アーサーと夢魔の魔女 急曲???????

 イギリスで動乱が起こる少し前、朝方のロンドン。


「今日はありがと」


「いえ、ユウコさん達を招待した国の人間ですので」


 待ち合わせをしていた如月優子と、アーサーが合流していた。妙な組み合わせだが、その原因は博物館でばったりアーサーと出会った優子が、閉店セールを行っている店の場所を尋ねたことにある。模範的イギリス紳士である先代と違って、素晴らしい正真正銘の紳士であるアーサーは、招待国の人間だからと、直接案内することを申し出たのだ。


「話には聞いてたけど、イギリスの騎士って普段でも帯剣できるのね」


「はい。外国の方によく写真をお願いされたりします」


 優子の視線の先には、アーサーが腰に装着している鞘と剣があった。許可が出ている異能者の一部は、平時でも帯剣が許されており、弟子で学生とは言えアーサーも特別に許可されていた。


「こちらです」

(不思議な人だ……)


 アーサーは優子を案内しながら、こっそりとその様子を観察する。


 次代の“アーサー”として教育されている彼の周りには、淑女と呼べるような者しかいなかった。それ故、両手をジャンパーのポケットに突っ込み、化粧に詳しくないアーサーでも、ハッキリと厚化粧だと断言できる優子は、彼が今まで体験したことが無いタイプの女だった。


「日本ではありがとうございました。お陰で吹っ切れました」


「何のことか分かんないわね」


「あはは……」


 アーサーは異能学園で世界の広さ、というか日本の魔窟っぷりを体験して、自分の実力について悩んでいたことがあった。そんな時に現れて、素振りしてた方がマシだとケツを蹴り上げた優子にお礼を言ったのだが、当の優子はそんなことはなかったと言わんばかりで、アーサーも苦笑するしかない。


「まあ独り言だけど、男振りは元に戻ってるわね」


「えーっと……その、ありがとうございます」


 アーサーは優子の男振りと言う言葉に一瞬首を傾げたが、褒められていると思い礼を言った。尤も、まさかその男振りの基準が、結婚相手を採点するための計算式から導き出されていたとは分かる筈もない。


「さあ、財布の金を使いきるわよ」


「ど、どれだけ買うんですか?」


「無論、根こそぎ」


 他愛のない男女の会話だ。観光最終日に相応しいような。


 だが事態は急転した。


「運がいいと言うべきか。天文台にたどり着く前に、弟子とは言え次代の“アーサー”を見つけるとはな。アスタロトが先々代の遺体を燃やしている筈だが、ついでに次代を消して“アーサー”の概念を弱めるとするか」


 アーサーと優子の前に、べらべらと、それはもうべらべらと企みを話す愚か者が現れた。竹崎がいれば、人間を見下すのが悪魔の定められた弱点とは言ったものの大概にしろと、悪魔を殺した後で文句を言うだろう程の愚か者だ。


 しかし、そう、悪魔だ。


 今は単なる白人男性に見えるこの悪魔、ソロモン七十二柱序列三十二位、アスモデウス。レメゲトンのコピーだが、それでもオリジナルは色欲の大罪を司る大悪魔であり、学生が太刀打ちできるような存在ではない。そして逸話がある……。


(ま、まさか人間に化けた悪魔か!?)


 急にやって来て意味の分からないことを話すアスモデウスに、混乱したアーサーが剣を抜くよりも早く。


「とってもすごい力をお持ちですね! さぞ名のあるお方とお見受けしますが、どうかこの無知な私めに、お名前を教えていただけないでしょうか!」


 腰を直角に曲げてお辞儀する優子が、素晴らしい先制攻撃を行った。一見すると状況が分かっていない馬鹿の行いだが、数多いる悪魔の中には話が通じる者もいる。しかもだ。概念として存在している悪魔は逸話に引っ張られやすく、特にコピーであるアスモデウスには効果があった。


「ほほう、中々見どころがある小娘だ。よかろう、我が名を教えよう。我こそソロモン七十二柱、序列三十二位、大いなる王、アスモデウスなり」


 アスモデウスは敬意を払って接すれば喜び、指輪や秘術を教えてくれるという逸話が存在する。それに引っ張られた悪魔は、ご丁寧に自己紹介をしたのだ。余談だが、指輪は星まわりの指輪と呼ばれ、美徳を司っている。


