序曲

 イギリスが帝国を体験するのも今日が最終日か。


『ゴアアアアアアアアアア!』


『目が見えないのにどうしろってんだ!』

『化け物め!』


 訓練場で猿君が、久しぶりに単なる大猿形態で、イギリスの最上級生を相手に大暴れしている。そして三猿の見ざるの力を使われた生徒達は、視界を奪われて得意の接近戦に持ち込むことが出来ていない。


 尤も阿修羅になれない猿君は不本意そうだが、あれは単独者の中でも更に一部用の形態だから、学生の訓練に使用するには完全にオーバースペックだ。


 そんでもって、アメリカ校が来たときは、向こうの最上級生に教官達、こちらは半裸達や教員の単独者、果ては鈍ってたとは言えゴリラまで投入して、約100人がかりで大猿形態を倒したんだからな。流石に一方的だったけど……。とにかく、イギリスの学生だけでは無理だ。そのためこれは単なる特鬼体験でしかない。


「よし行くぞ」


「応!」


 おっと。ここで半裸率いる四年生達が援軍として参加した。彼らはよく蜘蛛君に、呪詛の籠ったガスで視界を塞がれるから、気配にも敏感になっているため、視界を塞がれてもある程度戦うことが出来る。


『合わせろ!』


『助かる!』


 半裸がライバルの優男と協力し始める。優男だけは見えていなくても何とか回避できていたから、流石と言うほかない。そして四年生達の援護を受けたイギリスの生徒達も、視覚がない状態ながら、次第に猿君の攻撃を回避し始めた。


 これが国際協力と言う奴だな。卒業したら、国際異能交流部部長を目指すのもありだ。


 協力と言えば……。


「ねえ貴明。今日の夜だけど、イギリスも動員されてるのかな?」


「土地勘がないから、僕達と一緒にまずは待機になるんじゃないでしょうかね」


「ふむふむ」


 佐伯お姉様も同じことを考えたらしい。


 今日の月齢は満月だから、伊能市は妖異が活発になることが予想される。そのため国を代表して来ているイギリス校は、外交的に何もしない訳にはいかず、協力を申し出るだろう。しかし、土地勘がない彼らをいきなり投入することは出来ないため、予備兵力として待機する予定の俺達と一緒にいることになる筈だ。


 つまり集中力は切らせないが、アーサー達と話をする機会くらいあるということだな!


 ◆


 時刻は夕方。伊能市中心部に設けられ始めた臨時司令部で、我がチーム花弁の壁とゾンビーズ。それとイギリスの異能者達が集結している。まだ夜ではないので周辺には余裕があった。


『再戦する機会を窺っていたが、中々忙しそうだったから無かったな。と言っています』


「あ、あはは。確かに思ってた以上に忙しかったです……と言ってるよ」


 そのため藤宮君にアーサーとの通訳を申し出た。

 藤宮君はライバルと戦う機会を望んでいたが、イギリスはブラックタール帝国短期集中体験プランだったため無茶苦茶忙しく、残念ながら時間的余裕が無かった。


『来年の異能大会には出るのか?』


「修行になるから出ろと言われてます」


『なら来年の異能大会だな』


「はい。今度こそ勝ちます」


『それは無理だ』


 か、かっけええええ! 藤宮君とアーサーの間で闘気がぶつかっている! これはまさに、再会と再戦を約束したライバルそのもの! そしてお互い他の奴に負けるなよと言う応援でもある! な、なんてかっこいいんだ! 同じことしたいんだけど、俺のライバルはどこにいる!?


『あの、少しいいですか?』


『はい!』


 藤宮君が立ち去った後、アーサーが遠慮がちに声を掛けてきた。どうしました? まさか俺ともライバルになりますか?


『あちらの女性のお名前を教えてほしくて』


『あちらの女性……』


 あちらにいる女性は……。


「チャージしておこっと」

「また精神的筋細胞が!?」

「ぬああああああああ!?」

「ぐええええええええ!?」

「ほ、程々にね……」


 アーサーの視線の先には清楚美人東郷さんがいた。オバハンはオバハンと言うカテゴリーだから違う……じゃないよな。馬鹿達から精神力を吸い取って弾を込めてる厚化粧ですよね。


『化粧が濃い方ですか?』


『え、ええ』


 俺の直球な表現にアーサーが顔を引き攣らせるが、一番分かりやすいから仕方ない。あの厚化粧、一旦家に帰ってからも化粧をしたようで、顔が昼よりテカってるくらいだ。別に心を隠すペルソナとかじゃなくて、素で化粧が下手なだけのようだから恐れ入る。


『彼女はユウコ・キサラギさんです』


『ユウコ・キサラギさん……』


 まあ分かるよ。今までアーサー一門として鍛えられてきたから、周りの女性達も遠慮しているか淑女しかいないんだろう。だから急に現れたオバハンに、女性観をぶち壊されて興味が湧いたんだな。


 言っておくが、あいつはティーパックで紅茶を作るなんて絶対しないぞ。スーパーで大安売りしてるなら話は違うが。


『昨日ちょっとだけお話ししたんですが、何と言うか、そう、強い人でした』


 それを見てたとは言うまい。それに強いのは間違いない。日に一発だけで外部電源頼りとは言え、戦略兵器のような奴なのだ。だがアーサーが言いたいのは精神的な強さだろう。もしくは図太さ。俺でも根負けするのは目に見えてるから、メンタル100と精神的な綱引きしたくねえ。廃止したけど、賽の河原で石を積むより不毛だ。


「異能学園の生徒は集合してくれ」


『すいません。ちょっと行ってきます』


『ありがとうございました』


 ゴリラに集合を命じられたのでアーサーと別れる。


 これから突然現れる宇宙の危機、つまり宇鬼に対抗するためミーティングが始まるのだ!


 だが異能学園とイギリス校が必ず解決して見せる!


 ◆


「今回は妖異が出現しなかったな。では待機を解除、協力に感謝する」


 朝になりゴリラが終了を宣言!

 解決っていうか何も起こらなかったから解散! 以上!


 まるで明日からイギリス旅行に行く、俺達の旅の平穏さを暗示しているようだ! あっはっはっは!




























 ◆

 ◆唯一名もなき神の一柱


 うっわ偶然って怖いなあ。間違って俺に繋がってる状態で、しかもそこでやるかあ。このまま絡み合ったらヨーロッパ消えるなこりゃ。下手すりゃ地球もだけど。いや宇宙も消えちゃうか?


 あーもう分かったって! 行ったらいいんだろ! 人に対して優しいって言うか過保護すぎる! もっと大きな視点でもやばい? あっはっはっは! そりゃごもっとも!

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