優しい猫君
き、昨日はひどい目にあった。犬君の超特大浄力を受けたせいで、お腹を壊してしまった。それにしても、蛇君にはかなり劣るが、日本に限れば霊的国防の切り札のような存在になるとは……読めなかった。この四葉貴明の目を以ってしても……!
「やあやあ貴明、小夜子。パスポートの申請はしたかい?」
「おはよう」
「おはようございます佐伯お姉様! 橘お姉様! 写真もばっちりです!」
「ふふ。中々新鮮だったわ」
学園の正門で佐伯お姉様と橘お姉様に出会ったが、相変わらず凛々しいお姿だ。そしてパスポートの申請は完璧で、後は受理するだけである。
「どこを観光するか今のうちに決めとかないとね。希望ある?」
「博物館には行きたいですねえ」
「ほうほう。確かにボクもイギリスの博物館は行きたい」
佐伯お姉様に観光の希望を尋ねられた。
イギリスと言えば博物館は外せない。ロゼッタ・ストーンなんかは、非鬼だったか特鬼だったかを吸収した後、完全に浄化したなんて言い伝えられていたな。流石は紀元前のエジプト物。格が違う。
それと宇宙人が建造した説のストーンヘンジも見に行きたいが、日程的にロンドン観光くらいで終わるからなあ。まあ、調査員がこっそりいても、他国の異能者がフリーパスで観光できるのは、結構特例みたいなもんだからな。
「橘お姉様はどうです?」
「とりあえず飛行機に乗りたいわ」
「分かります!」
俺が橘お姉様に訊ねたが、まず飛行機に乗られたいようだ。その気持ちはとてもよく分かる。飛行機に乗るところを想像しただけでワクワクしますものね。それに橘お姉様は名家の出身だから、飛行機は異能者の自分に縁がないものだと思われてたんだろう。ライトフライヤー出しちゃうか? やっちゃうか?
「小夜子は?」
「この人がいるところならどこでも」
「はいはいご馳走様」
「お、お姉様!」
佐伯お姉様へのお姉様の返答に、僕はあああああああああ!
「それにしても、今日のイギリスは例の式神符を使うらしいね。ふひ。ふひひひひ」
「ぷぷぷぷぷ」
さ、佐伯お姉様が虚ろな笑いをされ始めた……それを見た橘お姉様は肩を竦め、お姉様は可愛らしいぷぷぷ笑いをあいてっ。でへへ。
と、とにかく、佐伯お姉様に燃やされるときは骨を拾ってあげるよ……。
猫君。
◆
『ジョージ。日本の土産を買っても、食べてしまっては意味がないぞ』
『げっ!?』
『にゃあ』
『ぐあああああ!?』
ジョージくううううん! 一年生の彼は、猫君が潜む森を突っ切ることを命じられたが、英語の囁きに気を取られてしまった! 後は簡単! 猫君がジョージ君に化けて背後から剣で不意打ちをかまし、ジョージ君は森から叩き出された!
どうやらジョージ君は、お土産に買った何かの誘惑に負けて食べてしまい、罪悪感を感じているようだ!
「英語だから言ってたことはなんとなくしか分からないけど、あの式神符、ボクの時に比べて優しすぎじゃね?」
教室のモニターで森の様子を見ていた、佐伯お姉様から怒りのオーラが見える! なにせ佐伯お姉様は、あろうことか嫁きげふんげふん! と言われたのだからそれも当然!
おっと、次はアーサーの番だ。この森でゲリラ戦を行う猫君は、最上級生ですら手古摺るから、アーサーでも森を突っ切ることしかできないだろう。
アーサーが森に駆け込み始まった! あの覚悟の顔なら、どんな猫君の囁きだって惑わされないだろう!
『森の傍にいる先代アーサーを見たが、胃薬が必要と思わないか?』
いきなり猫君がぶっこんで、アーサーも顔が引き攣ったあああああ!
確かにもう90歳近いのに、極東に二回も来ることになって、しかも俺達がイギリス旅行に行くから、来た意味も殆ど無くなってる苦労人だけど! いやあ、そんな苦労人の先代に、師匠であるコンスタンティンさんとの再会をサプライズできてよかったよかった。
『力を抜くというのは、力を抜くという意味だぞ。つまり力を抜くのは、力を抜くことなのだ。どうやったら力を抜くことができるんだと思ってる時点で、力を抜けていない。あくまで力を抜くのは、力を抜くことなのだから』
ああ! またアーサーの顔が引き攣った! 多分、先代や今代に、力を抜けと言われても大真面目に考えすぎたせいで、力を抜くって意味が分からなくなったんだ!
『ふむ、アドバイスだ。抑え込んだ平常心と、武の静は全く違うものだ』
緩急!? 緩急の差なのかい猫君!? 走りながら身構えてたアーサーが、ほんのちょっとだけど乱れた! 急にこんな真面目な話をされたそりゃ戸惑うよね!
だがその後もアーサーは、猫君の囁きを受け続けても森を走り抜けてやり遂げた! なんかげっそりしてるけどやり遂げたのだ!
◆
◆
お姉様のお弁当美味しかった。俺っち幸せ。さて、昼休みは何しようかな。
うん? なんか、アーサーがベンチに座ってぼうっとしてるな。
「秘蔵っ子だから、妙なことの連続で疲れてるんでしょうね」
「なるほど」
お姉様が言うには、アーサーは疲れているらしいが……はて、妙なこととはなんだろう? 精々、蜘蛛君、半裸達、マッスル、不意打ち犬君、猫君くらいだ。
しかし……遠巻きに普通科の女の子達がアーサーを見ている。ま、好青年でアーサー一門というイギリスの貴公子なのだ。そりゃ興味あるだろう。
棒付きキャンディー加えてる厚化粧とか、ずかずかアーサーの前に立ったくらいだ。うん?
『男振りが下がってるわよ』
『は、はい?』
あの厚化粧、異能大会の時は面倒くさがって黙ってたみたいだが、夢魔のせいか話すだけなら色々な言語を話せるらしい。しかし、唐突に表れた厚化粧にアーサー困惑してる。
『ちょっと前のあんた、ベンチに座るくらいならどうしてた?』
『それは……素振りしてました』
『じゃあしたらいいじゃない』
『ちょっと世界の広さについて考えてて……』
『いいから剣振ってろ! あんたはそっちの方がマシっつうの! ほら退いた退いた。このベンチ私のだから』
『ちょ!?』
厚化粧が無理矢理アーサーをベンチから立ち上がらせると、自分はそこにドカリと横になった。
ああ、分かるよ厚化粧。今のアーサーに必要なのは、誰かがケツを蹴り上げることだよな。入学当初の東郷さんが落ち込んでた時に、馬鹿に引っ張り込んだのもお前だし。
『あの、何と言うか、ありがとう、ございます?』
アーサーが首を傾げながら、どうも励ましてくれているらしい厚化粧に礼を言うが、厚化粧の方はガン無視だ。
あんまり気にしたことはないけど、名は体を表す、か。
ほんと、優しいのな。
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