幕間 西岡美夏の体験入学

 小柄でくりくりした大きな瞳にポニーテールの少女、西岡美夏は天真爛漫で明るい少女なのだが、西岡家の分家の者達は、絶対に口には出せないが、狂チワワ、狂ポメラニアン、狂豆柴、昭和の不良漫画出身など、彼女に散々なあだ名を名付けていた。


 とにかく戦うことが第一で、今も同じ体験入学生に私が一番だと主張しまくり、しかも、生きてたら私の勝ちだから。と妙に汚い考えを持ち、逃げるのも選択肢にある、あらゆる意味で強い少女なのだ。


 そんな性格だから、武闘派名家の当主である父と母も喜び……はしていない。父親ですらもうちょっとお淑やかになってほしいと思い、母に至っては娘の結婚は無理だと匙を投げている始末だ。


(兄ちゃんに会える! そして今度こそ勝つ!)


 しかし、家族に対する愛情はちゃんとあり、夏休みからあっていない兄の西岡康太に会えることを楽しみにしていた。尤も、勝負を挑む気満々なのが流石としか表現出来なかったが。


(桔梗の鬼子には会いたくないけど! 兄ちゃんなんか一発でぶっ飛ばされたって言ってたし!)


 その美夏をして、桔梗の鬼子、つまり小夜子はノーサンキューだった。いや、彼女だけではない。見学にやって来ている名家出身の生徒は皆そうだ。彼等もまた、一年A組の生徒と同じように、小夜子のある意味での武勇伝を聞かされて育ち、なまはげ扱いの怪物を恐れていた。


(でも兄ちゃんいいなあ。独覚に教えてもらってるんだものなあ)


 年寄り衆に可愛がられた美夏は、竹崎重吾を独覚と呼ぶが、ベルゼブブを打倒し、九州での戦いにも参加した竹崎の教えを受けている兄を羨んでいた。


 羨んでいたが、竹崎は超変わり者達の巣窟である一年A組担当なのだから、当然彼も一味違う。


 ◆


 体験入学が始まったが、入学とは言っても午前中は実際に学生達がどう過ごしているかを見ることになる。


(あそこが一年A組! くっ!? 威圧感を感じる!)


 案内の教員に連れられた美夏達一行は、馬鹿みたいに広い敷地を通って校舎の中を入り、一年A組の教室の目前に辿り着くが、美夏はその教室から漂うオーラを遠くからでも感じて、頬を叩いて気合を入れなおす。


 その開け離れた教室で行われていたのは……。


(は?)


「ふむ。眠れているのは、北大路、如月、木村、狭間か」


 ポカンとする体験入学生を気にすることなく、教壇に立つ竹崎がそう言いながら、机に突っ伏している学生達の様子を観察している。


「西岡、そんな興奮した気を発して眠れる訳がないだろう。それと小夜子は笑い過ぎだ」


(何やってんだ兄ちゃん! いや本当になにやってんの!?)


 正気に戻った美夏が、心の中で絶叫しながら兄に今の状況を問うが、改めて教室を見ても、授業中なのに全員が机に伏している異常極まる光景だった。


「いいか、疲れ切っているならどんな状況でも眠れると考えるな。精神や体が興奮状態だと、自分が思うよりも眠りにくいものなのだ。だから寝ると決めたら、いつ何時でも眠れることが出来る様になりなさい。例え事務員がどんなに仕事をしていようとも、実働班は万全のコンディションを整えることが仕事なのだ。勿論、一族や肉親がやって来ようともだ」


 竹崎は、対妖異、対人間に関わらず、戦闘者としてもっと根本的な事を、突っ伏している自分の生徒と、見学にやって来ている者達に対して教える。これは九州の戦いが起こった際、研修地で待機することになった生徒達に、改めて戦うこと以外での大事さを、もう一度再確認してもらうために行ったもので、竹崎は授業の初めでいきなり生徒達に眠るように指示を出していた。


 しかし、急に寝ろと言われて眠れる訳がなく、殆どの生徒は起きていたのだが、中には本当に眠っている者もいた。


「ぐう」

「ふが」

「すぴぴぴぴぴ」

「むにゃ」


 上から北大路友治、狭間勇気、木村太一、如月優子の四馬鹿は即座に寝ていたが、太一と優子に至っては、寝ていいんですねやったー! と言わんばかりに喜んでいた程だ。


(うっかり寝ぼけて変身したら洒落にならねえ!)


 そしてこういった分野が得意で、寝ようと思えばすぐに眠れる貴明なのだが、彼は自宅で寝ぼけて変身している前科があるため、寧ろ寝てはいけなかった。


「しかし、完全に眠り込んで、緊急事態への対処が遅れるのはよくない。君達、今から気当たりを行うので身構える様に」


(はっ!? 正気に戻った!)


 竹崎が体験入学生に顔を向けて発した警告に、美夏は慌てて身構えた。


「うきゃっ!?」

(こ、これが独覚の気当たり!?)


 竹崎が発した気迫は全く本気でないものの、それでも美夏達は仰け反ってしまう。


「はっ!?」

「寝てないっす!」

「も、もうちょっとだけ……」

「しまった化粧が!?」


「うむ。見事な反応速度だ」


 それと同時に眠っていた四馬鹿も飛び起きて、竹崎は彼等の反応の良さに満足そうに頷いた。


(お、思ってたのと違う……)


「体験入学生の諸君、少々想像と違うかもしれんが、戦いの秘奥や神髄と言ったものは、自己鍛錬の果てに自分で見つけるものだ。そして人によってそれぞれ違うのだから私も教えようがない。敢えて言うなら基礎を徹底的に鍛えるんだ」


(しかも心を読まれた……)


 それを見ていた美夏達の心が一つになった。まさに自分達の先輩は、名高い竹崎からなにか、秘奥や戦いの神髄を教わっているものと思っていたのだが、いきなり面食らう授業風景を見せられて、しかも思っていたことを竹崎にズバリと言い当てられてしまった。


(急に不安になって来た……)


 果たして、いきなり出鼻を挫かれた美夏達は、無事に体験入学を終えることが出来るのだろうか。その答えは神でも知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る