グガ……』


 犬と鳥が何を言っているかは分かっている猿だが、それはそれで気乗りしないらしく、三面が更に顔を顰める。アーサーに敗れた犬がより強さを求めて、それに応えた貴明が施した仕掛けは、猿の感性では邪道だった。


『ガア……』


 だがまあ、蜘蛛に置いて行かれるのは癪だし、修羅道の化身が邪道と思っても片腹痛いかと、猿は溜息を吐いて了承した。


『ワンワンワン!』


『キイイイ!』


『ガ……』


 日本刀を天に掲げて三度吠える犬に、鳥とやっぱ止めようかなと不承不承な猿が吸い込まれる。


 貴明が、皆はワンワンのために、でも人件費三人分かあ。などとふざけたことを宣いながら犬、猿、鳥を混ぜて、珍しくちょっとと誤魔化さず、明確にやりすぎだと慄いた


 そう、犬、猿、鳥。


『ギャアアアアアアアアアアアア!?』


 犬から光が溢れ、現れたそれに悪魔達が悲鳴を上げる。魔が、悪が、西洋の鬼達が、ある意味蜘蛛以上の天敵を本能的に感じ取り怯えていた。


「我こそ日ノ本一の!」


 若い人間の青年だ。いや、ひょっとしたら少年と言えるような年ごろかもしれない。その彼が、日本刀を悪魔達に突き出し宣言した。


 陣羽織に桃の刺繍。鉢巻に桃の刺繍。


 貴明が日本の一億数千万の想いをぶち込んでしまい再臨したそれは、日本の霊的国防に限定すれば、蛇すら一度だけなら弾き返せるだろう、究極の存在だった。


 それこそが、日本ならば見ただけで鬼達がパニックを起こして逃げまどい、悪が消し飛ぶ、鬼と悪に対する絶対天敵にして、正義と善の象徴。


「桃太郎!」


 桃太郎だった。


「悪鬼退散! えい!」


 桃太郎が刀を横に薙ぎ払う。刀から発せられたのは、仄かに桃の香りがするふわりとした優しい風だった。一億数千万の、悪鬼に絶対に、絶対に負けない概念が合わさった。


 その風に触れた悪魔達は、切断も魂の消滅もせず、柔らかく温かい光に包まれ浄化されていった。


「えい! えい! えい!」


 優しい風が、二度、三度、何度も流れ、悪魔達は近づくことすら出来ず浄化される。


 桃太郎がピンチになる筈がない。桃太郎が傷を負う筈がない。桃太郎が負けるはずがない。


 大人達の小難しい理論を必要とせず、子供達の誰もが知っている。


 単純であるが故に強力な思いを受け取った、勝利と無敵の化身こそが、桃太郎だった。


 そして式神達は一方的に、悪魔達を打ち倒していく。塵が積もって何になると言うのか。そこに悪魔の頑張りなど何の価値もなく、塵はどこまでいっても塵なのだ。


 悪魔達はただただ、何もできずに消滅していった。


































 ◆


 四葉貴明と密接に繋がっている蜘蛛が、これほどまでに強化されたのは当然だった。


 何故なら。


「ぜ、全っ! 全封印かかかか解除おおおおおおおおwopqfhcag9aop1af3!」


「だいいいいい! だい! 第四形態いいいいいいいぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」


「死あれ!呪いあれ!災いあれ!禍つあれ!」


「我四葉貴明こそ、唯一名もなき神の一柱にして、原初神“■■”の子!」


■■■■■■!」

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