幕間 先代アーサーがやってきた理由

 なぜ先代アーサーが嫌々異能学園を訪れたのか。端的に説明するなら、ほぼ北大路友治と四葉小夜子が原因だった。


「間違いなく到達者です」

「至っているとしか言いようがありません」

「年を考えるとあり得ないことです」


 異能大会のルーキー部門は撮影が行えなかったため、大会後に聞き取り調査が行われた。その際、出場選手だけではなく、それを見ていた通常部門の選手や、引率で同行していたスタッフが、口を揃えて友治が“到達者”だと断言したのだ。


「到達者なんぞ、儂の師匠でようやく言われてたんだぞ? やっぱり日本には関わらん」


 それを聞いた先代は苦い顔をした。

 欧米でほぼ人類の頂点を指し示す到達者の称号は、彼の師匠であり、歴代最強のアーサーと謳われた先々代も冠していた。


 自分の師がどれほど出鱈目だったかは今も脳裏に焼き付いているし、しかもつい最近痛めつけられたものだから、そんな奴とは絶対関わらないと先代は心に誓った。


 だが……更なる問題があった。


「あれは……よく分かりませんでした……お化けを見たというか、存在しない筈の何かを見てしまったというか……」


 藤宮雄一郎と激闘を繰り広げた先代の孫弟子、何の因果か本名アーサーが、バトルロイヤルの森で出くわしてしまった怪物の中の怪物を思い出す。


「霊力か? 権能使い?」


「多分霊力とは思うんですけど、殆ど知覚できなくて」


「お前さんが知覚できないか」


 アーサーに質問した先代が、同席している自分の直弟子である今代と目を見合わせる。


 幾ら才能溢れるアーサーとは言え、アーサー流剣術を封じた状態で優勝できるほど世界は甘くなかったかと先代と今代は思っていた。しかし、そのアーサーでも知覚できない程強大な霊力を持つ者が学生にいたのは予想外だった。


「他の者はなんと言ってる?」


「殆ど同じですよ師匠。何が起こったのか分からなった。剣が勝手に動いた。気が付いたら森の外だった。そして、あれは超越者だった、と」


「むう……」


 先代が今代に話を振って唸る。


 以前に先代が幾人か直接見て、次代はそう心配することはないらしいと満足していたルーキー達が、何もできずに一方的に敗れ、しかも到達者の上、超越者などと呼ぶのは余程のことだ。


「そいつ本当にルーキーか? どこぞの神格が人間のフリをして紛れ込んでたりとかしないか?」


 先代は半分冗談を口にする。


 正解と言っていいだろう。九尾の狐と宙の力を持った安倍晴明の転生者など、そこらの木っ端な神格など寄せ付けない。日本の関係者が、鬼子の正体を知れば泡を吹いて卒倒するだろう。


 尤も、正真正銘の神格がガヤ要因として混ざっていたのは、流石の先代をして予想できるはずもなかった。


 それからイギリスの異能を司る部署は揉めた。


 ルーキー部門の個人バトルロイヤルで何とかアーサーが優勝したが、それ以外は全て日本だ。その秘訣を探ることもそうだが、到達者と超越者がどれほどか知る必要があった。しかし、生半可な者を送っても意味がない。


 そこで思いついた。


「そうだ! 先代アーサーなら間違いないだろう!」


 思いついてしまった。御年80をとっくに過ぎ、90歳に達しようとしているお爺ちゃんに、また極東に行ってもらおうと鬼畜なことをである。


「は? 今なんて?」


 模範的イギリス紳士であるはずの先代が、悪態をつくことなく素で聞き返したくらいだ。


 勿論ちゃんとした理由がある。国防の観点から現役の異能者達と今代アーサーは動かせない。そう考えると、若い者を送っても意味がないので、一線を退いた者に限られた。その中で最も腕利きで、かつ、一度異能学園に行ったことがある先代ならまさに完璧だった。先代の気持ち以外。


 そこからは早かった。いくら先代が嫌だと思っても、国のためのちゃんとした理由があるなら断れない。彼は心底うんざりとしながら、再び極東の異能学園に足を踏み入れることになったのだ。


(やっぱり来なきゃよかった……)


 先代が心の中で消沈する。


 先代が前回ここに訪れたときは、お忍び状態で学生と会うことがなかった。


 しかし、いるわいるわ。


 死線を潜り抜けてきたからこそ分かる、関わってはいけない学生達が。


(か……遊びのつもりでも殺されるな……)


 特に、裂けるようなニタニタ笑いの少女とか。


 今、先代アーサーの受難が始まろうとしていた。


 ◆


 九州支部。


「なんか茶飲み友達になれそうな気配が」



































 ◆ 唯一名もなき神の一柱


「ああもう。また混線した」


「どうしたんです?」


 畑の土いじりをしていたら面倒な電波が飛んできた。滅多に混線なんて言わないから、洋子も不思議そうにしている。


「イギリスから電波が飛んでくるんだよ。しかも完全に宛先間違って、俺に交信しようとしてるんだ。屁理屈付けすぎて訳わからん。Arthur。Artoriusu。Ambrosius Aurelianusu。そんでもって終わりのZに一周回ったAを付けて四回呼ぶんじゃないよ。名を貶めて弱体化させようとしてるのは分かるけど、語尾の綴りも違うから、無茶苦茶すぎて俺のところに繋がってるし」


 マジで天文学的な確率だ。奇跡といっていい。出鱈目な方法で偶然も偶然。四葉のクローバーか直接的な触媒もなしに、よくぞまあ俺に繋がったもんだ。こういう連中はちょっと頭が変だから、阿保みたいな思い付きを試そうとするんだよな。でも結局、接続先間違ったら意味ねえし。うける。ぷぷ。


 ってこいつら、新しくできたナヘマーの信奉者か。妙な縁があるな。ああはいはい、ナヘマーが対になってるのにあやかろうとしたのか。そんでそういう計画ね。まあ頑張ってくれ。そのナヘマー、いま日本の地獄にいるけど。あの地獄の裁判が分かってないらしい。


 っ!? なんやて!? びっくりしたやん! 起きたなら一声って、そういう奴だった!


 えー!? そりゃあ筋が違うぜ! お前さんの司ってる力が人に向いて、アレがイギリスを漂白しても俺には関係ないじゃん!


 え? 態々露悪的になるな? あっはっはっはっ! こりゃ失敬!


 分かった分かった! 分かりました! とりあえず事が起こりそうになったら、現地に行くことで手を打とう!


 まあ、これは単なる予想だけど俺の出番はないよ! アレは人間に2回も敗れてるからね!


「あなた?」


「おっとごめん!」


 ちょっと無言で黙りすぎたから、洋子が首を傾げている。あ、そうだ!


「夕飯だけど、一人分余計にお願い! それとグラスも! ビールは買ってくるから!」

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