「ではアスモデウス様は、アーサーを殺そうとされているんですか?」


「うむ。白き竜を別の時間軸から連れてきても、“アーサー”の概念が強すぎると、弱体化してしまう恐れがあるからな」


 ここに竹崎がいれば、よく冷静に対処して、相手から情報を引き抜いたと、優子に惜しみない称賛と拍手を送ることだろう。


「逃げろおおおおおおおおおおおおお!」


「きゃああ!?」

「な、なんだ!?」

「異能者が暴れてる!」

「逃げろ!」


 状況を把握したアーサーが、周りの民間人に声だけで逃げろと言っても反応が遅れると判断して、剣を抜き放ち、近くにあった街灯を切断した。この目論見は上手く働き、民間人は突然の凶行から遠ざかろうと逃げ出した。


「少々話過ぎたか。女、お前の方は見逃してやろう」


「前を任せたわ!」


「はい!」


 優子は見逃してくれると言うアスモデウスを無視して、悪魔に間合いを詰めたアーサーの後ろに飛びのいた。


 だが他のゾンビ達という、外部電力が無い彼女は無力なはずだ。


 表向きは。


(魔力再装填!)


 優子の教師は、初見殺しや必殺技の重要性について教えを説く竹崎だ。その教えを受けた優子には、誰にも教えていないことが幾つかある。


 一つ目。自分で練った魔力はすぐに霧散するが、他人の精神力を吸収して練った魔力は、維持して体の奥底に留めることが可能なこと。そして、イギリスにやってくる前の満月の夜、伊能市で予備兵力として待機していた彼女は、友治達から精神力を吸収しており、その後は魔法を発射していなかった。そのため、魔力を再起動する必要があるものの、魔法の行使が可能だった。


(ここで撃ったらロンドンが半分無くなるわね)


 とは言え、市街地で戦略兵器のような魔法を発射すれば、ロンドンは更地になるだろう。


「おおおおおおお!」


「速いがそれだけだ。この程度が“アーサー”とはな。どれ、精神を覗いてやろう」


「なっ!?」


 アーサーは異能大会で実力を隠していた時と違い、正真正銘“アーサー”一門として、アスモデウスに斬りかかる。しかし、剣はアスモデウスに届くどころか空を斬り、アーサーは気が付けば真っ黒な空間に立っていた。


『ニャア』


「ひっ!?」


 アーサーが耐えきれず悲鳴を漏らす。居てはならない存在がいた。


 単なる黒い猫の妖異。体格も通常の猫の倍ほどしかなく、牙と爪が鋭い程度で、分類でも最も弱小である小鬼だ。


 だが、アーサーは、この妖異だけはだめなのだ。


 ここは恐怖を形作る精神世界。その程度の存在が現れたのにも理由がある。


『ああなるほど。ガキの頃にこの妖異に纏わりつかれて、衰弱死する一歩手前だったのか』


 どこからともなく響くアスモデウスの言う通り、まだ子供だったアーサーは、常に視界に映り込む猫の妖異にじっと見続けられ、衰弱死する寸前だった。偶々それに気が付いた異能者が、猫を退治したものの、アーサーにとっては幼い心に刻まれた傷なのだ。


『グガガガガアアアアアアアアアアア!』


 その恐怖を吸い取り、黒猫がドンドンと巨大化していき、ついにはアーサーを見下ろす巨体となり果てた。


 それだけではない。


「あ、あ、ああ……」


 アーサーが後ずさる。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 その猫はうっすら虹色に光り、筋繊維が皮膚を突き破って脈打ち、頭から和人形のような髪が流れて口はニタニタと笑みを浮かべていた。


