“アーサー”達

 先々代“アーサー”コンスタンティンの復活より少し前。


(さて……)


 イギリスのとある森に、エクスカリバーの所持者である今代“アーサー”と、腕利き達が潜んでいた。普段は柔和な笑みを湛えている彼の顔は、引き締まって目も鋭い。


 ルキフグスの契約者の狙いが、白き竜を別の時間軸から連れてくることではなく、復活であると予想されていたタイミングだったので、白き竜を封印した地と伝わる森に潜んでいるのだ。


 彼らは、のこのこやって来たルキフグスを始末するつもりだったのだが……。


(師匠は罠を疑っていたけど……)


『あんたの考えはどうなのよ?』


 今代が口に出していない疑念を、気の強そうな女性の声で逆に問いかける存在がいた。


(自分もそう思ってる。思ってるんだけど、じゃあどんな罠かと言われたら、分からないんだよねえ。エクスカリバーはどう思う?)


『剣がそんなこと分かるわけないでしょうが!』


 それこそが、アーサーが腰に携えている鞘に納まっている、エクスカリバーだ。なんとこの聖剣、自我を持っている上に、今代とだけなら話すこともできた。しかも製造者の四葉貴明曰くとんだじゃじゃ馬で、それはもう気が強かった。


 そして今代の懸念は、今ここに自分がいるのは、ルキフグスの策謀に踊らされているからではないかというものだ。しかし、明確な答えは持ち合わせていなかった。


(うん?)


『どうしたのよ?』


「総員警戒!」


 今代は僅かな違和感を覚え、エクスカリバーを無視して鞘から引き抜き、周囲の異能者達に警告を発する。


「ほう、気が付くか」

「人にしては中々だ」

「確かに」


 突如森に現れた三人の人型、人間に化けているコピーの悪魔、バエル、アガレス、フォカロルが今代を品定めするような発言をした。


 これを竹崎重吾が知れば、悪魔の明確な弱点だと、首を横に振るだろう。悪魔達は人間を見下している。どんなに強力な人間がいると分かっていてもだ。これはそう定められているに等しいため、彼らではどうにもならない本能のようなものである。


 それ故、今代に先手を取られる羽目になる。


『マニフェストは!?』


(勝利!)


『了解!』


 エクスカリバーの問いに、今代が短く、ただ勝利とだけ答えた。


 エクスカリバーの力の一端だ。所持者が一つの約束事を定めることで、それに応じたサポートを行うことが出来る。あまりにも単純な“勝利”という約束だが、今代がそれを達成するために、エクスカリバーは剣から膨大な霊力と浄力を解き放った。


 余談だが……“アーサー”一門も時代の流れに適応してきた。


 先々代は世界大戦、先代は冷戦を経験したため、その剣は対人を意識したものとなり、相手に何もさせず殺しきる速さを求めた。


 では異能者と共に妖異が溢れる時代に“アーサー”となった今代は?


 この今代、“アーサー”以外に別の二つ名を持っていた。“剣壊し”、もしくは“壊し屋”である。極一部では、またあの野郎、特注の剣を壊しやがった! と叫び声が絶えなかったという。


 彼はどんなに頑丈な剣を使っても、半月程度で全て壊していたのだ。


 なぜか?


 先々代、先代とは違うと時代だったからである。そして今代は、人の負の念によって強力になった妖異に対して、一つの答えを出した。


「おお!」


 エクスカリバーを振るう今代の腕は大きく盛り上がり、顔にも筋が浮かび上がる。普段の優男の顔に騙されてはいけない。彼は一見細身でも、圧縮に圧縮を重ねた、超高密度の筋肉の塊なのだ。


