先代アーサーのプチマッスルショック

 バスから降車するイギリスの生徒達。彼らは騎士と呼べるほど近接戦に長けている連中だ。そんな彼らのお目当ては当然我らがお姉様、佐伯お姉様、橘お姉様、藤宮君。


「俺のマッスルが称賛を浴びている気がする」

「やっぱすげえよイギリスは。俺はお前の筋肉を直視する勇気が無い」

「などと狭間勇気が申しており」

「レディの貞淑さを求められるから全員却下。まあ私はちゃんと貞淑なんだけど」

「何言ってるの……」


 ではなく馬鹿言ってるゾンビ共。もっと言えば北大路友治、本名マッスルだ。


 おっと。先代だけお姉様をガン見している。一方、お姉様は素晴らしいニタニタ笑いだ。エクスカリバープリティあいてっ。でへへ。


 それはそうと皆さん、なぜマッスルに熱い視線を送ってるんですか? 何と言うか、山の頂を目指す登山家みたいな、はたまた憧れを見たようになってますよ。


 まあ……冗談はさておき分かるよ。俺も邪神流柔術後継者として、マッスルには畏怖の念を感じている。


 特に異能大会で、マッスルに直接ぶっ飛ばされた者達は分かるのだろう。途方もなく見上げるしかない頂に至った者。筋原線維、筋繊維、筋束、筋。その全てを一本一本認識して運動しているのではないかと錯覚してしまうほど、完璧な肉体的到達者を。


 彼らは近接戦のエキスパートである騎士だからこそ、畏敬と憧れの眼差しでマッスルを見ているのだ。


 だが、それでも山の中腹程度しか認識できていない。


『先代。彼がそうです』


『うん? ……なあ師匠……人間は人間のままでああなれるのか? ああも至れるものなのか?』


 アーサーに促された先代が、俺が始めてマッスルの全力戦闘を見た時と同じようなことを口にする。近接戦のエキスパートどころか、ほぼトップにいた先代だからこそ、正確にマッスルのいる位置が分かるのだろう。


 神仏の力なし。特殊な権能なし。ただ己の強化のみ。マッスルは純粋な人間の力のみで頂にいるのだ。それを純度と表現するなら、ゴリラは阿修羅の、アーサー一門は神と精霊の加護を持つ以上、不純物が混じっていると言わざるを得ない。


『あれは憧れるだけに留めておけよ。追いつこうとしたらイカロスと同じ目にあうぞ』


『はい』


 先代がイギリスの生徒達に忠告する。まさしく近接戦闘者にとってマッスルは太陽だ。目標としたら足元が見えなくなって落下死するだろう。


「妙に気に入らん。いや、認めよう。嫉妬だ」


「ええ」


 おおっと!? 藤宮君と橘お姉様がメラメラと燃えている!


 異能大会で藤宮君はアーサーと激闘を繰り広げ、橘お姉様は防御タイプの選手を打倒している。その2人も来ているのに、彼らが見ているのはマッスルなのだ。若干バトルジャンごほん。戦闘きょごほん。戦士の藤宮君と橘お姉様は、なぜ今度は自分が勝つとこっちを睨みつけないんだと、バトルジャンキーや戦闘狂特有のジェラシーを感じている! あ!? ごほんごほん!


 ん? いや、違うようだ。


「む」


 藤宮君と橘お姉様が唸る。


 マッスルのマッスルなんかそう長く見たいものではなかったのだろう。アーサーと橘お姉様に敗れた選手が、2人をじっと見ていた。あ、半裸会長と紙一重の差で敗れた、女性のような優男の生徒も半裸を見ている。


 こ、これは!? 闘志が渦巻いて空間がぐにゃりと歪んでいるようだ!


 でもなんでイギリスルーキーの皆さん、お姉様のほうを頑なに見ないんですかね?


「ぐすん。飛鳥、イギリスがひどいのよ。誰も私を見てくれないなんて」


「いや、それ言ったら特に因縁のないボクも見られてないから」


 お姉様が嘆きながら、イギリスの非情を佐伯お姉様に訴える。しかし……確かに佐伯お姉様はイギリスとは特に因縁がないが、大会中に空から一方的に攻撃した相手には、とんでもなく因縁を作っている。


『ようこそ異能学園へ。歓迎いたします』


『お世話になります』


 ゴリラが英語で先代に声をかけると、周りがざわりとした。

 かつて日本最強の名を欲しいままにした“独覚”竹崎重吾と、イギリス最強の代名詞だった“先代アーサー”のツーショットだ。存命の中で旧石器時代の勇者を決める際には、必ず名前が挙がる2人なのだから、周りが興奮するのも無理はない。


 とは言っても両方とも既に最盛期をとっくに過ぎている。のは先代だけだ。


『以前お会いした時も思いましたが、どうもまだ底がなかったようですな』


『自分でも意外でしたが、そうだったようでして』


 目を細める先代の言葉にゴリラが苦笑する。

 ゴリラはもう中年を過ぎかけてるのに、蜘蛛君と猿君のブートキャンプ、いや、再生工場のお陰で全盛期を凌駕するスーパーゴリラに変貌を遂げている。


 俺の邪神的センスを使った見立てでは、全盛期の先代とかつて脂がのっていた頃のゴリラはいい勝負だから、今のゴリラは全盛期の先代より強い筈。


 そんなゴリラだからこそ親父と親しいんだろう。本来なら飲み会のセッティングをしてやるところなのだが、なんか分からんけど、今の親父に絶対連絡するなと俺の邪神的センスが囁いている。


『まずは非鬼の訓練符にご案内しましょう』


『よろしくお願いします』


 おっと。親父のことはどうだって……よくない気がするけど、まあいい。


 それよりゴリラが非鬼の訓練符まで案内するということは、トップバッターは蜘蛛君か!


 蜘蛛君がんばえー!

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