 これこそが、アーサーが勝手に作り出してしまった、かつてのトラウマである猫、藤宮雄一、北大路友治、四葉小夜子が合わさった、敗北の化身である。


「せーのっ!」


「いっ!?」


 肥大化していた猫がぴたりと止まる。アーサーの恐怖の感情は、突如尻に発生した痛みが原因で、意識に空白が生まれていた。


『このガキの精神世界に入って来れるとは、貴様、よく見れば夢魔か。色欲の大罪としてますます気に入った』


「ユ、ユウコさん!?」


 その痛みを与えた張本人、アーサーの尻を思いっきり蹴飛ばした優子が、彼をぎろりと睨んでいた。


「悩むくらいなら剣振れつったでしょうが!」


「い、いえ、でも」


「言い淀んでる暇あったら斬れ! さあ行くわよ!」


「あ!?」


 アーサーを一喝した優子は、なおも言い淀むアーサーに背を向けると、いつの間にか雄一、友治、小夜子、猫に分離していた敗北の化身に無策で突っ込み、アーサーも慌てて追いかける。


『【四力結界】!』


「本物に次は勝つって言っておいて、偽者に負ける気!?」


「い、いいえ!」


「なら斬れ!」


「はい! はああああああああああ!」


 紛い物の四力結界が展開されるが、それはアーサーが再戦と勝利を誓った本物に比べると、まさに紛い物。くすんだ虹色はあっけなくアーサーに斬り裂かれると、闇に溶けていった。


『むん!』


「あんたらが至ってるって言った筋肉達磨は、あんなにスカスカ!?」


「いいえ!」


「なら斬れ!」


「はい!」


 紛い物が筋肉を隆起させて襲い掛かるが、真の肉体的到達者に比べると、まさに紛い物。スカスカで全く中身が無い肉体は、加速したアーサーに斬り裂かれると、闇に溶けていった。


『あらあらあらあらあらあらあらあら』


「本物だったら私らとっくに死んでるから斬れ!」


「はい!」


 紛い物の超越者に対してだけかなり表現が違うが、優子の言う通りそうなっていない時点で、まさに紛い物。超越どころか何も超えていない者は、更に加速したアーサーに斬り裂かれると、闇に溶けていった。


「ニャ」


「斬る!」


 最早、優子の言葉は必要なかった。アーサーは更に、更に加速して、最後に残った幼き日の忌まわしき紛い物を、一瞬で斬り裂いた。


 猫が闇に溶けていった。


 闇に光りが差し込んだ。


「勝ちに行くわよ! 」


「はい!」


 優子とアーサーが光りに向かって駆ける。そして彼らの精神は、現実の肉体に帰還した。


「ちっ。まあいい。それなら現実で殺してやるだけだ」


 現実世界ではほぼ時間が経過しておらず、手間が増えたとアスモデウスが舌打ちした。


(再装填完了!)


 勿論、優子がそんな言葉に付き合う筈がない。丁度魔力の再装填が終わったのなら尚更だ。


 そして彼女の隠し玉、二つ目。


「変身!」


 夢魔である彼女は、物質的な人ではなく、霊体の夢魔形態に変わることが出来た。


「さあ! やるわよアーサー!」


「ユウコさん!?」


 優子の状態にアーサーは驚愕する、

 通常の人間では見ることが出来ない霊体となった優子は、物質から解き離れたことで、服は地面に落ちて代わりに魔力で編まれた布を纏い、髪は水の中にいるようにゆらゆらと浮いていた。


「魔力譲渡!」


「ぐっ!?」


 優子から流れ込んできた、大瀑布のような魔力にアーサーが呻く。

 彼女の三つ目の隠し玉。魔力を魔法として発射するのではなく、他人に分け与えて強化することが出来た。


「サンダー!」


 優子が選んだ魔力の形質は十八番の雷。バチリとアーサーから放電が起こる。


 更に、物理現象を無視して圧縮された雷が、アーサーの剣から迸る。その様相はまさに、雷の剣と言うに相応しい。


 余談を挟む。


 アーサーの剣は先祖返りを起こしている。


 師である今代は剛剣の極みに至ったが、その弟子である彼は異能大会で披露したように、相手を先に斬り捨てる速剣の使い手だった。ひょっとしたらそれもあって、同じ速剣使いの先代から、弟子の今代より孫弟子のアーサーが優秀だと可愛がられているのかもしれない。


 そんなアーサーに、雷の形質になった魔力が注ぎ込まれたのだ。どうなるかは火を見るよりも明らかだろう。


(ヤバい!?)


