幕間 伊島祐真と美羽の体験入学

「聞いてたのよりもっと凄かったんだけど」


「うん。確かに」


 異能学園の体験入学にやって来ていた伊島祐真と美羽の双子が、午前の見学を終えて昼食を食べるために食堂に向かい、ぽつりと呟いた祐真に美羽が頷いた。


 この2人、双子だけあって身長が同じ165cm程で、祐真は短い髪で目元が垂れ気味の柔和な美少年、美羽は腰まで流れる黒い絹のような髪を持ち、目がぱっちりとしている文学少女といった美少女で、一文字違いなのに可愛らしいは可愛らしいが狂犬の西岡美夏とはかなり違った。


 彼らは幼少期から異能研究所に、その秘めた力を見出されて教育を受けていた、ある意味異能研究所の秘蔵っ子で、異能学園のことも実戦的な教育機関だと事前に教えられていた。そして確かに元々異能学園では実戦的な教育をしており、現4年生の宮代を筆頭にその教育の成果が出ているのだが、今年度の一年A組はその実戦と言う言葉を煮詰めた様な竹崎重吾が担任だっため、双子が聞いていた以上の光景を目撃することになってしまったのだ。


「それにしても……」


「気疲れしたね」


「まあね」


 溜息を吐きながら言葉を濁した祐真に、美羽がズバリとその原因を言い当てた。

 異能研究所の秘蔵っ子でも彼らの生まれは一般家庭だったため、同じ体験入学生なのにバチバチと火花を散らし合ってた未来の同級生達に気疲れしてしまったのだ。


「わあ広い」


「本当だ」


 彼らが食堂に到着すると100人以上は優に収容出来る食堂の広さに驚いたが、まだ複数の食堂が学園中に存在しており、とある主席はその全ての警戒網を上げることにげんなりしていた。


「久しぶりだな淳一」


「お久しぶりです」


 そんな食堂では、名家出身の体験入学生は同じ一族の者に迎えられており、久方ぶりに一緒に食事をしていた。


「美夏!」


「兄ちゃん!」


「おいっす美夏ちゃん久しぶりー」


「さ、三郎兄ちゃん久しぶり!」


 一部は非常に騒がしかったが。


「さて、どれにしようか?」


「無難なのを……」


 一方、名家との繋がりが無く、普通科にも知人がいない祐真と美羽には関係ないことで、祐真は首を傾げ、美羽は目を細めて食券機の前で何を食べようかと悩む。


「唐揚げがいいと思うよ!」


「え?」


 双子が後ろから声を掛けられて振り向くと、そこには田舎に行けばどこにでもいそうな青年がニコニコとしていた。


(さっきの戦闘訓練で最初に呼ばれてた人だ)


 美羽はその青年が、先ほど行われた戦闘訓練の見学で一番最初に呼ばれて戦い、しかも色々と記憶に残ることをしてくれた人物であったため覚えていた。


(でもなんだろう)


(この既視感……)


「……以前どこかで、お会いしたことありますか?」


「え!? いや会ったことないよ! まあ親父と会った事ならあるかもだけど!」


「は、はあ」


 それだけではない。直接その青年から声を掛けられた双子は、遠い過去の記憶が刺激されたように感じて、躊躇いがちに面識があるかどうか尋ねた。しかし青年の答えは、自分の父親となら会ったことがあるかもしれないという、なんとも返事に困るものだった。


(ってまさかああああ!?)


(ひえ!?)


 ここでようやく双子は、青年の背後でニタニタ笑っている小柄な女性に気が付いて、全身の毛が逆立ち、体が完全に固まってしまう。


「中々の力を持ってるわね」


(目を付けられた!)


(ひえええええええ!)


 祐真も美羽も、異能研究所で耳にタコが出来るほど聞かされていた。その現代にあってはならない力と出鱈目なまでの逸話を。


 人外、怪物、超越者、埒外の枠外、あってはならない者、ミンチ製造機、様々な異名があれど、最も通りのよい名こそ桔梗の鬼子、つまり小夜子であった。


(異能研究所の人達に、桔梗小夜子には絶対目を付けられるなって言われてたのに!)


(もうダメ……私達食べられちゃうんだ……)


 完全になまはげと出くわした双子の反応だが、事実として興味があれば誰彼構わず喧嘩を吹っ掛ける超越者に出会えばこうなるだろう。


「唐揚げですね! ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


 ならば彼らが打てるのは逃げの一手だ。最初に言われた通り、食券機にお金をぶち込んで唐揚げの食券を買い、すぐさま危険地帯から離脱しようとした。


「変身仮面の再放送しないかなあ」


「本当ですよね!」


「そうですよね!」


 その目論見は直ぐに崩れ去った。食券のボタンを連打していた祐真と美羽は、後ろでぼそりと呟かれた言葉に脊髄反射で反応してしまい、立ち去るどころか足を止めて食いついた。


「おお! 君達も変身仮面を愛する同士なんだね!」


「はい!」


 変身仮面とは、彼らが幼少時に放送されていた特撮ヒーロー作品だったが、視聴率が悪かったため知名度が低く、変身仮面を愛する同好の士を見つけるのは一苦労だ。そして女性ながら美羽もファンの1人であり、二人とも完全に状況を忘れて先輩に話のペースを握られる。


「いやあ、あまり流行らなかった作品だから同士が少なくて! 君が異能学園に入ってきたら、変身仮面の同好会を立ち上げようかな!」


「是非誘ってください!」


「私も入ります!」


(いい先輩を見つけることが出来たぞ!)


(そうね!)


 推しのヒーローの話題だけで、その先輩をいいひと認定した祐真と美羽だが……当然知らなかった。


「あ、自己紹介まだだったね! 四葉貴明って言うんだ! よろしくね!」


 彼らが恐れている小夜子よりも、そのいい先輩こと貴明の方が何百倍も厄の塊だと言う事を……。


 尤も……。


(変身仮面を愛する者が後輩とは、これも日頃の行いがいいからだな! あっはっはっはっはっは!)


 その四葉貴明も似たようなものだったが。


「あ、あそこの席が空いてるね! 一緒に食べようか!」


「ご一緒します!」


「はい!」


「ぷぷぷぷ」


 とにかく……今こうして、次世代の超新星と今世代の厄星が出会ったのだった

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