『ちっ!』


 一瞬で距離を詰めてきた今代に、悪魔達は舌打ちしながら本来の姿となる。


 フォカロルは猛禽の翼を生やした男。


 アガレスは鰐に跨った男。


 バエルは蜘蛛の胴体に猫、王冠を被った人間、カエルの頭を持つ悪魔である。


 全てが無駄だった。


『光よ!』


『ぐう!?』


 その悪魔達に対して、エクスカリバーの刀身が眩く光る。聖剣の光をもろに受けてしまった悪魔達は、ほんの数秒だが大きく弱体化してしまう。


 今代にはその数秒で十分過ぎた。


『魔の粘水よ!』


 水を操ることのできるフォカロルは、突っ込んでくる今代のエクスカリバーを絡めとろうと、粘度の高い魔の水の塊を展開した。


「はあああ!」


『ばっ!?』


 その水を今代は、馬鹿な、と言おうとしたフォカロルごと縦に両断。


『我が鰐よ!』


「んんん!」


『ガギャ!?』

『そ!?』


 アガレスが跨った鰐を嗾け、鰐は大口を上げて突進する。だがなんと今代は、鰐の鼻先を殴りつけて叩き潰し、その反動でバランスを崩したアガレスの胴体を両断した。


『オオオオオオ!?』


 バエルは、同胞達があっけなく屠られたことに驚愕して、闇色に輝く壁を生み出し身を守ろうとした。これなら基礎四系統最強火力を持つ、高位の魔法使いの集中攻撃すら防げるだろう。


 選択を誤った。今代に対して勝機があるとしたら、それは守りではなく攻めることだ。


「おおおおおおおおお!」


 今代は。相手の命を奪う最短距離。最短効率。


 全身の筋肉が捻じれて脈動した。その一歩に、地面が爆発したかのように弾けた。


 異能者用に強化された剣の握りを、容易くつぶす握力でエクスカリバーを持ちながら横に振るった。


 魔法使いの集中攻撃を防ぐはずの、闇色の壁がガラスのように砕け散った。


『ギ!?』


 さらに横一線。エクスカリバーが奔った。

 猫、王冠を被った人、カエルの頭部が上下に分かれた。


『消えろ!』


『ギャアアアアアアアアア!?』


 エクスカリバーが叫ぶ。彼女は聖剣の中の聖剣なのだ。その浄力が迸る剣に断たれた以上、悲鳴を上げるバエルの運命は消滅しかあり得なかった。


「ふうううう……!」


「す、すげえ………」

「これが“アーサー”と“エクスカリバー”!」


 エクスカリバーの光によって大きく弱体化していたとはいえ、あっけなく浄化されて消滅した三体の悪魔。そしてなにより“アーサー”とエクスカリバーの姿に、精鋭達ですら呆然とする。


「剛剣の極みだ……」


 誰かがぽつりとつぶやいたそれこそが、異常な生命力を誇る妖異達に対して、今代が導き出した答えだ。つまり、先々代と先代が得意とした、速剣と呼べる剣を出来るだけ維持しながら、人外すら一太刀で葬る剛剣である。


 そのため今代は、自分の力に合う剣を求めていたが、全てを壊してしまっていた。エクスカリバーと出会うその時まで。


『緊急事態!緊急事態!緊急事態!』


 このタイミングでルキフグスの、白き竜を別の時間軸から連れてくる策謀に気が付いた対策本部が、イギリス全土に警告を発した。


「先程起こったことを本部に連絡! 私はロンドンに向かう!」


「了解!」


 今代は万が一のために同行していた、転移を使える超力者の力でロンドンへ向かった。


「遅かった!?」


 そう。遅かった。


 今代が到着すると、既にロンドンでは死者が出ていた。


 ロンドンの街自体は、首都防衛のための強力な結界が展開され、その結界と街の外で、悪魔の軍団と人間による激しい戦闘が繰り広げられていた。


 ロンドンを背にして、人類側から魔法と超力による念弾が発射され、霊力者達がその剣を振るう。それだけではない。結界の中でも、突貫で作られた簡易的な防衛施設から、軍の兵士が銃弾を撃ち続けていた。対する醜い悪魔達は、地獄の炎や氷を放ちながら、捻じれた空間から次々に這い出てくる。まさに首都防衛の決戦。