 一瞬で人類が扱ってはいけない魔力を宿したアーサーに、アスモデウスは生命の危機を覚え、悪魔としての真の姿を解き放つことにした。


 愚か極まる。もうとっくに手遅れだ。


 雷光が走り、奔った。


「おおおおおおおおおおおおお!」


 アーサーの剣は最短距離を真っすぐに突き進み、その切っ先はアスモデウスの胸に突き刺さった。


『ぎゃああああああああああああああaaaaaaaaaaaaggggggggg!?』


 悪魔に変身しかけていたアスモデウスの口から、尋常ではない叫びが吐き出される。とてつもない悪魔の耐久力を考えると、単に胸を刺されただけでは致命傷でない筈だ。


 だが……伝承や概念に在り様を引っ張られる悪魔にとって最悪も最悪である。今のアスモデウスは致死の猛毒を流し込まれているに等しい。


 まずブリテンの地でアーサーに斬られただけでも最悪なのに、その上、雷の剣も最悪だった。


 エクスカリバーにはモデルになった剣が存在する。ケルト神話に登場するその名は、カラドボルグ。別名、“固き稲妻”。


 更にもう一つ、優子が、使が関与しているのなら、最早どうしようもない。史上最も有名な魔法使いにして、アーサー王伝説の登場人物、マーリンは夢魔と人との間に生まれた存在と伝わっている。


 イギリスブリテンで、アーサーアーサー王と、夢魔の魔法使いマーリンが力を合わせ、雷の剣エクスカリバーを振るったのだ。


『に、に、人間如きにいいいいいいいいいいいいいいい!?』


 ブリテンの地の悪を打ち払う、アーサー王伝説の概念そのものを叩きこまれたに等しいアスモデウスは、自分を侵食する伝承に苦しみぬくが、もっと根本的な問題があった。


「消えろおおおおおおおおおお!」


 優子の叫びと共に、固定化された雷が一瞬だけブリテンを、世界を照らした。


 悍ましき邪神、四葉貴明をして戦略兵器と称した魔女が、周りに被害を出さないよう魔力を一点に集中したのだ。極僅かな例外を除いて、耐えられる者は存在しない。


『あ』


 アスモデウスは一言の断末魔を発すると、極光に焼かれて跡形もなく消滅した。


「はあ……! はあ……!」

(む、無我夢中だった……!)


 現実世界に帰還してからは、殆ど無意識に動いていたアーサーが大きく息を吐きだす。その無意識だった故に、ちゃんと優子の顔を認識していなかった。


「ユウコさ……ん?」


 ユウコさん大丈夫ですか? そう言おうとしたアーサーが、彼女の顔を状態を確認して固まってしまう。


(ユ、ユウコさん……だよね?)


 それもそのはず。霊体となり厚化粧が剥がれた優子の顔は、絶世の美女ではないが、少女のような顔立ちとぱっちりとした瞳を持ちながら、どこか艶のある妖しさを持ち合わせており、ハッキリ言って完全に別人だった。


「なによ?」


「い、いえなんでもありません」

(そういえば、あの悪魔はユウコさんのことを夢魔だと言っていた。余計な騒動に巻き込まれないように、敢えて厚化粧していたのか……)


 アーサーは思わず優子の顔をまじまじと見てしまい、凄まれて目を伏せながらそんなことを考えていた。


 少々考えすぎだ。


「化粧が好きなだけよ」


「あ、はい」


 この如月優子、正真正銘、化粧するのが好きなのに、どうしようもなく下手なだけだった。しかも本人は楽しんでいるため、腕を上げる気がないときた。


「あ、説明するのよろしく。ちゃんと終わったの確認できるまで、霊体は維持しとかないとけないから、潜り込ませてもらうわよ」


「え?」


「覚えがある! “今代”の弟子だ!」

「ここで何があった!?」


 優子が一方的にそう言うと、霊体のままアーサーの体に潜り込んだ。その直後、異能者が暴れていると通報を受けたり、優子の超強力な魔力を感知して、ロンドン中の異能者が集まってきた。


 アーサーの体感では、悪魔と遭遇して数時間にも及んでいたが、実際はたった数分間の出来事であり、それを考えると素晴らしい即応だった。


「アスモデウスを名乗る悪魔に襲撃されました! その悪魔が言うには、目的は白き竜を別の時間軸から連れてくることと、先々代の遺体を燃やして、“アーサー”の概念を弱めることです!」


 ブー! ブー! ブー!


「緊急警告!?」

「彼の言ってた通りのことだ!」

「総動員体制!?」


 アーサーが先程起こったことと、アスモデウスの目的を説明している最中、彼らの携帯端末が一斉に鳴り出した。奇跡的なタイミングの一致で、イギリスの諜報部がルキフグスの策謀に気が付き、全イギリスの異能者の携帯端末に情報を送り、総動員令を発令したのだ。


「ロンドン防衛用の結界が展開されたぞ!?」


 その直後、首都防衛用に採算を度外視して設置されていた、ロンドン全体を覆う光の結界が展開されて、現在がどれほど緊急事態かを全ての者が実感した。


「結界の外で次元が乱れてる! 悪魔達の反応複数! 正確に分からない程だ!」


 更にその直後、ロンドンの異常現象を観測する研究機関が、結界の外で異常な次元の乱れを感知して、そこから這い出ようとしている悪魔達の襲来を報告した。


「あれはなんだ!?」


 それに呼応するように、九つの光が、歴代“アーサー”の遺品を保管している、秘密の部署から飛び出し、ロンドンに展開していた結界をすり抜けて、大地に降り立った。


「急に放り出されて状況はよく分かっていないが、やるべきことは違いようがない」

「如何にも」


 殆ど何も知らされず、現世に放り出された形の歴代“アーサー”達だったが、祖国に悪魔が襲来しているのだから、行うべき行動はただ一つ。ただ斬り捨てるのみだった。


「自分の役割は……!」


 一方、ロンドン内部の異能者は、元々作成されていた首都防衛用のシステムに役割を割り当てられ、端末に送られてきた指示に従って、各々迅速に行動を開始した。


(自分はまず、アスモデウスと交戦したことを伝えて、その後、役割通りロンドン結界内部の確認!)


 アーサーは通信回線が混雑しきって通じないので、アスモデウスと交戦して打ち倒したことを伝えるため、軍の施設に駆けだした。


「あ、ちょうどいいところで見つけた」


「はい?」


 その道中、アーサーの体から抜け出した霊体の優子の視線の先には、彼女の魔力を感じ、異能で自身を強化して全力疾走でやって来ている、友治、勇気、太一、小百合の、チームゾンビーズと、雄一、飛鳥、栞のチーム花弁の壁の姿があった。


 彼らの端末はイギリスの物ではないため現状を知らず、一旦全員で集合することを選んでいた。


「ちょっと魔力チャージさせて」


「は? なぜ霊的マッスルになってる?」

「なにその霊体」

「え? ひょっとしてすっぴんなん?」

「え!? え!?」


「ついさっきアスモデウスと交戦。目的は白き竜を別の時間軸から連れてくることと、先々代“アーサー”の遺体を燃やすことっぽい」


 ゾンビーズの面々ですら初めて見る、霊体化状態の優子だが、彼女は戸惑う仲間を気にせず精神力を吸い上げ、現在起こっていることを淡々と説明した。そして優子は先程魔法を放っているが、単に魔力をアーサーに流して強化するのは問題なかった。


「貴明と小夜子は?」


「分からん。ホテルにいたのでは?」


 飛鳥が辺りを見回しながら、貴明と小夜子の姿を探すが、別行動をしていたため雄一には心当たりがなかった。


「あっちよ。小夜子が来てる」

(これは……ひょっとしてかなりマズい?)


 飛鳥とは別の場所を確認していた栞が、向かってくる小夜子を見つけた。しかし……その表情を見て慄いた。


「皆、暇ね? 猫の手も借りたいから手伝って」


 栞だけではなく、全員が事態の深刻さを感じた。小夜子は全く余裕のない鬼気迫る様相で、しかも手が足りないから協力しろとまで言うではないか。普段の栞達なら、そんなこと世界がひっくり返っても起こらないと思うだろう。


 つまり、世界がひっくり返ろうとしていた。


「わ、分かった。貴明は?」


「連絡が付かないわ。それに割くリソースすら全くないのかも」

(あなた、なにを相手にしてるの?)