 人類側の死者は出ていない。


 だが、そこで死者が出ていた。


 矛盾があるが……ない。


「未来を見てみたいと思ったこともあるが、まさか生き返るとはな」

「左様。不思議なこともあるものだ」

「結局やることは変わらんが」

「確かに」

「偉大なる先人と肩を並べ、後の者と共に戦い祖国を守る、か」

「かつて海の果てを夢見た時より心躍る」

「先輩ばかりで肩身が狭いとはな」

「悪魔どもよ、知るがいい」

「我らこそがイギリス最強よ」


 正確には、死者が出撃していた。


 その九つの剣が戦場を、悪魔を裂く。


 誰も彼もが古めかしい服を着て、中世の貴族の様な格好だ。中には時代遅れの全身甲冑を身に着けている者すらいた。


 しかし、その実力は古ぼけたものではない。寧ろ全員が一騎当千の実力を持ち、悪魔の軍団を真正面から切り捨てていく。


 悪魔の頭を斬る。炎を斬る。氷を斬る。雷すら斬る。斬る。斬る。斬って斬って斬りまくる。


 彼らこそ。


「我ら“アーサー”の剣を受けよ」


 その九人全員が名を“アーサー”といった。そう、またしても死者が、代々の“アーサー”が蘇っていたのだ。


「これは一体!?」


「おお。知識として与えられているぞ。300年後の今代“アーサー”に会えるとはな」

「エクスカリバーか。若いころは血眼になって探し回ったものだ」

「なんの。私など死ぬ間際まで一目見たいと思っておりましたぞ。死んだ後に見ることが出来るとは思いませんでしたがな」


「まさか歴代の“アーサー”なのですか!?」


「いかにもその通り」


 流石の今代も、肖像画で見覚えのある服装と、剣を携えた集団に困惑したが、それでも悪魔達の軍団に突っ込み、蹴散らしていくのは流石と言うほかない。


「どうなってんだ! なんかしたのか馬鹿師匠!」


「そうやって深く考えようとするから、貧乏くじを引くのだ馬鹿弟子」


 そこへ遅れて、先代と先々代コンスタンティンが到着して、お互い罵りあいながら、“アーサー”達の戦列に加わる。


「あ奴も与えられた知識で知っているぞ。歴代最強、その名に相応しい男だ」

「なんとまあ、神秘の衰えた時代にあのような男が生きていたのか」


 歴代の“アーサー”はコンスタンティンを称えるが、彼らも圧倒的な剣の腕前だ。悪魔達は一方的に斬り捨てられ、ロンドンに近づくことすらできない。


 ここに、蘇った歴代と先々代コンスタンティンの十の剣。そして生者である先代と今代の二つの剣。


 合わせて……十二の剣がイギリスを守るため、掲げられたのだ。


 先々代、先代、今代がいて、次代は?


「遅れました!」


 今来た。何の因果か、本名がアーサーである今代の弟子、次代の“アーサー”が、ロンドンの結界内部を確認し終えて、“”アーサーの戦列に加わった。


 しかし本来なら、悪魔達と戦う最前線は早すぎる。本来なら。


「アーサー君、その魔力は!?」


『なによこの魔力!?』


 今代は弟子から立ち昇る、尋常ではない魔力を感じて驚く。その魔力は今代をして頬が引き攣り、エクスカリバーですら悲鳴を上げるほど、とてつもないものだった。


「えーっとですね」


「そういうの全部終わってから。今は前だけ見てなさいっての」


「はい!」


(なんだ!? 霊体!?)


 今代は、弟子とは違う別の声に驚き、目を凝らすと霊体の女がアーサーの後ろにいた。物質から解放されている女は、パチリとした大きな瞳を持ち、少女のような顔立ちなのにどこか怪しい艶を秘めている。その女が、恐ろしい程の魔力をアーサーに注ぎ込んで、彼をこの戦場に立てる水準まで強化していた。


「はははは。これは縁起がいい組み合わせだ。十三席に相応しいではないか」

「然り」


「そういうのが嫌だから、私これが終わったらとっと帰る。アーサーとセットで祭り上げられるのなんて超面倒」


「ははははははは。まあ、そうした方がよかろう。伝説になぞらえる者が多いだろうからな」

「然り然り。パーティーに招待されるのは間違いあるまい」


「うげ」


 歴代の“アーサー”達は、アーサーと女の組み合わせに笑いながらも、手早く悪魔達を解体していくが、心底嫌そうな女の顔に、もう一度笑い声をあげた。


「行きます! ユウコさん!」


 アーサーが呼んだ女。名を、如月優子といった。


「はいはい。適当に力抜いてね」


「抜き方が分からないので全力で行きます!」


「言うようになったじゃん。なら頑張りなよ」


「はい!」


「じゃあやるわよ!」


「おおおおおお!」


 膨大な魔力で強化されたアーサーが、目にも止まらぬ速さで戦場を駆け抜け、剣を振るって悪魔を両断する。


「よく分からないけど、とにかく悪魔を打ち倒す!」


『考えるの止めただけでしょうが!』


 弟子の思わぬ状態に考えるのをやめた今代は、エクスカリバーにツッコまれるが、合わせて十三の“アーサー”に悪魔達が敵う筈もない。悪魔達は雑草でも刈られるかの如く、一方的に殲滅されていった。


 ◆


 優子とアーサーに何が起こったのか。


 話の時間を動乱が起こる前、優子がアーサーの案内で、閉店セールを行っている店に案内された時まで巻き戻す。

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