 姿が見えない貴明について飛鳥が尋ねるが、小夜子は首を横に振る。


 小夜子にとって最大の問題は、愛する夫である貴明と全く連絡が取れないことだ。小夜子は、それだけで世界がひっくり返ること以上の何かが起こっていることを確信させた。


「アーサーがいるのはちょうどよかった。上に伝えておいて。天文台辺りで時空間がほつれてる、と」


 だがまずは、単に世界がひっくり返ろうとしていることを防がねばならない。


 ◆


 アーサーと、それにくっ付いている優子と別れた一行は、天文台に急行した。


「駄目だ! ほつれがどんどん大きくなっていく!」

「何とかしないと!」


 天文台の裏に存在する部門の職員たちが悲鳴を上げているが、それもそのはずである。なんとか特殊な力を持った者達が維持していたが、現在、過去、未来の時間が入り混じりかけ、全く異なる次元の穴すら開きかけていた。


 今も、一つ小さな亀裂が……。


「ああもう鬱陶しいわね!」


 ビシリとガラスが割れるように発生した空間の亀裂を、小夜子は苛つきながら引っ掴んで、無理矢理閉じてしまった。人間に行える行為ではない。


「うわあ……」


 この人知を超えた光景に花弁の壁の面々はドン引き。


(空間の亀裂を無理矢理閉めるとか……霊的マッスルが凄まじすぎる……)

(やーばいでしょ。俺の超力壁とか紙だよ紙。改めて思うけど逆らわんとこ……)

(ひょえ……)

(ひえええええええ!?)


 ゾンビーズもビビっていた。


「今何が!?」

「誰か分からんが、これ直せるか!?」


 丁度その光景を見ていた、時空間に関する裏の部門の職員達が、藁にも縋る思いで小夜子に助けを求めた。


「ボ、ボク達にできることは?」


「目を凝らして、小さなほつれが出来たら私に教えて。それと木村は、現状維持だけでいいからサポート」


「了解!」


「分かったで!」


 飛鳥が小夜子に自分達の役割を問うが、既に現実世界を見ていない小夜子は、大きな時間と空間のほつれを修復することと、で余裕がない。そのため細かい確認を飛鳥達に丸投げし、運命や時間に介入できる太一に現状維持を任せた。


 そして。








「ああそれと、東郷は北大路にバフ掛け続けて。 一応ね」


「え?」










 ◆


 友治と太一だけがそので気付いていたが、見て見ぬふりをしていた。小夜子は空間を無理矢理閉じる寸前、空間の裂け目に式神符を送り込んでいたのだ。


 だが他国に兵器である式神符を持ってきていたのは、下手をすれば国際問題になるため、触れないことにした。それと同時に、時空間を修復しながら、なおあれだけの式神達の制御ができるのかと慄いた。


 この世ではない空間で。


 犇めく悪魔達の軍勢と。


『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

『キイイイイイイイイイ!』

『ワン!』


 申である三面六臂の阿修羅が吠える。

 酉が猛る。

 戌が剣を掲げる。


 一部以外特鬼に匹敵する、式神符十二支が激突しようとしていた。


 それだけではない。


『キギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

『にゃあ』


 八つの赤き瞳が光り輝き吠える。

 影からどろりと浮き出て一鳴きする。


 蜘蛛と猫すら動員された、人ならざる者達の一大決戦が始まろうとしていた。

















 ◆


 小夜子の推測通り、貴明には全く余裕がなかった。


 歴代“アーサー”が復活したのも、地獄で仕事をしていた貴明の分裂体が、慌てて蘇らせたものだ。しかも、その分裂体も本体である貴明自身の元に戻って、少しでも力を底上げせねばならない状態だった。


 それ故に、これまた異なる赤と青の次元で……


「蛇君そっちは任せた!」


 式神符の頂点が


『ジャアアアアアアアアあああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』


『◆■◇■◆■!』


 蛇が


 世界を守る者と滅ぼす者が激突した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る